第123話 負債も財産の一部

「なに、鉱山での落盤事故だと? デュランが所有し経営していたトルニア鉱山でか?」

「はい。そのようです」


 ルイスは書類仕事をしながら手持ちの資金を再確認するため、大量の銀貨や金貨が詰まった袋から取り出し数えている真っ最中、その報告を執事であるリアンから聞いた。


「それで犠牲者は出たのか? 鉱山での落盤事故というからには、労働者が何人か死んだのであろう?」

「あっ、いえ……幸い、労働者は無事のようでして……」

「なんだそうなのか……はん、つまらん話だな。労働者の何人かが死んでくれれば、デュランの奴はそれに対する責任を取ることになる。そうなれば当然残された家族は奴に多額の賠償を求めることになるのだが……死ななければそれも貰えぬ。せっかく大金を得るチャンスをみすみす不意にしたな」


 ルイスはどこかつまらなそうな顔をしながら、そんなことを言い放った。

 リアンはそれを顔色一つ変えず、ただ聞いているだけである。


「もういい。今は忙しいのだ。それ以上何も無いなら邪魔をするな」


 もうルイスはその話に興味を無くしてしまったのか、目線を下へと落とし茶色の麻袋に手を入れて銀貨数枚を取り出し数え始めた。

 そして目線を差し向けず、手で追い払う形でリアンにこの部屋から立ち去るように指示を出す。


「なんだ? まだ用事があるというのか?」


 だがリアンは立ち去ろうとはしなかったため、ルイスは苛立ち声を荒げた。


「……労働者ではありませんが、犠牲者が一人いたみたいです」

「ん??? 労働者ではない……まさか、デュランの奴が死んだのか? それなら愉快なこと、この上ない話だぞっ!! はははははっ」

「あっ、いえ彼ではなく、彼の従兄弟であるケイン・シュヴァルツが犠牲になったようです」

「……ケインがか? そうか……」


 犠牲となったのがデュランではないと解かり、それが以前まで親しかったケインなのだと耳にすると、ルイスは口元に手を当て何かを考えはじめた。


 ルイスとケインとは親しく互いにポーカーをする間柄だったため、リアンは悲しみの言葉でもルイスが口にすると思っていたのだが、その予想は容易に外れてしまう。


「ま、それならそうでいいだろう」

「あの……」

「ん? なんだ、思うところでもあるというのか?」

「……いえ」


 リアンは思わず雇い主であるルイスに問いかけようとするが、彼はそれを見越したかのように手元の銀貨からリアンの方へと視線を差し向け黙らせた。


「ふふっ。まさかリアンは、この私がケインが死んで悲しいだなんだという言葉でも期待していたのか?」

「…………」

「ふっ。お前は分かりやすいな」


 ルイスはリアンの無言を肯定と捉え、こう言葉を続ける。


「奴には貸しがあったのだ。それも返しきれないほどの……な。それに誰が死のうとも私の知ったことではない。ああ、いやいやそれでは少し語弊があるな。なんせ私は奴に金を貸し付けているのだから、興味が無いと言ったら嘘になってしまうな。ははははっ」

「…………」


 何が可笑しいのか、ルイスは笑みを浮かべている。

 リアンは黙ってそれを見つめるほかなかった。


「この間、ルイス様と話されたときに彼は開き直りとも取れる発言をしていたはずですが」

「ああ、そうだとも。それがどうした?」


 リアンはそれでも食い下がる形で一ヵ月ほど前にケインがルイスの元を訪れ、彼の借金返済時のことを思い出して聞いてみるが、当のルイスはそれを気にも留めない様子。


「……よろしいのですか?」

「うん? 奴の借金のことか?」

「え、えぇ……彼が死んでしまったら……」

「返済できなくなる……か?」

「(コクリッ)」


 リアンはルイスのその余裕を持っている理由わけを知りたくて、彼から指示を求めるという形を取りながら、そんな質問をぶつけてみた。


「お前も知っているであろう……たとえ如何なる理由で人が死のうとも、財産はそのまま家族へと受け継がれるということを……」

「はい」

「その財産というものにはな、負債も・・・含まれたまま相続することになるのだ」

「負債も……なのですか?」

「ああ、そうだ」


 財産とはそれ即ち、家や土地それに預金や株式など価値あるものはもちろんのこと、それに付属する形の負債までをも含む言葉なのだ。

 当然その本人が何らかの理由で亡くなれば、その財産は残された家族へと相続されることになるのだ。もちろんそこには負債も付属したまま、相続するということになるわけだった。


 ケインはルイスから多額の資金を借り受け、家々などもその担保として正式に登記されている。

 当然彼が死んだからといって、その負債は消えずマーガレットが相続する形となる。


「よく庶民共は『自分が死ねば地獄のような借金から逃れられる』などと妄言を吐いているが、あんなものはまやかしにすぎない。相続する限り負債はなくならないのだからな。それに相続人が戸籍に明記されていれば、当然そちらへと請求するだけのこと。だから金貸し達に取りっぱぐれは無きに等しい」


 唯一相続した負債から逃れる手立ては、相続の放棄である。


 それは相続を放棄した相手のみであり、基本的には戸籍上に書かれている次の者へと負債の所有権利が移るだけのこと。


 ルイスが述べたとおり、庶民は自分達に財産がないため、例え残された家族に借金という負債を求められようとも、相続を放棄するという形を取ってしまえるわけだ。


 これが俗に言う『死んだ者から金は取れない』という所以ゆえんでもある。


 そのように法に抜け穴があるのと同じで、取り立てる側にも合法的に貸した金を回収する手立てがあるのだ。

 それが戸籍謄本に書かれている継承者であり、時にそれは遠縁の親戚である従兄弟まで害を及ぼすことがあるのだった。

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