第135話 専売の温床
「じゃあアルフ。これからは作業場を更に下へと移すぞ。それに伴って作業員には……」
「ウチの鉱山奥深くから岩塩が出たってことを口外するな……だろ。そんな何度も言わなくても分かってるっつうの!」
あれからデュランとアルフは岩塩が出た岩盤をよく調べ、それが鉱脈として続いていると確信した。
そして鉱員達がいつも作業をする場所をそこへと移し、岩塩を採掘させようとしていたのだ。
それでもデュランはまだ所有している鉱山からの岩塩がどの程度の量が採掘できるのか分からず、また岩塩から塩へと加工を行う製塩所の都合などもあるため、今はまだ作業員達にも鉱山から岩塩が出たという噂を広めないようにとアルフに命じた。
そもそも人の間で伝わる噂というものは、得てして一度出てしまうと人の口から口へと広がってしまい、誰にも止めることはできないものである。もし仮に量があまり採れないにも関わらず、噂だけ先行する形で広まってしまえば、良いことはまず起こりえない。
一つは敵対する企業や鉱山主の妨害工作、そして会社乗っ取りの他に作業をする鉱員達の引き抜きなどが考えられる。もう一つは採掘できる鉱物石の値崩れである。供給量が増えれば増えるほど入札者は高い価格を入札しなくなり、市場の価格までも大きく値下がりを起こしてしまう。
そうなってしまえば、いくら採れる量が多くとも人件費などが足枷となって会社の倒産まで至る例はいくらでもあった。
それを恐れてデュランは言に厳しくするようにと、アルフへ指示を出したのだった。
また岩塩……つまり塩市場の実権を握っているのは、何を隠そうデュランの敵方であるオッペンハイム商会ことルイスその人なのだ。
もしデュランの鉱山で岩塩が採れたと分かれば、どんな妨害をしてくるのか予想もできない。
実際ルイスは塩の買占めを始めとして、国の管轄下であった専売の権利まで強引に奪い取ってしまったのだ。会社の乗っ取りや鉱員の買収工作などありとあらゆる手を尽くしてくるのは、まず間違いのないことである。
……ともなれば、それがいつどういった形でしてくるのか、それだけが問題である。
デュランはありとあらゆる可能性とその対策を練り始めようとするのだが、その前に大きな問題が彼を待ち構えていた。
「なっ、う、ウチの岩塩が精製できないってどういうことなんだ!」
デュランはさっそく愛馬であるメリスに乗りつけ、北部にある海辺近くの森に構える製塩所へと足を運び、岩塩の精製を頼んだのだったが即座に断られてしまった。
製塩所では基本的に海水を用いて塩を製造するため、海に近しい場所、そして木が多く生えている森近くに場所を構えていることが多いのである。
何故なら海水を運ぶ手間と同時に大量に燃やせるだけの燃料が必要になり、安価で安定的に塩の製造をするためには、高価な石炭や石油を燃料としては使えない。そのため多くの製塩所では木を燃料とする場合が多かった。
デュランが北の製塩所こと『ノースド・ウィッチ』へと足を運んだ理由も、塩田を主として製塩するよりも釜で炊き上げる方が時間の短縮と費用の節約になるとの考えに至り、その場所を選んだわけだった。
しかし『ノースド・ウィッチ』の新しい管理者だという男性に対し、トルニア鉱山で採掘が見込まれる岩塩を塩として精製できないかと願い出たところ、たったの一言で断られてしまった。
それと言うのも塩の製造するには専売許可証が必要となり、国の認可を得なければいけないのだとか。
それは原材料となる岩塩を持ち込んだ場合でも同じであり、許可を得ていないデュランの岩塩を使って塩を精製することができないのだという。
デュランはそれでも食い下がろうとするのだが、二言目には国からの許可証を持って来いと言われてしまい、泣く泣く引き下がるしかなかった。
そしてそれは近隣に位置する他の製塩所でも同じで、どこでも同じ理由で断られてしまったのだ。
「専売がここまで足枷になるだなんて、思いもしなかったな。かと言って無許可で塩の製造なんてすれば、法の裁きが待っている……それは販売に関しても同じことが言える……か」
デュランはせっかく岩塩という宝を見つけたのにその使い道がまったくないため、窮地へと追い込まれてしまっている。
岩塩は粉砕しても使えないことはない。
しかしながらデュランの岩塩は粉砕してなお粒が粗く使い勝手が悪いため、その都度すり鉢で更に細かくして使うしかなかったのだ。
それに岩塩には土や砂の他に汚れも付着しているため、どうしても不純物が混ざってしまう。
それを回避するため、精製の工程を通して質の向上を図ろうとしたのだが、それも今では断られ道半ばで断念させられた状況である。
デュランが塩の精製と販売をするには、国からの許可を得るしか道はない。
だがそれはルイス率いるオッペンハイム商会へとトルニア鉱山で岩塩が出たことを知らせることであり、邪魔が入るのは言うまでもない。
(ようやく岩塩という宝を手に入れても、結局は国の仕組みが邪魔をするのか。それにルイスの奴も嗅ぎ付けて来たら邪魔するに決まっている。いっそのこと密造や密売に手を染め……いいや、それではその場凌ぎにしかならない。なら、正攻法で行ける手立てを何か考えないと……)
デュランはその場では何も思いつかず、空振りのまま『ノースド・ウィッチ』を後にすることにした。
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