第132話 白く輝く黄金の正体

「はぁ~~っ!? いやいやいやいや、デュラン。そんなそこら辺りに落ちていた石ころを突然舐めろって言われても、お前なぁ……酸素不足で頭が可笑しくなっちまったんじゃねぇかっ!? とても正気でそんなことを言っているなんて思えないぜっ!!」

「いいからいいから、俺に騙されたと思ってっ! ほらほらっっ!!」


 デュランは有無を言わさず、右手に持っていた岩の塊をアルフの口の中へと突っ込んだ。


「おごごごごっ、ぶっはっ! ペッペッ、しょっぱ~~~っ! なにしやがるんだデュランッ! それに何なんだよこの石! あまりにもしょっぱすぎるぞ! まるで塩板でも舐めたかのように……って塩板? た、ただの石ころなはずなのに、なんで塩の味がするんだよ? 俺の舌が可笑しくなっちまったのかぁ~~っ!?」

「ふふっ。ようやく異変に気がついたのかアルフ? もう一度確かめてみろ」

「んっ……ぶふっ。ごほごほっ、こ、この石……しょっぱい味がしやがるぞっ! でゅ、デュラン! この石ってもしかして……」


 再び自らデュランが持っていた石を口に含み舐めると、アルフはそこでその石ころの正体に気がついた。


「ああ、そうだ。この石はな、ただの石ころなんかじゃないんだ。塩を含む鉱物石……つまり『岩塩』なんだ!」

「が、岩塩……これがそうなのか? ほ、ほんとかよっっ!?」

「ほら、こうして下から覗いてみろ。白い部分が半透明に結晶化しているだろ?」

「ほ、ほんとだ……へぇ~っ、これが岩塩そのものなのか!」


 アルフはその名こそ知っていたらしいのだったが実際目の当たりにするのは初めてなのか、マジマジとその鉱物石を観察している。

 石に混じって白く不透明な部分は紛れもなく岩塩であった。


 岩塩……それは硬い石でありながら、塩分を含んでいる鉱物石の一種である。

 何故鉱山という海から遠く離れた山間奥深くの場所にも関わらず塩が採れるのかというと、その場所が遥か昔に海であった何よりの証拠であった。


 地盤沈下や大陸プレートの移動、そして地層の重なり形成が大地を形成してしまったため、海水だけが取り残され干上がり塩となる。

 それが長い月日と地層の重なりと圧力により、固まって結晶となって岩塩が形成される。


 また鉱山で採掘される岩塩の他に湖水と呼ばれる山間に囲われた湖でも塩が採れることがある。

 これも昔そこが海であり、隆起によって取り残される形で海水が留まり、雨と一緒に溜まった名残りでもある。


 一般的に塩は海水から何らかの方法を用いて採取するものと考えられているだろうが、実際には世界で消費される総量の実に2/3は岩塩由来から抽出され、残りの1/3は海水から精製されている。

 その理由として挙げられるのは、海水から生成する塩田ならば広大な土地と時間そして人手が必要となり、製塩所で海水などを煮詰めて作られる精製塩せいせいえんなども膨大な施設設備の他に多くの人手、そして海水という液体を輸送する手間がかかることが原因であった。


 だがしかし、岩塩ならば粉砕するだけで塩を手軽に採取できるため、莫大な費用を投じる施設等々が必要なくなるのだ。

 当然それは岩塩の粒子の質により、細かい砂状ならそのまま使える場合と、粗い大きな塊状になると一旦水に溶かす塩田の天日岩塩てんぴがんえんまたは釜焚で焚く釜焚岩塩かまたきがんえんとして精製しなければいけない時もある。


 だが、そのどちらも遠い海から液体のままの海水を運ぶよりは遥かに楽というもの。

 だからこそ海水よりも、鉱山や山間の湖水で採掘できる岩塩が重宝されていたのだ。


 それにも増して塩とは庶民や王族・貴族などの身分を問わず、誰もが必要とする調味料である。

 塩がなければ人は生きることができないため、ある意味で人を平等に扱うものとも言えることだろう。


 デュランが戦争に赴いた東西戦争が引き起こったきっかけも、互いの領土はもちろんのこと鉱物資源とともに塩が採れる海が理由でもあったのだ。


 海を有する領土を持つということは、それ即ち近隣諸国を支配するのと同義である。それほどに塩とは人にとって欠かせない大切なものであり、金の成る木でもある。


 デュランの叔父であったハイルが死の淵で口にした『白く輝く黄金』という表現も、強ち間違いではなかった。

 むしろ時に塩とは、黄金と同等の価値を持つことがある。それこそ非日常における他国との戦争時には何よりも力を発する資源と言えよう。


 そしてデュランが有する鉱山は、岩塩が採掘できる鉱山でもあったのだ。



「デュラン、ついにやったな! これで俺達、大金持ちになったんだぁ~~~っ♪」

「うわあぁっ!? アルフっ! まったくお前って奴は、調子が良すぎて困る。さっきまで俺のことを気が触れたとか頭が変になったとか言っていたクセに……ふふっ」


 アルフは喜びからデュランのことを抱き締め、嬉しさを体で表現する。

 だが感情の高ぶりから力加減ができなかったのか、デュランは少し痛みを覚えつつも微笑んだ。


(生憎と鉱山から出てきたのが白金や銅というわけにはいかなかったが、それでも今は国全体で……いや、近隣諸国でも慢性的に塩不足だからな。需要が高まっている今ならば、岩塩が売れれば大金に化けるかもしれない。これでどうにかケインが生前作っていた借金をルイスの奴に返せるだけの算段がついた。それにマーガレットも救えることができるはずだ。だが、それでも奴のことだから何かしら仕掛けてくるだろう。これからが勝負と言ったところか……覚悟してろよ、ルイス・オッペンハイム!!)


 デュランは鉱山から岩塩が出てきた機会を最大限利用するつもりだった。


 岩塩を売って金儲けすることはもちろんのこと、ルイス率いるオッペンハイムよりも断然安値で困っている庶民へと売り出すつもりであった。

 そうすれば通常の値で大量に仕入れてきたオッペンハイム商会は、それにより多大な損失を被ることになると同時に庶民の手助けをすることにもなる。


 実際岩塩といえども通常における塩と何ら差異はなく、用途も通常の食塩と同じである。

 もし仮に売れることができれば金を儲けることができるのはデュランの思惑通りではあるのだが、彼はこのとき最大の障害となり得る問題を一つだけ見落としていた。


 それは塩の製造及び販売は国の管轄下にあり、『専売商売』ということだ。


 国の法律として塩の製造と販売が規制されており、もしこれに従わない者には法の裁きを受けることになる。

 下手をすれば密売商人と呼ばれ物の売り買いができなくなるどころか、最悪の場合極刑にあたる死刑もありえるほどの重罪である。


 デュランとアルフは未だそれに気がつかず、鉱山から岩塩が出てきたことをただひたすら喜び分かち合い、坑道奥深くから歓喜の声がいつまでも響き渡ってくるのだった。

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