第127話 一矢報いる言葉の刃
「はっ、はははっ。べ、別にキミが債務不履行を盾に取り、もし仮に裁判所へと願い出て自己破産しようが、一体私に何の影響があるというんだい? そもそも自己破産……つまり破産宣告なんてものは通常は債権者からするものなんだぞ! それを言うに事欠いて自ら口にするだなんて、と、とても正気とは思えないなっ!!」
「ふふっ。正気じゃない……そうかもしれないわね。それなら、貴方が言うところの“正気じゃない”この私がこうして自己破産という言葉を口にしたとしても、どこも可笑しくところはないんじゃないかしら? 違うの?」
「ぐぬぬぬっ」
そんな開き直りとも取れるマーガレットの言葉が、余計ルイスをイラつかせた。
通常名のある貴族ならば、他人から馬鹿にされ後ろ指差されるような破産なんて選択肢を自ら取るわけがなかったのだ。
けれどもマーガレットは飄々とした態度と口調で、「それも仕方のないこと」だと割り切り開き直っているようにも見える。
「そ、そもそもだ。破産宣告したからと言って、一体キミに何のメリットがあるというつもりなんだ? どちらにせよ、返済できるアテが無いのだから家と屋敷は私の物になる……手間がかかるだけで同じことじゃないかっ!」
「そうね。でも今は裁判所を通して行える負債の法的整理……いわゆる自己破産というやり方もあるのよ。それでもし免責を受けられれば、それ以上借金を支払う必要性がなくなり清算された債務は消失するわ。貴方、他人にお金を貸す商売をしているのにそんなことも知らないの? あっはははっ。可笑しいたらありゃしないわね」
「っ!? ぬぬぬぬっ」
マーガレットはモノを知らないルイスのことを馬鹿にするかのように挑発した。
それは先程自分がされた嫌味に対する仕返しだったのかもしれない。
「それに貴方は先程同じ事と言ったけれども、借金の形に入れられている家と屋敷の資産価値以上に負債があるのだから、その資産を売却しても残りは当然借金として残るわよね? だったらそれ以上催促されないよう破産するほうが私にとったら都合が良いんじゃないのかしら? ふふふっ」
「…………」
マーガレットの説明をただ黙って聞いていたルイスは、何も口にできなくなってしまった。
確かに裁判所から免責を受けられてしまえば、その債務は清算され消失してしまう。つまりルイスはその負債について、それ以上催促できなくなってしまうわけだ。
家と屋敷の資産価値を上回るほどケインへと金を貸し付けをしていたルイスにとっては、大損してしまうことを暗に示唆しているのと同義であった。
仮にそれらを無視して無理矢理にでも取立てをしようものなら、法治国家である以上いくらルイスと言えども法の裁きを受けることになってしまう。まさに踏んだり蹴ったりとなること必死なのである。
(どうしてこの女がそんな法律を知っているのだ? もしや、デュランの奴が教えたのか? クソッ! どちらにせよ、何か良い方法を考えねば本当に破産されてしまい、大損してしまう)
ルイスは必死に打開策を模索しようとしていた。
(ふふっ。ルイスと言えども法の前では為す術もなくて、まるで子供のように可愛いものね。それというのも、すべてあの手紙のおかげよね。感謝するわよ……どこかのラインハルトさん。貴方のおかげでこうしてルイスに一矢報いることができたわ)
マーガレットがルイスの元を訪れようと家を出た際、ある手紙を受け取っていた。
表に差出人の名は無かったが、中にはルイスの負債に対する対応策が事細かに書かれており、そこには破産についても詳しく記されていた。そして最後の行に小さく『R.ラインハルトより』と名が書かれていたのだ。
ラインハルト……それはマーガレットでもよく知る名であり、昔この地域を支配していた公爵の名前である。その家系は随分昔に国に対する謀反の疑いにより、公爵は処刑されてしまい残された家族も散り散りとなって家系が没落してしまっていることも彼女は知っていた。
きっと誰かがその貴族の名を騙り、自分の窮地を救うためその手紙を寄越してくれたのだろうと彼女は思っていた。
そしてそのおかげで彼女は窮地を救われ、ルイスに一矢報いることができたのだ。
(随分と困っているようね、ルイス・オッペンハイム。貴方がケインにしてきた仕打ちの数々、今ここで私が何倍にもして返してあげるわよっ! それに私の債務が消失すれば、足枷もなくなるわ。デュランの家やお
マーガレットは最初から覚悟を決め、ここへとやって来ていたのだった。
それはルイスにとっては大誤算である。
彼女から返済の延長を申し出るのかと思いきや、裁判所に自ら申し出て自己破産してまで清算しようとしていたのだ。予想もできない誤算以外の何物でもなかった。
そしてそれに対抗する術は存在しないに等しいと言えよう。
仮に裁判所へ彼女が申請するであろう免責について異議を申し立てようにも、彼女にはこれといった資産も収入も無いため、いとも容易く何の障害もないまま免責が降りてしまうことになるのだ。
それに彼女自身が作った借金ではなく、既に亡くなっている夫が生前残した負債なのだ。当然そのことについて裁判員も意を汲み、容易に賛同してしまうことだろう。
そうなってしまえば最後、彼は貸し金は回収できずに大損してしまうことになることだろう。
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