第130話 心折れた者
「デュラン、爆破の準備ができたぞ。逃げる準備はいいか? 導火線に火を点けたら、あそこの岩陰まで逃げ込むんだぞ、分かってるよな?」
「ああ、大丈夫だ。やってくれ」
アルフが目の前に広がる固い岩盤に穴を開けて中に火薬を仕込み終えると、ようやく準備が整った。
一応の手順を再度確認する形でデュランに告げると、手元を照らす蝋燭から火を取り導火線へと移し火を点けた。
「逃げろっっ!!」
「ああっ!!」
すぐさまアルフとデュランは近くにあった大きな岩場の影へと逃げ込んだ。
ジジジジジッ。火を点けられた導火線が少しずつ燃えていく。
やけにこの『待つ』という時間が長く感じられ、デュランは途中で火が消えてしまったのではないかと心配になり、岩場の影から顔を覗かせようとしたまさにそのとき、
「あっ馬鹿っ! デュランっ!!」
「ぐっ」
…………ドカーンッッ!!
そのタイミングで一瞬の静寂の後、火薬が爆発して固い岩盤が弾け飛んだ。
キーン、という耳鳴りがいつまでも耳の中に響き渡り、まるで世界中から音という音が消え去ってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。
岩陰から顔を出そうとしていたデュランは爆破する寸前、アルフに上から手で頭を押し込まれ難を逃れることができた。だが少し間違えば、弾け飛んだ岩の破片が頭を直撃して即死してもおかしくはなかった。
「…………無事か、デュラン?」
「……ははっ。ああ、口に中が砂だらけだが、怪我はないようだ」
「ったく。岩から顔を覗かせるからそうなるんだぞ。下手すりゃ死んでたかもしれないんだっ! 分かってんのかお前っっ!!」
「す、すまない」
アルフは珍しくもデュランに本気で怒りを露にしている。
それもそのはず先日落盤事故により犠牲者を出してしまったので、現場を任されている彼自身が気にしていないわけがないのだ。
これ以上の犠牲者を出さないためにも、何より身の安全を考えている彼ならば、それは必然とも言える行動だったのかもしれない。
デュランはアルフから怒られ謝罪の言葉を口にすると、彼も自分とデュランが怪我をしていないと分かり「ふぅーっ」と安堵の溜め息をついた表情を見せた。
「うん、見事に固い岩盤層も粉々になっていやがるな。落盤の心配も……どうやら、今のところは気にする必要もないみたいだ。もう安全だぞ、デュラン」
「さすがだなアルフ。見事な手際だった。もしかしてやり慣れていたのか?」
「へへーん、まぁーな。昔親方の横でずっと見てたからな。どう岩盤層に穴を開け火薬を配置して爆破すればいいのかくらい、俺にとっちゃ朝飯前ってなもんだぜっ!」
アルフは昔世話になった『親方』と呼んでいる、仕事仲間を自慢するかのように誇っている。
だが実際に彼の手際は鮮やかなもので、とても数日前同じ場所で落盤事故があったとは思えないほど天井の様子は安定していた。
どうやら火薬の扱いに慣れているものならば、こうして安全に固い岩盤を爆破できることが分かった。
「っとと、さっそく何か無いか探してみようぜ!」
「ああっ!」
アルフとデュランは砕け散った岩盤の地層を調べ始める。
彼らの思惑通りならば、錫か鉛を含む鉱物石が見つけられるはずである。
しかしながら、いくら探せども見つかるのはただの固く脆い石ばかりで、特にコレといった鉱物を含む岩石は見つけられなかった。
「クソッ!! ここまで来て何も出ないって言うのかよ……」
デュランは怒りを露にするかのように思わず持っていた石を地面に投げ付けてしまった。
固い地面に叩きつけられてしまった石は無残にも粉々に砕け散り、中からは白い砂のようなモノが見えたのが、それはデュランの目にはとても鉱物には見えなかった。
もしも岩よりも固い鉱物ならば、その色は鉄や銅ならば深い赤色を放ち、錫か鉛ならば鈍く光を放つ鼠色なはずである。だが足元にあるのは、そのどちらでもなく白色のまるで砂のようなものだけである。
思惑が外れてしまい、デュランは思わず水溜りが出来ている地面へと濡れるのも厭わずに片膝を着き頭を抱えてしまう。
左足の濡れたズボンは淀み濁り切った地下水のせいなのか、たちまち黒ずんでしまうが今の彼はそんなことを気にする余裕もなかった。
坑道内は未だ爆破の影響なのか、やけに粉っぽいというか埃っぽくも感じ、嫌なほど鼻奥をくすぐる。
そして火薬が爆発した影響なのか、まるでコークスを燃やした時のような匂いまで微かに感じた。
「デュラン……」
「ああ、アルフか。そっちは何か見つかったか?」
爆破で穴の開いた奥を調べていたアルフがデュランの元へと戻り、くぐもった声で彼の名を呼んだ。
失意に苛まれる最中、デュランはアルフが何か見つけたのかと期待するがその声は坑道と同じく暗いもので正直期待はできなかった。
「……いいや、何も見つからない。あるのは白っぽい塊の石っころだけだ」
「そうか……」
そしてその期待どおり、アルフからは何も見つからなかったと首を横に振りながら告げられてしまい、デュランはついに顔を上げることはなかった。
結局、ハイルが死に間際口にしていた『白く輝く黄金』とは、単なる
もしかすると更に下奥深くへと掘り進めれば、何かしら出るかもしれないが、ここまで期待してきた彼らにとって、それはあまりにも残酷と言える現実なのは言うまでもなかった。
「……まだこの辺りを探してみるか? それとも別の場所に火薬を仕掛けてみるか?」
「…………いや、もういい。もういいんだアルフ……」
「…………デュラン」
そしてデュランは失意と厳しい現実を前にして道半ばで心が折れてしまった。
アルフはかける言葉が見つからず、彼の肩を抱き抱える形で出口へと誘導しようとする。
「んっ……んん~~~っ!? うっ、うげぇ~~っ。なななな、なんだこれなんだこれなんだこりゃ~~っ!?」
「……アルフ?」
突如として隣で支えてくれているアルフが可笑しな声を上げ騒ぎ出した。
何事かと焦点が定まらないままの瞳でデュランが彼の方を見上げると、何故か突然アルフが吐き気を催し始めたのだった。
坑道内部に溜まるガスで体中を毒に犯されてしまったのか、それとも酸欠状態から気が触れてしまったのか……などとデュランは思ってしまうのだが、アルフはそのどちらでもなかった。
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