第131話 黄金にも勝る鉱石

「ペッペッ、ペッペッ」

「……なんだよ、一体どうしたって言うんだアルフ? 地下水でも口の中に入っちまったのか?」


 見れば足元には岩の亀裂から染み出たであろう地下水が染み出している。

 きっと何かの拍子でアルフの口の中に砂か小さな小石が入ってしまったのだろうとデュランは思っていた。


「ちっ、げーよっ!! 口の中がしょっぱくてしょっぱくて、居ても経ってもいられねぇんだっ!!」

「口の中がしょっぱい? はぁーっ。ほら、これを飲め……って、もう聞いてねぇな」

「んっんっ……ごぼぼぼぼぼぼぼっ。ペッ」


 デュランは予備に持ってきていた水筒をアルフへと手渡した。

 彼は引っ手繰るようにそれを受け取ると急ぎ口の中をゆすいで、そこらに適当に吐き出した。地下水が染み出しているのでさほど気にはならないが、とても上品とはいえない行動である。


(ほんと、アルフはなにやってんだか。もしかして、悪ふざけで俺のことを笑わせようとしていたのか? いいや、でもこんなときにするような奴じゃないよな? いや、待てよ……)


 それが演技なのか、それとも本当ことなのか、そう何気なく思い浮かべていると、デュランは水を吐き出しているアルフの姿を見て、とある事・・・・に気がついた。


(アルフの口の中がしょっぱい? しょっぱいってことは……塩じょっぱいってことか? 塩、塩………………岩が塩で出来ている? あっ、ああああああっ!!)


 そしてデュランは徐に自らの肩に手をかけ直してきたアルフの両手を掴み取り、こう差し迫った。


「アルフっ! い、今吐き出した水をもう一度飲めっ!」

「は、はぁ~? なんだそりゃ? もう一度って言われても、そこらに吐いちまったんだぞ。一体どうやって……って、あっおいデュラン!?」


 アルフの静止を聞かずにデュランは地面へと這い蹲ってしまう。

 そして何やら必死に地面を手探り、何かを探しているようにアルフには見えた。


(もし俺の考えが正しいならば、岩盤が吹き飛んで白くて透明な石が落ちているはずだ……)


 デュランが探していた物、それは先程火薬を仕掛けて吹き飛ばした岩石の一部であった。

 彼が何故、服が黒く汚れた地下水で汚れるのも厭わずに必死になっているかというと、それが窮地の自分を救ってくれる救世主になるとの確信があったからである。


 そしてついに彼はお目当ての物を発見する。


「あ、あった! ついにあったぞアルフっ!! あっははははっ。これだ、これなんだ! これこそ俺達を窮地から救い出だしてくれる石は……ははははははっ」

「でゅ、デュラン、お前……」


 突如デュランは落ちていた石ころを拾い上げ、狂ったように笑い出した。

 アルフにはそれがどこにでもある石の欠片にしか見えず、違いと言えば表面に白くて半透明な、まるで水晶の出来損ないが埋まっているようにしか見えなかった。


 どこをどう見ても長年鉱山で鉱物石を見て作業をしてきた彼の目には、それが価値のある鉱物石の類には見受けられず、目の前に居る親友が絶望のあまり気が触れてしまったのではないかと愕然としてしまう。

 そんなことをお構いなしのデュランはアルフの目の前に持っていた石ころを差し出し、こう叫んだ。


「ほら、お前もよく見てみろよアルフ。これは黄金にも勝る鉱石なんだぞ! これこそが白くて輝く黄金だったんだ! あっはははっ、なんでこんなこと簡単なことに気がつかなかったのか、自分でも不思議でならない!」

「っ!? デュランっっ!! そんなものはただの価値のない石ころじゃねぇっかよ!!」

「ん~~っ? アルフにはこれが黄金に見えないって言うのか? 可笑しな奴だなぁ~。はははははっ」

「デュラン……」


 アルフは目の前で笑い狂っているデュランの両肩を痛いほど掴み取り必死に正気へと戻そうとしたのだが、デュランはただの石ころを黄金だと言い張り彼の言うことを一切聞かなかった。


 鉱山では地上から奥深くに位置する坑道のため、酸素不足や鉛などの有害な鉱物が地下水と反応して発生するガス、それに鉱山に対する期待からの絶望を味わうことにより、気が触れてしまう作業員や鉱山主が少なからず居たのだ。

 アルフは何が原因か分からなかったが、デュランの気が触れてしまったのだと思わずにはいられなかった。


(く、クソッ! デュランの奴、あまりに何も採れないからって、気が変になっちまった。こんな、ただの石ころを黄金と勘違いしちまうなんて……クソックソックソッッッ!!)


 アルフは怒りをぶつけるように地面を蹴る。

 だが固い岩盤は靴先程度の衝撃で削れるはずもなく、小さな水溜りを弾く程度であった。


「なにやってるんだよ、アルフ? お前もこの鉱石を見て……ぐっ!?」

「馬鹿野郎っっ!! そんなものは価値のないただの石ころなんだぞデュランッッ! いい加減目を覚めさせったらっ!!」


 アルフは正気に戻ってもらいたい一身で、気が触れてしまった親友の体を掴みそう叫んだ。


「どうしたって言うんだよアルフ? そんな必死に叫んだりなんかして……」

「っ……デュラン……ぐすっ……お前……お前はもう……」


 それでも自分が何をしたのか分かっていないという表情を浮かべているデュランを前に、アルフの目から涙が零れ落ちてしまう。

 大切だったはずの親友がこうも壊れてしまい、彼はどうすることもできなくなっていたのだ。


 だがしかし……である。


「アルフ……お前もしかして……これが何なのか知らないのか?」

「っ! も、もういいんだ、デュラン。お前は疲れているんだ……もう苦労もしなくていいし、休んでも……」


 一瞬デュランの言葉がハッキリとしてアルフは驚いてしまったが、それでも両手に持っている石のことを話しているので正気には戻っていないとアルフは思い込んでいた。

 そうして何かを察したかのように優しくデュランへと語りかけ、彼の体を労わるように優しく肩を擦り始めた。


「いや、ちょっ、お前何言ってんだよ? 変なこと言っていないで俺の話をだな……あっ、そうか。そういうことか……」


 デュラン本人は何を心配されているのか分からず、戸惑いを隠せない様子。

 そして何かに気づいたかのような声を漏らし、次の瞬間信じられないことを口にする。


「アルフ、騙されたと思ってこの白くなってる部分を舐めてみろっ!」


 デュランはアルフに対して、ただの石ころを直接舐めてみろと目の前に差し出した。

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