第124話 生命保険

「ですが、いくら血の繋がりのある親戚とはいえ、降って湧いたような話をそう易々と承諾するものなのでしょうか?」

「……当然、それに纏わるトラブルは尽きない。それに相手が遠方に住んでいる場合には、手間も時間も余計にかかることになる。そんなこと、他人に金を貸す人間は最初から織り込み済みなのだ。だからこそ生命保険などというものがこの世に存在しているのだからな。金も財産も何も無い者達は死んででも金を作られねばならない。それが世の中の仕組みであり、経済社会の真の正体というものだ。いいか、これだけはよく覚えておけリアン。世の中はお前が思っている以上に非情なものだぞ。少しでも気を抜けば、その渦へと巻き込まれ永遠に這い上がることはできなくなる」

「なるほど……」


 ルイスは然も当然と言った口ぶりで相槌を打つリアンに向かい、そう説明をしていた。


 生命保険とは文字通り加入者の命を金へと変えることができる、言わば担保制度の総称を指す言葉である。

 基本的には稼ぎ頭である夫が病気や不慮の事故で亡くなり、残された家族が滞りなく日々の生活をするため、万が一の場合に備えて加入するものなのだが、それは何も庶民だけに限った話ではない。


 むしろこの時代における庶民と呼ばれる者の多くは、到底保険に加入するだけの掛け金すらも用意することができないことだろう。


 だから金貸し達は担保を持たない者、または担保割れしそうな債務者を生命保険に加入させる。もちろんその代金は一時的にルイスのような金貸しが融通するわけであるが、当然その費用までも利子として含まれている。


 それで金を返せないまま債務者が何かしらの理由で亡くなったとしても、金も資産も持ち合わせていない残された家族に代わり、生命保険会社から貸し金と利息を含んだ代金が保険金として支払われる。そういった経済社会における言わば金貸しへの救済制度なのである。


「だから金貸しはそれこそ二重三重に担保として、貸し付ける相手を生命保険に加入させ取りっぱぐれを防ぐ保険を打つわけだ」

「言わば、人の命は死んでから金に置き換わる……ということですか?」

「ああ、そうだ。金も財産も無い者達は死んで償うしか道は残されていない」


 それは非情とも思える社会制度かもしれないが、生命保険会社は合資会社……つまり出資者達から出資金を募り、リスクを分散させるという目的で作られているのだ。当然会社である以上は利益を求めなくてはならない。


 では如何にして生命保険会社は利益を出すことができるのか……それはロスレシオという損害率、つまり総掛け金に対する保険金の総支払い額の割合で決められている。

 会社であるので当然そこへ勤めている者達に給料を支払わなければいけないし、経営者も利益を確保しなければならない。そして建物や書類、銀行などへの手数料を差し引き、その残りを加入者への保険金として宛がうわけだ。


 だから保険会社は最初から必要経費と利益を確保しており、絶対に損が出ない範囲で集めた加入金を加入者へと分配し保険金として支払うだけのことである。


「保険会社とは名ばかりで、内実ただの責任回避リスクヘッジ目的なのだ。それは会社が……いや、この経済社会自体が望むものであり、そして国がそのような制度を設けているわけだ」

「国がそのように……ルイス様はそれについて何の疑問も抱かないのですか?」

「ん? ああ、別にただの金貸しである私が口を挟む余地もない」

「だから先程ルイス様は、人は死んででも償わなければならない……と仰っていたのですね」

「そして国がそれを望んでいる限り、変わることが無い仕組みだろうな。それは私とて……」


 そう語るルイスはどこか寂しげでもあり、どこか悲哀そうな表情を浮かべている。


「ルイスにも何か事情があるのだろうか?」リアンはその顔を見つめ、そんなことを思ってしまうのだがルイスはそれ以上口を開くことはなく、聞けずじまいになってしまう。


 これでケインが死んでもなお、ルイスにどこか余裕の気持ちがあったのは、その生命保険に加入させていたのだと容易に察することができた。


 当然、ケイン本人に対して掛けられていた保険額は借金に相当する額であるはず。だからリアンはそこから回収するものとばかり思っていた。


 だがその考えは半分だけしか当たってはいない。


 ルイスはリアンが考えていたとおり、ケインに対して生命保険を掛けていた。けれどもそれはルイスとケイン本人の間で交わされた契約であり、他に誰も生命保険の存在を知りえないのだ。


 だからこそルイスは保険金を借金返済金として受け取りつつも、未だ債務不履行として妻であるマーガレットへ請求するつもりなのである。当然マーガレット本人だけの力で返せるはずもなく、彼女の実家も資産が無いことは事前に調べていて知っていたことだった。


 ケインが残したその虚像とも言える負債について、今彼女が住んでいる家と屋敷を売却させることで支払わせるか、それともデュランへ請求するのか、ルイスはそのどちらを選択しようと自由である。


 結局そのどちらの選択肢を取ろうとも、ルイスは二重に貸し金を回収できることになる。通常ならそれは法律違反であるが、生命保険へ加入する際に受取人をルイス本人としているため、例え妻であるマーガレットが裁判所に異議を唱えようとも意味を成さないことだろう。


 また生命保険で受け取ることになる保険金については、あらかじめ契約条項に記された指定受取人しか受け取れず、本人が生きている時に持ち合わせていた財産ではないので、相続の対象とは認められていない。

 そして当然のように保険金を受け取るルイスには、それに順ずるベき税金が課せられることになるのだが、それも貸し金の一部とその利息の分などと自分に都合の良い言い訳として申告さえすれば、あとは容易にも課税から逃れることが出来るだろう。


 結局、庶民はいつの時代でも資本家達の食い物にされながら踏みにじられことになる。それは本人が死んだその後も決して変わることはないのかもしれない。


 経済社会を土台にしている国がそれを求め、何かの要因によって変わらない限りは……。

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