第128話 予想もできない一言

(ま、マズイ。このままだとこの女、本当に自己破産を宣告して債務を清算してしまう可能性が出てきたな。もしそうなってしまえば、貸し付けに対する利益が出て儲かるどころか大損になってしまうぞ。何かこれを回避できる手立てを早急に考えねばなら……あっ。ふふっ、私としたことが肝心なことを忘れていた! そうだ、これを持ち出せばこの女ですら黙るはずだ)


 ルイスはマーガレットの有無を言わさない態度を前に、とある一つの考え事を思いついた。それは以前、リアンに話し説明していたことだった。

 そしてルイスは先程とは打って変わり、こう自信満々に彼女に向かって言葉を口にする。


「キミが裁判所に願い出て自己破産するなら、それでもいい。だがな、だからと言ってそれはキミへの負債が消失するだけの話。他にも回収する手立てがまったく無いわけじゃない。それもキミと、とて~も親しい間柄の人物から・・・・・・・・・・……ね♪」

「…………」


 今度はマーガレットが黙り込んでしまう番だった。


 ルイスが言いたいこと……それは夫であったケインの従兄弟でもある、デュランのことを指していることは、彼女ですらも容易に予想がついていた。


 自分が自己破産すれば、その負債が彼へと回され多大な迷惑をかけてしまう。まさか自分のせいでデュランことを巻き込み、彼まで自己破産させるわけにはいかなかった。


 これまで何度も彼のことを裏切ってきたマーガレットに取ってみれば、それは何にも増して耐え難い苦痛に他ならず、これまでと同じその場限りの開き直りの態度だけで、どうにか誤魔化せる範疇を超えてしまっている。もしここで自分がルイスの意に反して自己破産を強行しようものならば、彼はそっくりそのままデュランへと負債を請求して彼の人生諸共、破滅へと導いてしまうことだろう。


 ルイスはそれを平気な顔で行い、そして周りの評判なんてものを厭わない人間なのである。彼のことを甘く見て軽んじたツケが反論できないほどの事案として、マーガレットへと襲い掛かることになってしまったのだ。


(くっ……。ルイス・オッペンハイム、やはり貴方のような男は一筋縄ではいかないようね……)

(くくくっ。どうするマーガレット? お前は過去に情を交わしていた男を捨てられるのか? いいや、捨てられないのだろう? それはこの瞬間、口を閉じていることが何にも勝る証拠。もしデュランの奴を何とも思っていないならば、容易に突っぱねているはず。そして今度という今度は先程のような口先だけのハッタリだけで誤魔化すことはできやしない。なんせこの女は未だあの男のことを慕っているのだからな……)

「…………」

「…………」


 マーガレットもルイスも互いを睨み付ける形となり、それ以上口を開かずただ黙っているだけである。

 そうしてどれだけの時間が時間が過ぎ去ったのだろうか、互いの沈黙は突如として部屋中に響き渡るドアノックにより打ち砕かれる。


 コンコン♪

 部屋の重苦しい空気を吹き飛ばすかのように、軽快にも二度ドアが鳴らされた。


「…………ちっ。入れ」


 ルイスはその人物が誰かを知っており、少し不機嫌そうに舌打ちしながらも部屋の中へ通す言葉を口にする。

 

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしましたルイス様」


 部屋へと入ってきた者、それはルイスの執事であるリアンだった。

 

 リアンの右手には湯気が立つティーカップが二つ、トレーに載せられている。

 二人の喉が渇いたタイミングを見計らい主の指示を受けるその前に、気を利かせて紅茶を持ってきてくれたのだろう。


「ルイス様、どうぞ」

「ああ、苦労」

「マーガレット様もよろしければ……」

「え、ええ……ありがとう」


 卒なくリアンがルイスとマーガレットの前に紅茶が入れられたティーカップを置くと、二人は感謝の言葉を口にし、リアンへと伝える。

 そしてマーガレットは自分が喉を乾いていたことをそこで自覚すると、差し出された紅茶に何の抵抗もないまま口をつける。


「んっ……これは美味しいわね」

「ふふっ。そうだろうな……リアンは紅茶を入れるのが上手いからな」

「貴方、いつもこんなに美味しい紅茶を嗜んでいるの?」

「なんだ、羨ましいのか? リアンは私の執事だからな、手を出すのは止めてくれよ」

「お褒めのお言葉ありがとうございます」


 そこでようやく二人の間を取り巻いていた重苦しい空気が和らいだように見える。

 温かな飲み物は気持ちを落ち着かせ、冷静な気持ちを取り戻すには打ってつけであった。


「それでは何か御用があれば、なんなりと……」


 そうしてリアンが退出すると、部屋に静寂が戻る。

 紅茶に口を付ける音とカップを皿上へと戻す音だけを響かせ、互いに言葉を交わすことはなかった。


「ご馳走様……ほんっと、美味しい紅茶だったわね。あの執事、貴方の傍に置くには少しもったいないんじゃないかしらね?」

「……だからと言って本当に手を出すのだけは止めておけ。私の世話をする者が居なくなってしまう」


 不思議と互いに気持ちが落ち着いたことで、軽口を口にできる余裕ができていた。

 けれどもそれで二人の本題が解決したわけではなかった。


(待てよ……単に物事を解決するのではなく、別の視点から責め立てるという手立てもあるな……。くくくっ。我ながら、こんなことを思いつくとは夢にも思わなかったな)


 ルイスが少し間を置き、何かを考える素振りを見せていた。そして考えがまとまったのか、顔を上げてその瞳でマーガレットを捉えると、余裕がある振る舞いのままこんな言葉を彼女に向かって語りかけるのだった。


「さてっと、先程の話に戻るのが……当初はデュラン君にキミの負債を肩代わりさせ、代わりとして催促するつもりだったのだが、何なら止めてもやってもいいんだぞ」

「えっ? ほ、本当に?」


 マーガレットはいきなり態度を180度変えた、そんなルイスの言葉に驚きを隠せなかった。


「いや、それだけじゃなくキミが背負うことのない負債自体を帳消しにしてやってもいいぞ。それならキミが自己破産なんて見っとも無いことをする必要もなくなる。どうだ、嬉しいことだろ? そんな驚いた顔をしていないで少しは喜んでみせたらどうだ?」


 確かにそれはマーガレットにとっては喜ばしい提案だと言えよう。だがそれも目の前の相手がルイス以外ならば……という条件付きであった。そして彼女は一瞬見せた笑みを伏せ、首を横に振ってからこんな言葉を口にする。


「…………いいえ、素直に喜べないわね。きっと貴方のことだから、その代わりとしての何か前提条件があるんでしょ? それを聞いてから喜ぶかどうかの判断をさせてもらうとするわ」

「くくくっ……鋭いな女だな。ああ、そうだ。キミが私の出す条件を飲む……という前提ではある。それを受け入れれば、キミの負債は綺麗さっぱりなくなること請け合いだ」


 ルイスは愉快そうな笑みを浮かべながらもマーガレットが口を挟む暇も与えさせないまま、続けて彼女が驚くような解決策を口にするのだった。


「マーガレット……この私と婚姻を結べっ!!」

「っ!?」


 それはまさにマーガレットですら、予想もできない一言であった。

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