第102話 幻聴

 デュラン達が賑やかな雰囲気に包まれる中、ケインは一人寝室で深い溜め息をついていた。


「はぁーっ。何で俺はこう馬鹿なことばかりをしてしまうんだ……ほんと……はぁーっ」


 今朝から数えてもう30回以上は、こうして自らの駄目さを口にしながら、溜め息をついていたのかもしれない。


「マーガレットには本当にすまないことをしてしまった。それなのに……」


 夜が明け朝になり昨日の深酒がようやく抜け出ると、ケインは自ら犯した過ちの数々で気落ちした気分同様に体調までもすこぶる悪かった。


 昨日の約束では妻であるマーガレットと共にツヴェンクルクの街へと赴きデュランに謝りに行くはずだったのだが、気分が悪いのと同時に昨日しでかした行為に対する罪悪感とともに、どのような顔をしてデュランへと謝罪すればいいのかを悩み、結局のところ彼は体調が優れないという理由で「今日は街に行くことを止める」とマーガレットに告げる。


 すると彼女は怒ることも哀れむこともなく「体調が良くなってから、また一緒に行きましょうね。だって私達は夫婦なんですもの。苦しいときこそ、共に助け合わなくちゃね」と優しい言葉を彼にかけてくれ、自ら「今日のところは私一人で行って来るわね」と言い残して、彼の代わりに一人でデュランの元へと謝罪しに出掛けて行ってくれた。


 家にただ一人残されたケインは妻に対する申し訳なさも手伝い、自分の不甲斐無さをより自覚することしか出来ずにいる。

 だだっ広い家に一人椅子に腰掛け溜め息をついているとより負の感情が心を蝕み、悪い考えしか頭に浮かばなくなってしまう。


 彼の家には元々身の回りを世話をする使用人が数人居たのだが、度重なる借金により給金が支払えなくなったため、今はいとまを出していた。

 尤もそれも『暇』とは名ばかりなものであり、ケインの家は店も土地もルイスの借金の形に取られてしまっているため、自ら金を稼ぐどころか少しずつただ食い潰してゆく未来しか残されていない。


 このままでは今住んでいる家か、父親が住んでいた屋敷を売却しなければ、遠からず日にシュヴァルツ家という名を持つ貴族は、自ら没落するの日々怯えながらに待つしか道はない。


「ルイスの借金さえなければ……」


 ケインは自らイカサマポーカーで負けたことを悔やむように呟く。


 昨日デュランが暴き、彼らのしていたことがカードのすり替えというイカサマであるということは分かったが、それでも過去に遡ることはできない。

 仮に開き直ってイカサマだと裁判所に願い出たとしても、家も父親の屋敷も既に借金の担保という形で正式に登記されているため、ルイスへの借金が無くなる事はないだろう。


 昨日のこともあってか、当分の間はルイスもそれについて言及はしてこないだろうが、元本を支払い終えない限り利息は日々増えることになる。

 だが利息すらも今は満足に支払えていないため、請求されればどちらにせよ、家か屋敷のどちらかを売却しなければならなくなる。


「もしくは店か土地、そのどちらかが残ってさえいればこんなことには……はぁーっ」


 ケインは愚痴りながら溜め息をついた。

 実際問題として店か土地どちらかが残っていれば、そこから入る収入で細々ながらも利息くらいは支払えていたかもしれない。だがそのどちらも既に手放しているので、今では利息すらも支払い不能である。


「ルイスにギャンブルの借金を背負わされた挙句、デュランにまで助けられるなんて、俺もとうとう進退窮まってしまったか。ははっ。俺の父親もこうなることが最初から分かっていたから、死ぬ間際デュランに助けを求めろって言ってくれたんだな。ほんっと、自分で自分のことが情けなくなっちまうよ」


 今彼の頭に浮かんだのは、父親が最期に残してくれた言葉だけだった。

 それが頭の中で鳴り響き、まるで耳鳴りのようにいつまでも耳の中に残る。


「がぁっ……こ、声が……」


 ケインはその声から必死に逃れようと頭を振り両手で耳を塞いでみたのだが、声は変わらず聞こえ続けていた。


「ちっ……あーっ、クソっ!」


 それはまるで父親が死ぬ間際、この世に残した自分への呪いか何かだと思わずにはいられず、堪らず握りこんだ右手でテーブルを強く叩いた。

 その衝撃でテーブル上に置かれていたグラスにに入れられたカーネーションの花が飛び跳ねてしまう。だが幸いにもグラスの中に水は入っていなかったため、転がり倒れることはなく、どうにか揺れるだけでその場に留まっていた。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」


 息を切らせ目まぐるしく白黒と映りこむ彼の瞳には、黄色の色が鮮やかな花びらをつけた花が目に入ってくる。

 それは昨日、自分が間違えて購入してきたカーネーションの花だった。


 家にたまたまちょうどよい大きさの花瓶がなかったのか、その花はコップから少しだけはみ出す形で整えられ、まるで夫婦かなにかのように寄り添うように2本だけ重なっていた。


「ぐぁっ……ま、まだ聞こえ……てくる」


 テーブル叩き大きな音を出したことで、一瞬だけでもその声から逃れることが出来た。

 けれどもすぐに部屋の中が静寂に包まれると再び父親の恨み辛みのようなくぐもった声が聞こえ、ケインはまるで現実に見る悪夢のように魘されてしまう。


「ぐっ……はっ……た、確かここに……」


 その声からもう逃れられないと分かると、彼は椅子から転がり落ちながらもベット脇にある台へと必死にすがり付く形で這い蹲りながら、ようやくそこに辿り着いた。


 そして床に倒れこみながら、必死に伸ばした左手だけで引き出しの中から目当ての物を探すと、突っ込んでいる手先に、ふと細長い筒状の冷たい金属の感触が伝わってきた。


「き、貴族たる者……自分の身くらいは……自分で守ってみせる」


 彼が捜し求め、今手にしているもの……それはなんと古びた拳銃であった。

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