第116話 嘘も方便

 鉱山に精通する者ならば『白く輝く黄金』という言葉の意味を、今更デュランが話すまでもなかった。

 彼らは勝手にその意味を解釈しながら、こんなことを口にする。


「白く輝く黄金とは、もしかして……白金はっきんのことなのか!?」

「あ、当たり前だろっ! 他に何があるっていうんだよっ!!」

「まさかそんな……いやでも……」

「でもも何もないだろう! ハイル・シュヴァルツと言ったら、あの強欲で有名な大貴族だぞ。それに彼が甥ならば、まず間違いのない話に決まっている」


 誰も彼もが信じられないと言った顔をしながらもデュランが口にした叔父であるハイルの名を改めて認識すると、この話が詐欺や与太話ではないと確信している口ぶりだった。


「…………」


 デュランは彼らの言葉を目を瞑ると腕を組み、ただ黙って耳を傾けるだけだった。

 実際デュランも彼らと同じく『そうである』と思っていた。思っていたけれども、心のどこかで引っ掛かる何か・・があったのだ。


(話のダシに使ってしまったのは若干ではあるが、気が引けるものだな。だがそれも致し方のないこと。それにこれまでされてきた仕打ちを考えれば、少しくらいは良いだろう。それにもまして今の俺の状況じゃ、そんなことにまで気を遣ってる余裕はない。あとケインやマーガレット、そしてリサのこともあるしな)


 デュランは覚悟を決め、切り札であるハイルの言葉を彼らに話した。

 もし仮にそれが嘘だったとしても、どこにでもある鉱山主の与太話として片付けられることになることをデュランは知っていた。それでも信用を失うというリスキーは付き物だ。


 そしてデュランは嘘を言ってもいないが、本当のことも口にしてはいなかった。


(大丈夫……きっと大丈夫なはずだ。今はまだ出ていないだけで、そのうち本当に白金が出るはずなんだから決して嘘の話ではないはずだ)


 まるで自分に言い聞かせる形で彼らの話に耳を傾けながら、心の中で何度もそう言葉を繰り返した。


 結局のところデュランの叔父であるハイルが口にしたことは何の確証もない話であり、死に際の老人のうわ言にすぎない。

 何故なら本当に白金もしくはそれに順ずる何かが鉱山に埋まっているとしたら、とっくの昔に掘り返しているに決まっていた。それをただの昔話や伝説の宝のようにする必要性はまったくないわけである。


 デュランもそれを理解していたからこそ、彼らに話すかどうか最後まで迷い迷っていた。

 迷ってはいたが彼自身の取り巻く環境がそれを許さず、進退立ち行かないほどまで追い込まれてしまったので、それを彼らに話すほか助かる道はなかったのだ。


 デュランは一呼吸置いてから気持ちを切り替えると彼らに向け、こんなことを口にする。


「さて、皆さん。白く輝く黄金については後々の楽しみにとっておくとして……そろそろ本題に戻ってもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ、確か鉱山の資金難についてだったね」

「うむ。そうか……採掘する資金がなければ、白金を探すこともできやしないだろうしな。ああ、いいだろう……いくらか都合しようじゃないか。でもその分、白金が出てきたら真っ先に私に譲ってくれ!」

「ズルイぞ貴様っ! デュラン君、私も金を出すぞっ!!」


 一旦こうなってしまえば、白金という本当にあるかどうかも分からない幻の宝を餌にオークション形式で出資金は競り上がっていく。

 そしてその出資配分に応じて持ち株を譲り渡すということになるが、前回出資してもらった際に彼らには均等に配分してしまったため、既に手持ちはなかった。


 通常ならば新株を発行して彼らに譲り渡すことになるのだが、その承認も株式総会でしか決められないため、デュランは後日新たに発行して彼らに配分することにした。


 新株発行と聞けばやや大げさに聞こえるだろうが、実際には印刷所に赴き『株券』と書かれた用紙を印刷してもらうだけのこと。

 そこには株数と定款条項、それに相手の署名と会社の実印を押すだけという至って簡単な作りであり、それこそ印刷機械があれば素人でも作れる簡素なもの。


 その見た目はどこにでもあるような極々普通に見えるただの紙切れであり、ちょっとした豪華な模様とチラシのような古紙とは違う手触りというだけ。

 それが経済社会では持ち株として会社の実権を握ることができ、証券所等では国の経済を左右するほどの価値があるものになってしまう。


 株は大人の博打とも呼ばれ上手くいけば大儲けできるが、反対に見る目がなければ路頭へと一直線になってしまう。

 また株の取引には信用取引というものが存在し手持ちの資金や財産以上に株を売買すること(いわゆる信用買い)ができるため、身を滅ぼす人は後を立たなかった。


 当然その資金回収先は銀行や個人の高利貸しであり、彼らは人を破滅させることにより多大な利益を得ていた。

 恐ろしいことに経済を土台とする社会においてそれは、合法且つ商取引という耳聞こえの良い言葉とともに貧富の格差を拡大させていた。


 だがそれを無くして国の経済は回らず、成長もしない。

 成長と衰退なくして国は繁栄することはできないものなのだ。


 時にそのきっかけは他国との戦争が引き金であり、時に株の取引でもある。

 常時の際には会社の信用やその未来が優先され、戦争のような非日常時には『情報』が何よりも優先される。


 人よりも早く有益な情報を得ることができれば、それだけ早く動けることになる。

 つまり物資の買占めや株の買占め、またはルイスの父親がしたようにその逆をすることで大儲けできる機会に恵まれるということだ。


 そして国同士の勝ち負けとは、何にも増して経済社会を根底から揺るがすほどの大きな出来事なのである。当然それに乗じて物は元より、情報を売り買いすることも可能である。


 それこそ仮に嘘の情報だったとしても、時に真実よりも重く価値のあることにさせることもできるのだった。

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