第136話 幸福の薔薇の行方

「……アルフにも良い考えはなかったか」


 デュランは『ノースド・ウィッチ』から帰ると、そのままアルフが居る鉱山へと向かい製塩所であったことを説明したのだが、生憎と彼にも手立ては思いつかないという。

 強いて挙げるならばと、アルフはデュランが考えたように密造による密売しかないと口にしたのだが、結局デュランは首を縦に振ることはなかった。


 それから鉱山での岩塩発掘の詳しい話もあるので、アルフを引き連れツヴェンクルクの街にあるレストランへと戻ることになった。

 その帰り道の途中、アルフはこんな愚痴を零してしまう。


「あ~あ~、せっかく鉱山から岩塩が出たっていうのにその使い道が無いんじゃ全然意味ねぇよなぁ。精製所を通さずに自分達で塩を精製しても、それは法律違反になっちまうんだろ? ほんっと、打つ手がねぇよなぁ~。それにその問題が解決したとしても、売る先も無い。八方塞になっちまったなデュラン」

「むぅ」


 アルフの言ったとおり自分達で精製しても密造と見なされてしまい、結局国の法律を犯すことには何ら変わりがなかった。

 またそれを売る先も無く、仮に売れたとしてもそれは密売に他ならないため、法を犯すことになってしまう。


 そうしてデュランでさえ何の良いアイディアも浮かばないまま、レストランへと辿り着いた。

 もう日が西へと傾き夕暮れ近くであり、リサやネリネ達がちょうど閉店の準備をしているところだった。


 彼女達も最初はデュラン所有のトルニア鉱山で岩塩が出たことを自分のことのように喜んだが、その使い道に困っていると告げると、途端デュラン達同様に暗い顔をしてしまう。


 まさか国の法律を犯すわけにはいかず、かといってルイス率いるオッペンハイム商会のようなコネや人脈それに資金等々も無いため、専売に割り込む余地すらなかった。


「むむむっ。むぅ~っ。うにゃ~、駄目だ。ボクにはな~んにも思いつかないよ。ネリネはどう何か思いついた?」

「……いえ、私も何も。先程リサさんが仰ったこのレストランで消費する以外には何も……デュラン様、あの……すみません」

「いや、ネリネが謝ることはない。諦めなければ、きっと何かしらの解決策があるはずだ」


 そうは強気でネリネのことを慰めようとするデュランであったが、彼自身焦りを隠せなかった。

 リサとネリネに事情を話して何かしらヒントを得られればと思ったのだが、リサからレストランで使う分を賄えるという提案だけしか得られなかったのだ。


 それだけでもレストランを切り盛りするリサからして見れば、十分すぎるほどであるが鉱山から岩塩が採れるとなれば、その量は文字通り桁違いとなる。

 とてもレストラン一店舗では消費しきれず、結局生かすことができないのだ。

 

「んっ? ネリネ……今日は薔薇が売れ残ってしまったのか?」

「あっ、はい。一本だけですが、もしよかったら……」

「俺が貰ってもいいのか?」

「ええ……あっ、売れ残りの薔薇で申し訳ないです」

「いや、なぁ~に気にするなよネリネ。薔薇は薔薇だからな。その綺麗さは一日や二日程度で失われるものではない。それは女性の美しさと同じく……な」


 ネリネはカゴに入っている一本だけ売れ残った幸福の薔薇をデュランへと差し出して手渡した。

 デュランはそれを受け取ると、そっと鼻を近づける。


「ん~~~っ、相変わらず良い香りだなぁ。なんだか沈んでいた気持ちが洗われるようだ。ありがとうなネリネ。さっそくこの花の由来通り、幸福が訪れたようだ」

「は、はい(照)」

「むっすぅーっ。あっ、あーっ、そ、そういえばネリネ! あのこと、お兄さんに話したらどう?」

「えっ? で、ですが……」


 ネリネはまるで自分が褒められたかのように頬を赤らめ潤んだ目でデュランのことを見つめ惚けていると、突然横に居たリサから脇腹を軽く肘先で突付かれ、そう声をかけられた。


「んっ? 何かあったのか?」


 どうやらデュランが留守にしている間、何か困りごとがあったのかもしれない。

 透かさず、デュランは何があったのかとネリネへ尋ねた。


「いえいえいえいえ、とんでもないです。デュラン様はお忙しいのにお手を煩わせるわけには……」


 引っ込み思案な性格が出てしまったのか、ネリネは遠慮するよう両手を激しく左右に振って断ろうとする。


「とりあえず話だけでもしてみてくれ。もしかすると解決できるかもしれないしな」

「ですが……」

「ネリネ」

「ぅぅっ(照)」


 デュランは強引にも彼女の手を取ると、自らの両手で優しく包み込み彼女の名を呼んだ。

 優しい表情で自分のことを心配してくれるデュランを無下にはできないと、観念した彼女は口を開いた。


「実はですね……その…薔薇の値段が上がってしまいまして、それでどうすればいいのかと……」

「薔薇の? それはネリネが仕入れている……いや、買い付けをしている店から卸値の話か?」

「はい」


 聞けばネリネが売っている薔薇は市場から直接買い付けているものではなく、花を卸す店から買い付けているだけとのこと。

 彼女が一日で売れる薔薇の量はとても少ないため、市場は愚か問屋からも直接買うことができずに、通常の花屋と同じく幾重もの問屋を通して手数料が上乗せされた物を買い付けているらしい。


 けれども最近になって、その卸業者はネリネからの取り扱う量が少ないことを理由に挙げ、卸値を上げてしまったため、彼女自身も困り果ててしまったとのこと。

 他に買い付けできる卸業者でもあれば良かったのだが、残念ながらネリネはその業者しか知らないという。また業者間での価格暴落を防ぐため、示し合わせている節も十二分に考えられるので、別の卸業者を見つけても同じことなのかもしれない。


 薔薇の買い付け代金が上がってしまうということは、即ち彼女の取り分が減ってしまうということである。

 今でさえ薔薇一本に銅貨一枚という庶民にはそれこそ高値の花であったため、今以上に値を上げることはできないのだという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る