第129話 互いを思いやるが故の決断
マーガレットがルイスに婚姻を迫られたと時を同じくして、デュランは鉱山の坑道奥深くでアルフと共にとある作業をしていた。
「本当に良いんだよな、デュラン? もしもこれで失敗しちまったら、俺達……」
「ああ、ここの岩盤を吹き飛ばす以外に、俺達が生き残る道はない。それに現状のままでは、根本的な解決には到らないんだ。だからやってくれ、アルフ」
アルフが再度確認するようデュランに尋ねると、彼は覚悟を決めた顔つきで頷いた。
デュランとアルフは、普段鉱員達が発掘作業をするよりも更に深くに位置する古い坑道に居た。
そこは数日前にケインが亡くなった落盤事故があった付近であり、未だちゃんとした壁を支えるための支柱すらもない場所である。
今にも天井が崩れ落ちそうで、二人ともこのまま生き埋めになってもおかしくはなかった。
彼らが何故そのような危険を犯してまで、そんな場所に居るかというと、実はその上に位置する鉱脈に起因する。
鉱脈とはそれ即ち、上下左右へとまるで地割れのように亀裂が広がり続けているものである。
奥や左右横へと掘り進める場合もあれば、その作業場から真下へと掘り進めることもあるのだ。
デュランとアルフは鉄鉱石が取れている場所からちょうど真下に位置する場所、先日落盤事故が遭った坑道に着目していた。
縦に緑色の線が走り、それを挟み込む形で赤い岩が出てきたのだ。これは鉄鉱石に含まれる鉄分が水と酸素により錆びたため、赤くなっているのである。それはまるで
そしてまた質や量が少ないとはいえ鉄鉱石が取れるということはその近場に錫があり、更にその付近には銅を含む鉱物石があるという
鉱脈型鉱床とは、鉱液が地下の割れ目や断層に沿って流れる過程で成分を沈殿させたもので、名前の通り鉱脈として産出するものである。
そして金属が鉱床を構築するには、その遥か昔にその場所が置かれた状況が何よりも大切であり、それは川底のような地形や
そこが川底ならば比重の重い鉄や
鉄や錫の下には鉛が形成され、その下には銅が、そこから更に地中深くでは金や白金、そして銀が主形成されることになる。
これがいわゆる鉱山の温度勾配により
またその地形形成により金属地層の変化は起こりうるのだが、基本的にはそれぞれ繋がっている場合が多い。
このため鉄鉱石が産出すれば錫が、錫が出れば鉛が、鉛が出れば銅が、銅が出れば……と言った具合に、連続して岩石に混じった金属が鉱物石として形成するわけである。
そしてそれはデュランが所有する鉱山でも同じことが言える。
近場にあったウィーレス鉱山でも、銅が出る前には錫や鉛が産出していたと、そこに務めていた元鉱員からも事前に詳しい話を聞いていた。
鉱脈と鉱脈とは繋がっており、近場の鉱山ならばそれは如実で現実的なものと言えることだろう。
デュランとアルフはそれに賭け、普段よりも更に奥底にある古い坑道を主な作業場へと移そうとしていたのだ。
そこで縦に鉱脈が続いていると気づき、今は火薬を用いて固い岩盤を吹き飛ばす算段をしていた。
当然それにもリスクが伴い、効率的に火薬を仕掛ける場所を決めなければ火薬を無駄にするだけでなく、上の作業場まで先日のような落盤事故を招くことになってしまう。
もしも岩盤を砕くのに火薬を用いなければ、人手が多く必要となるため、圧倒的に作業効率が悪くなってしまう。
安全のために万全を期すか、それとも費用節約のため効率を重視するのか、鉱山の採掘とは日々その戦いの歴史でもあった。
だが時にそのリスクを承知の上で犯さねばいけないこともある。
(早く……少しでも早く鉱山から何かしらの鉱物を採掘して大金を稼がないと、ルイスに迫られたマーガレットが何か大変な目に遭ってしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けなければ……)
デュランはルイスが生前ケインが残した負債を人質に取り、マーガレットへと返済を迫ることだろうと予測していた。
それもあまり時間に余裕もなく、今日明日にも金を返済しなければ、ルイスからとんでもない条件を突きつけられ、強気一辺倒な彼女はそれを無条件で飲んでしまう可能性があったのだ。それはデュランが何よりも恐れていた事態である。
デュランがマーガレットのことをよく知っているのと同じく、彼女もまた彼の性格を誰よりも知っている。
だからこそ自分の好意を素直に受け入れるどころか裏を掻かれ、何かとんでもない事態を引き起こしてしまうのではないかと心配していたのだ。
奇しくも彼女もデュランと同じ思いを抱き、今ルイスと対峙している。
互いが互いを思いやる一方で相手に迷惑をかけたくないというただその一点において、デュランとマーガレットは別々の思惑で行動を取っていた。
その互いがしている変な遠慮こそが二人の間を手繰り寄せると同時に、引き離してしまう切っ掛けでもあった。そしてそれは皮肉な結果という形で姿を表してしまうことをデュランも、そしてマーガレットも知る由はなかった。
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