第119話 更なる窮地への誘(いざな)い

 それから数日後、デュランのトルニア鉱山は多額の資金援助を受けることで閉鎖の危機を免れ、会社としても息を吹き返していた。

 しかしながら肝心要であるはずの鉱山からは未だほとんど何も産出できず、僅かばかりの鉄を含んだ鉄鉱石が取れるくらいで悪戦苦闘をしている。


 いつ株主達についた嘘がバレてしまうのか、このままでは時間の問題かもしれない。


(銅じゃなくてもいいんだ。ましてやまやかし・・・・の白金なんてものも望まない。この際、鉱山を維持していけるだけの大量の鉄鉱石か、もしくは値が安い錫でもいいんだ。何か出さえすればそれだけで……)


 デュランは焦る気持ちを隠せずにいた。

 それは株主から詐欺師の罵られるのを恐れているからではない。


 自分のことを支えてくれるアルフやネリネ、そして傍に居て励ましてくれるリサ達が罵られ、傷つけられる姿を見たくないという気持ちの表れである。



 そうして株主総会の日から一ヵ月が経とうとしていたある日のことだった。

 デュランはリサからこんな話を聞かされ、更なる窮地へと立たされることになる。


「塩の値段がそんなにも高くなってるのか!?」

「うん……このままだとウチも料理の値上げしないとやっていけなくなっちゃうよ」


 リサは困り顔でどうしたらよいのかと、デュランに相談を持ちかけてくる。


 聞けば市場に出回っている生活に欠かすことのできない塩が、何故か毎日のように値上がりしているのだという。それも一割二割ほどの値上げ話ではなく、今では塩の価格が2倍以上となっている。そしてこの調子だと一向に値崩れする兆しもなく、むしろ値上げする一方だとリサは見解を示した。


「一体なんでいきなりそんな塩の価格が……あっ、もしかすると……」

「う、ん。お兄さんには言いづらいけどね、オッペンハイム商会が塩の専売特許を得たみたい。それもかなり強引で汚いやり方だったらしいよ」

「……ルイスの奴が原因だったのか」


 デュランは心の奥底で、「奴ならそんなことを仕出かしても不思議ではないな……」と納得してしまった。


 塩は本来、国が定めた商会または組合だけが独占的に製造・販売することを許されている。

 これは塩という調味料が庶民達にとって決して欠かすことのできない大切なものだからである。そしてそれは国自身が指定した組織のみで構成されているため民間のそれとは違い、競合他社を排除することで安定的な製造と売価を担保していたはずだった。


 だがルイスはその豊富な資金を良いことに彼らの組織ではなく、各個人に目を付け、最もらしい理由とともに金を貸し付けることで言いなりとし、自分が率いるオッペンハイム商会へ優先的に塩を卸させていたのだ。


 そして必要十分な量を自分達だけで確保すると、今度は借金を立てに取り彼らから仕事を奪い去り、その後は後腐れないよう失踪という形で、ここの街ではないどこか遠くへと追いやってしまったのだった。


 当然、それで困るのは塩の製造と販売を管轄していた国である。

 突如として職人達が全員辞めてしまい、塩の製造所はたちどころに立ち行かなくなってしまったのだ。


 塩の製造とは大きく二つに分けられ、海辺に近しい広大な土地に海水を敷き詰めらせ、天日で蒸発させて天然塩を作る塩田えんでんというやり方と、もう一つは海水を火で煮詰め蒸発させて作る煎熬採塩法せんごうさいえんほうである。


 そのどちらも塩を製造することにおいて大差ないが、やはり作り慣れている人間でなければ効率は悪いというもの。しかもそれまで作っていた職人が誰一人と居ない状態では、新たな人間を雇い入れても製造するのに時間がかかってしまう。


 また塩田は作るのに自然を力を借りるため、天気に左右されやすい。

 逆に海水を煮詰めて作るやり方は、天気にこそ左右されにくいが絶えず鍋をかき混ぜ続けなくてはならず、塩田よりも人手が多く必要になる。


「最初から計算して金を貸したんだな。でなければ、こうも易々と上手くことが運ぶわけがない」

「……だろうね。それに販売に対しても口を出したみたいだよ」

「専売……か」


 また塩を販売するということについても、ルイス率いるオッペンハイム商会は「需要と供給とが追いつかず庶民が困っている……」などと国の管轄に対して難癖をつけ、塩の販売権という権利まで得てしまったという。


 こうなってしまえばルイスの思惑通り、事前に安価で大量に仕入れていた塩を数倍の価格で市場へと流す。それにより多大な利益を得て、庶民を塩不足から救い出したという名声までをも手に入れる魂胆であろうことは明白の事実である。


「クソッ……結局、奴のやりたい放題ってわけなのかよ」


 デュランは行き場の無い憤りを自らの拳へとぶつけ、発散することしかできなかった。


 デュラン達はレストランという飲食店を営んでいる以上、塩は絶対に欠かすことのできない調味料の一つである。たとえそれが気に食わない相手であろうとも、そして通常よりも数倍もする値段だろうとも購入するほか存続する道はないのだ。


「専売の制度って、こういった不測の事態には弱いよね。それにいつもそのしわ寄せはボク達のような庶民に来ちゃうんだよね。ほんと嫌になるよ……」

「……リサ」


 リサはこれまでもこうした出来事を経験してきたのか、そうしみじみと実感が込められた風に半ば諦めているような口調。


 実際問題として塩の専売特許を国が管轄している以上、ルイスのオッペンハイム商会を除いて普通の企業がそれに口を挟むことはできない。


 競争無き非営利企業はこうした虚弱体質に見舞われ、時として不測の事態に対応することが困難になることがある。もし仮に国だけでなく民間企業も塩の製造と販売を担っていれば、こうした事態には均一な責任分散リスクヘッジを行えるというもの。


 庶民への安定供給と安価を守るため、国も保守的になっていたと言わざろう得なかった。

 そしてそれがルイス率いるオッペンハイム商会が付け入る隙となり、今まさに庶民が食い物にされようとしていたのだった。

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