第115話 切り札の使いどころ
ガッ、ガッ……ガキンッ!
さっそくその鉱石が本物であるかどうかを株主達は鉱石をハンマーで叩き、確かめ始めた。
「ど、どうだ? 本物なのか?」
「ああ……これにはちゃんと銅が含まれている。ほら見てみろ……それもかなりの量が入っているぞ」
「じゃ、じゃあそれは本物の銅を含む鉱石なのだな。むぅっ」
先ほどまで訝しげな顔を浮かべていたはずの株主達は自ら割った鉱石を調べ、口々に感想を漏らしている。
自らの目と手先で触り確認しているため、それ以上その鉱石が偽物であると疑う余地もなかった。
「……どうです? 本物だったでしょ? ま、皆さんほどの真贋を見極める目をお持ちの方々ならば、割る前から当然そうであると理解していたとは思いますがね」
「あ、ああもちろんだ。一目見たときから分かっていたよ」
「は、ハンマーで割ったのは……ほ、ほら中の質を確かめるためだったんだ。な、なぁ?」
「う、うむ。それにどうやら銅自体の質は悪くはないようだ」
「ふふっ……おっと」
念押しするかのようにデュランが株主達にそう訪ねると、彼らは動揺しながらも確認したことに対する言い訳を口にしていった。
デュランはそれがどこか可笑しくもあり、思わず噴出してしまいそうになったので慌てて口元に手を添え、あくまでも冷静を装いつつ誤魔化した。幸い彼らにデュランの表情を見るような余裕もなく、それに気づいた者はいなかった。
それでもなお、まだ疑問が残っていたのか、一人の男が席から立ち上がってデュランに向けてこんなことを口にした。
「なぁ、まだ一つだけ疑問があるのだが……それなら何故、最初から我々に銅が取れたと言わなかったんだ? もしやそこに何かしらの理由があるんじゃないのか?」
「ええ、もちろん理由ならちゃんとありますよ。皆さんもご承知のことと思いますが、鉱山で銅が出たと周りに知られれば、当然それを快く思わない人もいます。それがもし同じ鉱山を所有する者ならば、銅の値崩れを恐れてウチに居る鉱員達を金で奪い去ろうとしたり、会社そのものを買収しようとする輩も出てくることでしょう。そのため入札までは決して外部に漏れないようにと、最初は皆さんにも話すつもりはありませんでした。ですが、話の途中でそのように席を立たれてしまったので話さないわけにはいきませんでした」
「そ、そうか。ちゃ、ちゃんとした理由があるならそれでいいんだ。確かに君の言ってることは尤もだ。鉱山には妨害工作は付き物だからな! それに総量が増えれば増えるほど、入札者は出来るだけ値を下げて入札を入れるはずだ。その判断は正しいと言える」
デュランは何食わぬ顔で尤もらしい事を口にして説明すると、今そうして彼が席を立っていること自体が自分に対して疑いを持っているのだと意識誘導させるような口ぶりをした。
誰もそこに違和感を感じることもなく、むしろデュランの話を疑ってしまったこと自体が気まずいことなのだと、理解をしているからこそ彼は音も一つ立てることなく、そのまま席へと腰を下ろした。
人は自ら疑いを持たれると、相手を疑うという余裕を失ってしまう生き物である。
この場合、特に後ろめたいことがなければデュランのように毅然とした態度を取るのが正しいと言えよう。だがしかし、度重なるデュランへの疑いがそれを由とせず、銅を含むという鉱石という動かぬ証拠まで見せ付けられてしまえば、彼らであってもデュランが口にした説明をただ黙って信じるほかない。
「さて、それでは私への疑いも晴れ、その鉱石の質も確かめたことですし、先程の話の続きをいたしましょうかね」
そうして話の主導権を握ったデュランは、そこで改めて鉱山の経営状態について説明を始める。
デュランは一切隠すことなく、今の鉱山が置かれた現状を彼らに話した。
資金不足に陥ってるため今月末には経営が立ち行かなくなること、早急に追加出資をしてもらわねば存続事態危ぶまれること、今見せた鉱石の他に鉄鉱石(鉄を含んだ石)が少なからず産出していることなどを説明し、そして最後にこんな言葉で締め括った。
「この名を知らない方は今この場にいらっしゃらないと思いますが、私の叔父は
「「「…………」」」
デュランは唐突に既に亡くなってから数ヵ月が経っている叔父の話を語り始めた。
本来ならハイルの話は今回の株式総会にまったく関係のないことなのだが、その名を耳にすると誰も口を挟もうとはせず、ただ黙ってデュランの話に耳を傾けていた。
それだけ亡くなった今でも影響力のある名前でもあり、そして次にデュランが口にするであろう言葉を待っているかのようでもあった。
「叔父が亡くなるその日、屋敷に呼ばれた私は叔父からこんな話を聞かされ、そして望みを託されました。父が所有している鉱山の奥底には……『白く輝く黄金が眠っている』のだと」
「ごくりっ。白く輝く……」
「…………黄金が眠っている……だと?」
「はい」
デュランがやけに芝居がかった言葉を溜めに溜めてから口にすると彼らは思わず息を飲み、それからデュランの言葉をただ繰り返した。
それに対してデュランは一度だけ頷き、返事をして返した。
「あのハイル・シュヴァルツが死の淵において、君にそれを話して望みを託したというのか?」
「ええ」
「それは……っ」
再度確認するように念押しされるが、デュランは動じずに頷き答えるだけだった。
誰も彼もが目を見開き、そして驚きを隠せない。
(……かかったな)
デュランはその瞬間、彼らが自分の言葉に惹きつけられ、今まさに自分の話へと魅入られようとしているのだと確信した。
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