第113話 定期株主総会と失望からの期待
「おや、珍しくキミも硬くなっているようだね。ま、それも無理もないことか」
「え、えぇ。なんせこれから先の未来を決めるかもしれない株主総会ですからね。それを思うと些か緊張してしてしまって……」
「ははっ。キミもようやく一人前の経営者らしい顔つきになったじゃないか。ここに初めて来た日には、恐れも知らない若者だったというのに」
デュランは翌日の朝、公証所にやって来ていた。
公証人であるルークスから冗談交じりに話かけられ、出資してくれた株主達が現れるのを待っている。
「まぁ昔は何も知らない若造でしたから……。それに今の俺には守るものがあるから失敗することもできません」
「ふふっ……そうかね」
ルークスはデュランとそんな会話しながらも、目の前に置かれている仕事書類に目を落としからズレた眼鏡を直した。
どこか微笑ましくも嬉しそうにしているルークスの顔を見ていると、デュランは謎の安心感を覚えしまう。きっと彼の人柄がそう感じさせてくれるのかもしれない。
「……お待たせ」
「待たせてしまったかね?」
「あっ……いえ、私も今来たところでした。さぁ皆さん、どうぞどうぞ」
ちょうどそこへデュランの鉱山へ出資してくれた株主達が現れ、公証所へと入ってきた。
デュランは椅子から立ち上がりると、すぐさま挨拶をして奥にある部屋へと彼らを導くように先んじてドアを開けて案内する。
本当は約束の30分ほど前には既に公証所に着いていたのだが、デュランは余計なことは口にせず、一度だけルークスの顔を見てから頷いた。
その顔は先程彼と談話していた時とは違い、覚悟を決めた一端の経営者の顔付きになっていた。
「……ふふっ。あの子がこの数ヵ月でどこまで成長できたか、ここでじっくりと聞かせてもらおうかな」
ルークスはこれから始まるであろう株主総会を隣にある受付場所兼仕事部屋で、自分の書類仕事をこなしながら静かに耳を傾けるのだった。
「さ、さて本日は株主の皆さんにお集まりいただき、ありがとうございます。さっそくですが、株式会社トルニアカンパニーの定期株主総会を開きたいと思います。まず始めに……」
デュランは五人の株主達の前で現在の資金状況と採掘の進み具合、それに労働者達への賃金などについての説明を始めた。
基本的には昨日の夜にまとめていたので、書き留めてある数値を目で追いながら説明交じりに話すだけだった。
「むぅ」
「ふぅーっ」
けれども株主達は皆一様にデュランの話には明るいニュースが一切なく、心持ち彼らの表情は決して明るいものではなかった。
それも当然のことである。利益を生み出すどころか鉱山からは何も採掘されず、僅かばかりの鉄鉱石が取れているだけである。
それも売り物にもならないような質のクズ鉄鉱石であり、また入札に参加できるだけの必要最低量にすらも届かずに、公の取引場であるセリで売ることすらもできない。
そのため人件費や油代、それに蒸気ポンプに使用されている石炭を買うだけのただの浪費にしかすぎなかったのだ。
「……になります。そして……」
「あーっ、デュラン君。話の途中で悪いんだが、結局いつになったらまともな利益が出せるようになるのかね? 我々としても、ただ無意味な説明をされるよりも、そちらをより詳しく話して欲しい。違うかね?」
「そうだな。それに最初私達に出資を求めた際に言っていたことと、随分と話が違うようだしな。この弁明はどうするのかね?」
「うむ」
一人の髭を生やした男がデュランの説明を途中で遮ってそんなことを口にし始めると、他の者達もそれに賛同する形で次々に不満を漏らしはじめる。
「そ、その……こ、鉱山はそれこそギャンブルようなものでして、いつ出るかそれは誰にも……」
「誰にも分からない。だから、それまで我々は口を挟まずにただ黙って待っていろ……君はそう言いたいのかね?」
「……ぅっ」
当たらずも遠からず、デュランは言葉を先に言われてしまったことで口篭ってしまった。
「まったく若造の口車に乗ってしまい、とんだ大損をさせられてしまったな!」
「まぁでも勉強になったと思うほかあるまい。なんせ口だけは上手かったですからな! は~っはははははっ」
「ぐっ……」
彼らはまるでデュランのことを馬鹿にするかのように、次々に彼のことを罵る言葉を本人が目の前に居るにも関わらず口にしていった。
デュランが出来ることはただ一つ。唇を噛み締め、ただ黙っているしかなかった。
実際問題として鉱山からは利益が出るどころか株主達に損をさせてしまっている手前、彼に反論する隙はなかったのだ。
「はぁーっ。彼もここまで……か。どうやらワシの勘は外れてしまったのかもしれない」
部屋の外で聞き耳を立てていたルークスまでも今日のデュランの弁の冴えなさを嘆き、自らの目が曇っていたと口にしてしまうほどである。
彼も株主達同様にデュランへと期待を寄せていた反面、その反動は大きかったのかもしれない。
どこかつまらなそうな顔付きで手に持っていた書類を机の上へ無造作に放り投げると、そのまま席を立つ。
そして後ろにある窓の外を眺めながら誰に言うでもなくこんな言葉を口にする。
「……歳はとりたくないものだな」
その顔は寂しさを含みつつも、まるで近く死期を迎える歳相応のようでもあり、そして物悲しそうにも見えた。
「さぁて~と、我々も本業の仕事へと精を出すとするか。このような子供の遊びにいつまでも付き合わされたら、堪ったものじゃない」
「時間は有限だからな。ほんと無駄にしてしまった」
「あ~あ~っ、おっとそうだ。出資した金はちゃんと返してくれたまえよ、デュラン君」
「おいおい、子供をイジメるなよ。そんなこと無理だって分かっているはずだろ? はっはっはっ」
「ははっ。違いないな」
彼らは口々に口汚い言葉と情け容赦ない言葉をデュランに背を向けたまま浴びせ、その部屋から立ち去ろうとしていた、まさにそのとき……。
ダンッッ!!
背後からとても大きな音が聞こえ、反射的にも何が起こったのかと彼らはそのまま後ろを振り返ってしまった。
「あ、あ、あ……」
「そ、それ…は? ゴクリッ」
「ふふっ」
一瞬、自分達が先程まで罵っていたデュランが怒り狂いテーブルを強く叩いただけだと思ったのだが、彼の手元……大きな音を立てたであろう“それ”を目の当たりすると彼らは思わず息を飲んでしまう。
対してデュランはどこか余裕があるのか、不敵な笑みを浮かべている。
そんな彼らの反応すらも最初から想定済みだったのか、デュランはこんな言葉を口にする。
「おやおや、どうしたんですか皆さん。お帰りになるのではなかったのですか? あ~、もしかしてコレが気になりますか?」
「あ、ああ。も、もちろんだ」
デュランの手元にあるもの、それは大きな石の塊である。
だがそれはただの石ではない。所々で光を反射して鈍く濃い赤い色を輝かせている鉱物石の塊であった。
そう……それは銅を含んでいる鉱物石だったのだ。
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