第114話 見極める目と自己責任

「こ、鉱山で銅が取れたのかね!?」

「ま、まさかそんなこと……いや、でも……」


 今まさに帰ろうとしていた株主達は、デュランの手元にある鉱物を含む石に釘付けとなってしまう。


 彼らも決して素人ではない。その鈍く赤いものが銅なのか、はたまたただの酸化鉄を含んだ石なのかの見分けくらいは遠目でもできていた。


「ふふっ。そんなに興味がおありなら、椅子にお座りになられたらいかがでしょうか?」

「あっ……んんっ。そ、そうだな。話くらいは聞いてもいいだろう……なぁ?」

「あ? あ、ああ……ゴクリッ。そ、それに話の途中で帰るというのも……ま、まぁせっかくここまで来たのだしな」


 デュランは余裕を持った笑みを浮かべ、彼らに椅子に腰掛けるようにと手だけでエスコートする。

 銅鉱物を含む鉱石という切り札を出したデュランと、冷静を装うとしながらも動揺し早く詳しい話を聞きたいとする彼らとは、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。


(コレを出した瞬間、態度を一変させるとは……あまりにも分かり易いな。まぁでもそれでこそ、用意した意味があるというもの。あらかじめ保険をかけておいて正解だったな)


 デュランは最初からこうなることを予想して、事前にアルフへと指示を出していたのだ。


(切り札は最後の最後に出してこそ、その真価を発揮するものだ。だが、それも切る場所とタイミングを間違えてしまえば効果は半減してしまう。我ながら最高のタイミングだったな……)


 正直、デュランは最初から鉱石を出す気になれば、いつでも出すことができた。

 しかしそこにはとある理由・・・・・があったため、彼らがデュランに絶望して帰ろうとした、まさにこのタイミングでしか切り札を出す機会はなかった。


 その効果は絶大であり、五人が五人、デュランが口を開くのを今か今かと落ち着かない様子で待っている。


「んっ、んーっ」

「ごくりっ」


 そっと彼らに目を向けてみれば年端もいかない落ち着きのない子供のようにも見えてしまい、デュランはどこか可笑しくも微笑ましいとさえ思っていた。

 それは彼らがわざとらしく咳をして話の続きを促そうとしてみたり、息を呑みデュランが話してくれるのを待っている態度がよりそう思わせていたのは言うまでもなかった。


「さてっと、どこから話しましたかね? ああっ、そうそう、今現在会社にある資金残高の話でしたっけ? 実はこれが厳しくて……」

「むぅ」


 デュランがわざとらしくも彼らの目の前に置かれテーブル中央にある鉱石には一切触れず、先程の説明の続きを話し始めると皆一様に困った顔をしてしまう。

 それはそうである。彼らは経営云々の話なんかよりも、鉱山から銅がどれくらい産出したのかが気になるだけなのだから。


「……それで下手をすれば、今月末には……」

「あーっ、その、デュラン君? また話の腰を折ってすまないのだが……」

「はい? 何か質問がありましたか? ああ、もしかして資金不足になってしまった理由ですか? 面目ありませんが、これがなかなか難しいものでして……」

「ああ、いや違うのだ。そうではないのだ」

「ん? おや、違うんですか?」


 ここに至ってなお、デュランは素知らぬフリを続ける態度を取っていた。

 当然それは彼に余裕があるからこそ、できる芸当である。


「つ、つまりだね。私が言いたいのは、目の前のテーブルに置かれた鉱石についてなのだよ」

「そ、そうだ。こ、これは本当に君のところで採掘された鉱石なのかね?」


 ようやく一人が本題を口にすると、まるで堰を切ったかのように次々とデュランへ疑問をぶつけていった。


「…………」


 デュランはそれを目を瞑り腕を組み、ただ黙って聞いているだけである。


「何か言ったら……」

「ええ、それでは皆さんの疑問にお答えいたします」


 デュランは遮るように一度頷きそう答えた。

 そして再度テーブルに居る五人全員を見渡してから、意を決したかのようにこんなことを口にする。


「もしお疑いなら、お調べになってください。ここにハンマーもちゃんと用意してありますから、どうぞご自由に……さぁ♪」

「あ、ああ」


 そう言ってデュランは彼らに鉱石を調べるようにと言い、隣に居た一人に手渡した。

 そして石を割るための道具である小さなハンマーを取り出し、今度は逆に居る隣の席の男へと手渡した。


 彼の周到なところは一人にすべてを与えるのではなく、複数人に『何かをさせる』というその責任までも押し付けたところであった。


 鉱石を持った一人がハンマーでかち割り、その中身を確認してもその責任は一人のまま、他の人間はデュランとグルになっているかもしれないなどと思い込み、信用しないかもしれない。

 けれどもそれが二人以上ならば、周りに居る人間達は無条件にその行為とともに、その事実までも人は簡単に信用するもの。またそれを行った本人も、「まさか、自分が確認したのだから間違うはずがない……」と思い込む。


 デュランはそれを知っていたからこそ、わざとらしく鉱石とハンマーとを別々の人の手に渡すことにしたわけである。


 彼らも鉱山について詳しく現場で作業していないとはいえ、鉱石についてもまったくのズブの素人というわけではない。

 ハンマーで割らずとも表面に付いているものが『銅』か『否か』という判断は容易につくことができる。


 それでもデュランはこの場でハンマーを用いて鉱石を割らせるという行動を取らせる裏には、それが『本物である』という確実性を彼ら自身の手で理解させることに意味があると判断したからであったのだ。


 人は他人の言葉だけでは信用せず、自分の目と行動により判断を下すものである。

 もし後からそれが違ったものだったとしても、彼ら自身の行動と目で確認しているわけだから口が裂けても異議や文句をデュランへ口にすることはできないだろう。


 何故ならそれらを一度でも否定してしまえば、自らに真贋を見極める能力が無いのだと暗に示してしまうことになってしまうのだから。


 デュランの恐ろしいところは彼自身の雄弁はもちろんのこと、相手自らその行動を取らせることにより、それこそ二重三重に『自己責任』という逃れられないものを生み出し保険とすることであった。

 それは一歩間違えれば自らの信用を失墜させ、相手から詐欺だなんだと言われてしまう可能性も間々あるのだが、それも互いに大人である以上は契約事項や商取引において完全なる自己責任であるため、「話に乗ったほうが悪い」「自分の見る目がなかっただけ」などと周りの人間からは一蹴されるのがオチである。


 そしてそれは名のある商人や権力者、また周囲の人間から見た体裁を気にする貴族や王族達にはとても効果がある手段でもある。

 例え詐欺の被害にあったとしても人の噂を気にする彼らは自らの過ちを認めることになることは避け、決して他人に漏らすことはない。


 それこそが弱点であり、デュランやルイスのような頭の切れる者達の付け入る隙となり得るのだった。

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