第118話 それぞれの思惑

「ふふっ。彼もまだまだ若いな」


 ルークスはデュランが公証所を去った後、窓際から彼の背中を追いながらそうしみじみと言葉を口にする。


 コンコン♪

 ちょうどそのとき、公証所を訪ねて来た者がいた。


「……失礼いたします」

「お~お~、誰かと思ったらリアンじゃないかっ! ははっ、よく来たなぁ~。さぁさぁ座って座って」


 それは執事の服を着たリアンである。

 ルークスはそれまで誰にも見せたことのない満面の笑みでリアンのことを向かえると、優しげな眼差しとともに席へとエスコートする。


「ありがとうございます。あの……先程、例のの後ろ姿を見かけましたが、ここへ来ていたのですか?」

「ああ、そうだとも。デュラン君、彼はなかなかやり手のようだぞ」

「やはり……そうでしたか」


 リアンとルークスは今しがた出て行ったばかりのデュランの話を始める。

 二人の口ぶりは親しげであり、それでいて会話は意味深でもあった。


「それで彼について、ルイス様へ報告することはあるでしょうか?」

「う~ん、そうだな。とりあえず彼が所有しているトルニア鉱山では、未だ何も採掘ができていないようだ。それと彼の会社は資金不足から新株を発行して、資本金の増強を計るようだ。ま、尤もそれもデュラン君は口先だけで獲得した言わば、形無き約束のようだ。きっとあの言葉の裏には我々が考えている以上に先の先を見据えているのやもしれん」

「ふむ。なるほど……新株の発行ですか? 表面上、外から見れば順調だというアピールする狙いもあるのでしょうね」


 リアンはここへやって来た理由は公証人であるルークスから、デュランに関する何か進展はないのかと聞きに来ていたのだ。

 ルークスもまたリアンを通すことで、ルイスへの情報を流しているようにも見える。


「ちなみにですが、彼は使えそう・・・・ですか?」

「それなりに……と言ったところだろうな。今はまだ若くあまり経験を積んでいない。それにただの駆け引きは得意のようだが、突発的事態には対応しきれていない。だから付け入る隙はいくらでもあるよう、ワシには見えるぞ」

「ふふっ」

「うん? 何か可笑しかったか?」


 ルークスは聞かれたことに答えたのだが、聞いたはずのリアンは何故か口元を隠して笑っているようにも見えた。


「ああ、いえいえ。おじい様の相手をさせられては、誰でもそうなりますよ……そう思っただけです。失礼いたしました」

「ん? ははっ、そうか。お前にはそう見えたのだな」


 ルークスは特に不機嫌になることもなく、リアンと同じく微笑んだ。


「それで……リアンは彼のことをどう感じた? 以前と同じように……将来、我々の役に立つと思うか?」

「ええ、それはもちろんですよ。むしろ彼にそうなっていただかなくなっては、こちらが困るというもの。それはおじい様も理解したうえで、私に聞いていらしたのでしょう? 違いますか?」

「あ~っ。……うむ、そのとおりだ」


 ルークスはどこか試す形でリアンに質問を投げかけたのだが、リアンはそれを容易に返した。

 そして自らを推し量るためそんなことを質問したのかと逆にリアンが尋ねると、ルークスは一瞬誤魔化そうとしたが観念したかのように髭を撫で頷いてみせた。


「さすがはワシの孫だな。恐れ入った」

「おじい様のような方にそう言われたら恐縮です」

「ワシには子供はいないが、孫であるお前がいる……それだけが唯一の救いであり、希望なのだ。……分かるな?」

「はい。おじい様……」


 ルークスは徐にリアンの手を取ると、自らの両手で優しく包み込みながら大事そうに撫でた。

 それはまるで宝物を大事にするかのように優しげでもあり、日々の苦労を労っているようにも見える。


 リアンはルークスの孫であったが、直接的に血の繋がりはなかった。


 それは遠い昔の日にあったとある出来事とともに、運命という名の皮肉な出会いによるものだった。それが先程話題に出たデュランやルイス達と絡むのか、今はまだ分からないが、そこに何かしらの意図と理由が存在しているのは確かである。


 そしてそれが彼らの運命はもちろんのこと、これから先のデュランやルイス達の運命をも左右することになろうとは、彼ら自身も今はまだ知る由もなかった。


・・・

・・


 ルークスがリアンと意味深な会話しているちょうどそのとき、デュランはトルニア鉱山へと足を運んでいた。


「それで首尾のほうはどうだったんだよ、デュラン?」

「ふふっ。まぁ……な。上々と言ったところだ」


 彼は株主総会が終わると真っ直ぐアルフの居るトルニア鉱山へと足を運び、そこで現場の責任者であるアルフに事の詳細を報告しようとやって来ていたのだ。


「そうか。なら、ほぼ予定通り上手くいったんだな?」

「ああ、それもアルフがウィーレス鉱山から鉱物石を取ってきてくれたおかげだ。感謝する」

「ほんっと、よく言うぜ~。それがなきゃ話が成功しないって俺に言って、無理無理持って来させた張本人だろうがっ」

「おっ~と、それには少し語弊があるぞアルフ。俺はただ、アルフが協力してくれないと鉱山が閉鎖することになる……そう口にしてウィーレス鉱山の鉱物石が役に立つかもしれないと、お前の隣で呟いただけなんだぞ。その話に乗ると最初に言い出したのはアルフ、お前じゃなかったか? ふふっ」

「ちっ……ったく。デュランはほんと口だけは上手くなったよな! はははっ」


 デュランはアルフを冗談交じりに労い、互いに可笑しくなり笑ってしまう。

 それもこれも株主総会が彼らの思惑通り運び、出資金を得ることができたからこそである。


「……で、だ。もう一つのほうはどうだったんだよ? お前が言ってたとおり“当たり”だったのか?」

「ああ、そうだ。事前に予想していた通りの反応をされたよ。尤もウィーレス鉱山から持ってきたものだと見破られたのは想定外だったがな。ま、それも公証人という立場と年齢という老獪さあってのモノダネだろうがな。彼がルイスと繋がっていると言っても、まず間違いないと言って差し支えない」

「そ、そうか。じゃあルイスの傍に居るリアンって奴だけじゃなく、そのルークスって公証人の爺さんも油断ならない相手ってことだな。ほんっと、どこにでもルイスのヤツの目があるな。一時も油断ならねぇぜ」


 デュランとアルフはその後の話、ルークスとのやり取りについて話し始めた。


 それすらも最初から想定しており、それでいて相手がするであろう反応まで既に織り込み済みだったのだ。


「だがな、アルフ。それならそれで彼らを逆手に取れば、容易且つ安全にルイスへ打撃を与えることができるぞ」

「……デュランは騙されると解かっていて、敢えて連中を利用するつもりなんだな?」

「ふふっ。もちろんそうだ。せっかく向こうからチャンスをくれるんだから、それを生かすほか俺が成り上がる道はないと思っている。それにな、相手を欺いていると思っている奴こそ騙しやすいというもの。それくらいやってのけなければ、ルイスはもちろん多大な権力と豊富な資金を持つオッペンハイム商会を潰すことなんてできやしない」


 デュランはルークスがルイス達と繋がっていると、事前に予想を立てていた。

 そしてそれは株主総会が終わった後に話しかけられ、よりそうであるとの確信を得ることができた。


 だからこそ、彼らに表面上騙されつつも利用する方法を探ってもいた。

 デュランがわざとルークスの前で驚いていたのも、実はすべてがすべて芝居だったのだ。


 相手を騙そうとする相手には素の反応を敢えて示し、そこから更に自分が欺かれているのだと相手に思わせ油断させる手立てが一番有効である。

 尤もそれも一つ間違えれば、自分が絡め取られてしまうというリスクを負う羽目になる。


 だが、自ら進んでリスクを取らずして望んでいる答えリターンを得られるわけがない。

 デュランは敢えてそのリスクを犯すことでルークスの目を欺き、その背後に居るルイスのことも討ち取ろうとしていたのだ。



 ルークスとリアン、デュランとアルフ、そしてルイスとディアブル達の三勢力は互いが互いを利用し合いながら裏では欺き、それぞれの野望や思惑を胸に抱いていた。


 最後に残る者は誰なのか、今はまだ誰にも分からない。だがしかし、そうした相手を押し退けなければ、この厳しい世の中を生き抜くことは不可能である。それがどれだけ苦難の道になろうとも、決してその場で立ち止まることは許されない。


 たとえどんな犠牲を払おうとも……絶対に……。

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