第117話 嘘を見抜く公証人の確かな目利き

「ふぅ~っ。なんとか切り抜けることができたな」


 デュランは数時間に渡る出資者達の話し合いをどうにか自分が想い描いていたとおり導くことができ、会社の危機を切り抜けることに成功した。


(でもまさか、あそこまで彼らが食い付いて来ようとは予想もできなかったな。ま、それが功を奏したが……)


 デュランは先程までの彼らの言葉や態度を再び思い出し、それと同時に予想を上回る反応があったことに驚きを隠せなかった。

 ……というのも『白く輝く黄金』の話を持ち出してからというもの、彼らは我先にと会社へ率先して出資してくれたのだ。


 それは当初デュランが想定していた調達資金の数倍ほどにもなり、当然彼らからの期待とプレッシャーは計り知れない物である。

 これでもし彼らが望む白金もしくは銅が出なければ会社だけでなく、デュランの身すらも危ういことになる。


 人は貧すれば、たとえパン一切れでも相手の命を容易に奪ってしまうことがあり、そこに秩序や常識、法律なんてものは存在し得ない。あるのはただ相手を憎むという感情のみであるで、それが国全体へと広がり大きなうねりとなって出来上がるものが『革命』と呼ばれる事案なのだ。


「お疲れ様だったね」

「ああっ、ルークスさん。いえ、こちらこそ場所を貸していただいて感謝……いたします」


 デュランが考え事をしていると背後から声をかけられ、そのまま後ろを振り返ると公証人であり、この建物の主であるルークスが立っていた。


 しかしその顔はいつもの優しそうな顔付きではなく、どことなく違和感を覚えるものだとデュランは思ってしまった。


「あの失礼ですが、ルークスさん……ですよね?」

「うん? ふふふっ。君は可笑しなことを口にするんだね。ワシ以外に誰だと言うつもりなんだい?」

「あっ、いえ……失礼いたしました」


 ルークスはデュランの物言いに対して何故か愉快そうに口元を緩めながらも、眼鏡の奥底に見える瞳だけは、まるで獲物を狙うかのような鋭い眼光を彼に向けていたのだ。


(な、なんだ今のは……まるで俺の父親か、ケインの父親のような視線に感じたぞ。ルークスがそれほどの男……なのか?)


 デュランはそこでルークスに対する警戒心を高めた。


 こういった視線を送ってくる相手は、自分対して何かしら仕掛けてくるものであるとデュランは知っていたのだ。


 そしてその勘は次の彼の一言でより確実なものとなる。


「君は私が考えていた以上に詐欺師に向いているようだね」

「っ!? さ、詐欺師……ですか?」


 まさか人当たりの良さそうな老人から、そんな言葉を投げかけられると予想していなかったデュランはただ驚き動揺してしまう。

 それは彼がデュランに向けて微笑みかけているのが、より不気味だと思ってしまうほどだった。


「い、一体俺の……いや、私の何が……」

「ああ、いやいや誤解しないでくれたまえよ。ワシは何も、君に対して嫌味とかそういった類を言いたいわけじゃないんだ。むしろその逆だよ、まったくの逆」

「ぎゃ、逆……ですか?」

「ああ、そうとも。まだ若いのにその口と行動、そして事前の仕込みだけで自らに降りかかる危機を切り抜けることに成功したんだ。それを賞賛しないわけにはいかないだろ。違うかい?」

「は、はぁ」


 デュランは彼が何を言いたいのか、まったく皆目検討がつかず、頷くとも首を横に振るともせずにただ気のない返事を返すことしかできない。


「まったく予想もしなかったよ。ワシの期待と予想を良い意味で君に裏切られた。なんせ他所の鉱山から・・・・・・・持ってきた鉱物石をこの場に持ち込むだなんて発想、通常はしないからねぇ~」

「っ!? な、なんでそれを……」


 デュランはルークスのその一言に震撼を覚えてしまった。

 何故ならそれは、デュラン本人と指示を出したアルフでしか知らないことだったからである。


 そうデュランが持ち込み、出資者の前に出した銅を含む鉱物石は彼が所有するトルニア鉱山から産出したものではなく、近場にある今は廃鉱山となってしまったウィーレス鉱山から取ってきたものだったのだ。

 用意周到にもデュランはそこから持ってくるようにと前もってアルフに頼み、今日この日を望んでいた。


「ふふっ。なぁ~に簡単なことさ。まず本当に君の鉱山で出た鉱物石ならば、あの場で誰かが口にしていたように最初から出していたはずだ。それなら彼らから無意味に罵られることもないしね。それに銅が含まれている量とその質についてかな。ウィーレスはこの街で有名な産出の地だった。逆を言えば、噂になるほどの『量』と『質』とが取れていたということだ」

「……」


 デュランは鉱物石を挿げ替えただけでなく、その産出場所まで言い当てられてしまい言葉を失ってしまう。


(まさかここまで……とはな。どうやら俺は目の前の人物を甘く見ていたようだ)


 デュランは警戒心を更に強めるが、逆にルークスのほうは愉快そうな笑みを浮かべ、こう言葉を続ける。


「いや、ほんと若いのに大したものだ。以前の定款の一文にも驚かされたが、今日もとても驚かされてたよ。途中でもう無理だと思ったけれども、そこから逆転させるとはね。まぁ尤も、君の場合は最初からそれすらも想定していただろうとは思うけどね」

「っ。そ、そんなことは決して……」


 ない……とは、デュランも言葉を続けられなかった。


 実際ルークスが今述べたとおり、最初から出資者の反応は想定済みだった。

 敢えて失望の闇から希望の光を覗かせることで、より話の惹きを強め、疑いを打ち消す狙いがあった。


 その思惑は目論見どおり上手く事が運んだ。だが、それを見抜かれるとは予想もしていなかった。

 それもただの公証人に……いや、目の前の老人にいとも容易く且つ詳細なまでにとは……。


「ああ、これまた勘違いしないでもらいたいのだが、ワシは君の敵ではないからな」

「敵ではない……ですか……」


 最後にルークスは保身のためなのか、そんなことを口にする。

 デュランはその言葉の真意を見出すため、繰り返し呟いた。


(俺の敵ではない……ということは、裏を返せば味方でもないわけか。つまりは中立の立場……もしくは日和見主義、あるいは自らの保身のため、そんなことを口にしたのだろうか?)


 デュランにはルークスのその言葉が本心から言っているのか、それとも欺くため口にしたのか、分からない。


 彼が危険人物であるとの認識だけは改めて自覚させられた。

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