第126話 模索した道の行方

「一体どうすればいいのかしら……」


 マーガレットは独り思い悩んでいた。


 その原因はルイスから送られてきた夫ケインが生前に作ってしまった負債の催促が書かれた手紙であった。

 当然彼女も家系の経済状況が苦しいことは知っていた。けれども、今住んでいる家や義父であったハイルの屋敷まで抵当として、借金の形に入っているとは知らなかったのだ。


「家にある物を売りに出したとしても、全然足りないわよね……」


 マーガレットは家々にある家具や装飾品の類、そして銀製品の食皿やフォーク、それに蝋燭立てまで市場へ売りに出すことで、毎月かかる利息の足しにしようと考えていた。

 だがいくら利息を払おうとも元本を返さなければ、飼い殺しになるだけで根本的な解決には至らない。


 結局のところ、マーガレットが取れる手立ては家と屋敷を売り払うほか選択肢がなかったのだ。


「デュランに相談してみようかしら……いいえ、駄目よ。これ以上私のことであの人にだけは負担をかけたくないわ。それでなくても……」


 一瞬、デュランへ相談しに行こうとも彼女は考えたが、そこで思い留まった。


 これまで彼にしてきた仕打ちや今回の崩落事故で迷惑をかけ続け、要らぬ苦労をデュランに強いてきたとマーガレットは考えていた。だから口が裂けても負債について相談できるわけがなかったのだ。


 このままでは家を売るしか道はない。


「……とりあえず、ルイスに直接会ってみて話をするしかないわよね」


 マーガレットはルイスに会うことによって、別の道を探ることにした。



「なにケインの妻が来ている……だと? 一人でここにやって来たのか?」

「はい。お一人のようです」

「なぁ~るほど……大方、借金の支払いの先延ばし目的と言ったところだろうな。ふふっ、真っ先にデュランの元を訪れず、私の元へやって来るとはなかなか豪胆な女だな」


 ルイスはリアンからそう告げられ、瞬時に彼女が自分の元を訪れた意図を察した。


「それでどうなさいます? お会いになられますか? それとも何かの理由をつけて、お帰りいただきましょうか?」

「ああ、そうだな。とりあえず、会って話だけでも聞いてやるとするか。よしいいぞ、通してやれ」


 ルイスはリアンにそう指示を出すと、マーガレットと会って話をしてみることにした。

 それはケインと親しい間柄だったというような感情から来るものではなく、ただの興味本位と何か利益になる話にできれば……と、考えてのことだった。


「失礼するわ」

「おおっ! これはようこそおいでになられたマーガレット嬢」

「突然の訪問なのに歓迎してくれてありがとうね。貴方のほうこそ、ご機嫌いかがだったかしら?」


 マーガレットが部屋に入ってくるとルイスはわざとらしくも両手を広げ、彼女のことを歓迎しながら招き入れた。


「まずまず……といったところかな。それにしても先日起こった鉱山の事故は、とても痛ましいものだったらしいね。キミも夫であるケインを不慮の事故で亡くしてしまい、さぞかし突然のことで驚いたに違いない。人間、これからという大事な時期に大切なものを失ってしまうのが何よりも堪えるものだからね!」


 ルイスは労うつもりでそうマーガレットへ語りかけたのだが、どこをどう聞いても夫を亡くしたばかりの彼女に対する嫌味にしか聞こえなかった。


 彼は本質的に人の嫌がることを見抜き、そして取り繕うことなく思うがままに言葉を口にする。それにより相手がどんな反応を示して言葉を返してくるかを見極め、目の前に居る人物を値踏みする意味合いもあるのかもしれない。


「そうね……それでも残された者は生きなければならないわ。それが亡くなった人への弔いになることでしょうしね」

「ふふっ。そうだな、人は心の中で生き続ける……か」


 マーガレットはルイスの嫌味に対して一切動揺することなく、そんなことを口にした。

 ルイスは一瞬笑みを浮かべ、そして目を瞑るとしみじみと何かを考えるようにそう呟いた。


「それで私を訪ねてきたのには何か理由があるのだろう?」

「ええ、今日は貴方にお願いがあって来たのよ」

「そうか……なんだね?」


 マーガレットがさっそく本題に入ると、ルイスは彼女が来訪してきた目的を知りつつも恍けた感じに続きを促した。


「貴方から送られてきたコレのことよ」

「おーっ、なんだコレのことでわざわざキミは私の元を訪ねてきたのか。なるほどなるほど……で?」


 マーガレットはこのままでは埒が明かないと、ルイスが自分に寄越した手紙を彼の目の前にあるテーブルへと差し出した。

 それでもなお、ルイスは彼女のその一言を彼女自身の口から言わせたいがため、その理由を聞き返す。


「……あくまでシラを切り続けるつもりなのね?」

「いやいや、誤解しないでいただきたいね。私は何もキミに思うところがあるわけじゃあ……」

「ふふふふっ」

「…………何が可笑しい?」


 ルイスが言葉を濁そうとしたそのとき、突如としてマーガレットが余裕の笑みを浮かべた。

 それが勘に触ったのか、ルイスはそれまでの余裕の笑みを消し真顔でそう問い質す。その声はどこか重々しくも一切感情が乗せられていない、まるで人ではない人の形を模した人形のような表情だった。


「いえ、貴方のことだから私が訪ねてきたのは、返済の期日を延ばして欲しい……そう思ったからこそ、私と会うことにしたのでしょう?」

「…………違うのかい?」

「そうよ、お生憎様。貴方の評判を知ってる者ならば、そんなことをお願いしても無駄ということはちゃ~んと、理解しているわよ。当てが外れてしまってごめんなさいね」

「むっ」


 ルイスはそこで初めて動揺するかのように、ムスッとした表情をしてみせた。

 そして次のマーガレットの言葉で更にその顔から色を失うことになってしまう。


「実は私はね、自己破産するつもりなのよ」

「自己……破産だとっ!?」


 それは金貸しのルイスにとって、何よりも恐れていた言葉だった。

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