第101話 大きな胸

「ふーん。で、それを見ちまったネリネが勘違いして、心配から思わずリサに言っちまったと。そしてリサも朝起きてみたら、コイツが何故かこの店に居て朝食を食べていた。だがそれも昨日だか相談して助けてもらったからって、そのお礼を言いに朝っぱらから店に押しかけてきただけ……そういう理由だったのか」


 今店に来たばかりのアルフはこのような状況に陥った原因を公平に判断すべく、一つ一つ話を聞きながら自ら確認するかのように口にしていった。


「まぁでもそんなの別にいいんじゃねぇか? ってか、そんなことでイチイチ喧嘩するなんて、お前ら、バッカじゃねーの?」

「ば、馬鹿ですって!?」

「なんで馬鹿代表のアルフなんかにボクが馬鹿にされないといけないのさっ!」


 すべての事情を聞いたアルフは、然も関心なさそうにデュラン達を取り巻いている状況ごと話を流そうとする。


「だってよぉ~、くっだらねぇことで言い争うなんて、馬鹿丸出しじゃねぇか」

「ちょ、ちょっとアナタっ! 後から来たクセに勝手なこと言わないでちょうだい!」

「アルフ!? なに好き勝手言っちゃってるのさ!」


 外野であるはずのアルフが突如として口を挟み、二人に対して茶々を入れてきたので、リサもそしてマーガレットもまた怒りの矛先をデュランから彼へと向ける。


「なぁ~に、二人して俺に怒っていやがるんだよ、ったく。大体だな、コイツの相談事でデュランは人が居る公園で話をしていただけなんだろ? 別に密室で二人っきりで会っていたわけじゃねぇんだ。それなのに会っていたからって、イチイチ目くじらなんか立ててんじゃねーよ。それにだ、そもそもコイツは別の男と結婚しやがってるんだから、デュランとは元婚約者だったことなんて今更意味ねーじゃねぇか。言っちまえば、ただの他人だよ真っ赤な他人。それを昔からの幼馴染だからって理由で、デュランは助けてやったって話なんだから、別にそれをリサがどうこうと口を出す話じゃねぇ。例えそれが裏切られた相手だったとしても、幼馴染なら助けてやる――それこそがお前らの知ってるデュランなんじゃねえか。……違ったのか?」

「うっ……それはそのぉ~、そのとおりなんだけれど……」

「ぅぅーっ……う~う~」


 アルフは怒り心頭の二人とは対照的に冷静に物事をまとめ上げ、極々一般的な正論として彼女達にぶつけていた。

 思い当たる節というか、実際彼の言うことは何も間違っておらず、またデュランがそういう性格だと彼女達自身も知っているため、一切反論できずにマーガレットは口篭ってしまい、リサもまた唸り声で押し黙ることしかできなかった。


「あのー、すみません皆さん。私が余計なところを目撃してしまい、そしてリサさんに告げ口するようなことをしてしまって……」

「べ、別にネリネが謝るようなことじゃねーよ。でもまぁどーーっしても謝りたいってんなら、俺と二人っきりでどこか静かな所へでも……あってっ!」

「アルフ……調子に乗りすぎだ」

「わ、わーってるよ。ふん!」


 ネリネが頭を下げ謝罪すると、アルフはこれ幸いとばかりに彼女の肩へ手をかけようとする。だがその寸前のところでデュランが彼の頭を軽い小突いて事なきを得る。

 さすがに庇ってもらったデュランとしてはアルフのことを強く叩くこともできず、軽く頭に触れる程度だったのだが、彼自身もそれはやりすぎだと自覚していたのか、やや大げさに痛がる素振りを見せながら後ろ手に頭を掻きながら誤魔化していた。きっとそれが彼なりの場の和ませ方だったのかもしれない。


「な~んか、今日は珍しくアルフのことが格好良く見えちゃったんだけど……それも錯覚だったね! でもまぁやっぱりアルフはそうでなきゃ。格好の良いアルフなんてアルフじゃないもんね! にゃっははははっ」

「そうね、私もかなりの嫌味を言われてしまったようだけど……考えてみればデュランから言われるならまだしも、この男から言われる筋合いなんて無きに等しいもの。感心して損をしたわ。ふふふっ」

「ぐっ……ふ、二人とも言いやがるじゃねーかよ。ったく。ははっ」


 リサとマーガレットは先程までのアルフとは違い、いつものように間抜けな彼のことをダシにするかのように笑ってしまう。アルフもまた釣られるように笑みを浮かべていた。


「ふぅーっ。え、え~っと、マーガレット……だっけ? さっきはごめんね。ボクも大人げなかったかもしれない」

「いえ、別にいいのよ。私のほうこそ朝から押しかけたりと迷惑をかけてしまったんだもの。こちらのほうこそ、ごめんなさいね」


 そして先程まで自分達が醜くもデュランのことを巡って言い争っていたのが馬鹿らしく思えたのか、仲直りするよう謝罪の言葉を口にしながら握手をする。


「ほっ。どうにかこれで……ん? ネリネ?」


 ふと互いに謝り仲直りしている二人を横目に、デュランは左横から服の裾を引っ張られているような感覚を感じ思わずそちらの方へ視線を向けると、ネリネがちょこんっと摘まんでいる姿が目に入った。


「(本当にすみませんデュラン様。私が変な誤解をしなければ……)」

「(いや、もういいって。ネリネが気に病む必要はない。それに何度も謝ってくれたんだからそれだけで十分だ)」


 デュランとネリネはリサ達に気づかれぬようにと互いに近づき、小声でそんな話をしていた。

 ネリネはまだ自分がしたことでデュラン達にいらぬ迷惑をかけてしまったのだと気にしているのか、目を潤ませながらも許しを請う。


(うっ。ネリネのような美人な娘が目を潤ませながら見上げ、可愛らしくも服の裾を引っ張ってくるなんて……。そ、それに掴まれてる腕から柔らかさと温かさが直接伝わってきて……ここここ、こんなの反則じゃないか!)


 小声で聞き取れる距離感ということは、当然二人は互いの息遣いや鼓動が聞こえても可笑しくない距離でもある。

 それにネリネはデュランへと持たれかかるように体を寄り添わせ、直接胸を彼の腕へと押し当てていたため、更には彼女の体温まで左腕から伝わっていた。


 もはや彼女のことを許す許さないどころの話ではなくなっていたデュラン。

 だが当然ながらその場には彼ら以外も居るため、バレるのは時間の問題だったのかもしれない。


「あーっ! お兄さんっ、ネリネとな~に仲の良いことしちゃってるのさっ!!」

「デュランっ!? あ、貴方ねぇ~~っ!!」

「ふ、二人の叱責は……あ、甘んじて受けようではないかっ!!」


 そんな二人のささやかな密会を彼女達に見咎められてしまったデュランは何故か開き直りとも取れる逆ギレをして、二人のお小言を受け入れるようとしていた。


「何でボクの目の前で浮気しているっていうのに、そんな堂々とした態度なの!?」

「ぐっ……仕方ないだろ。こんな風にネリネみたいな美人な娘に言い寄られたら大抵の男は逆らえないぞ! それに胸もだな……(ぼそりっ)二人よりもあるし」


 デュランはわざとらしくもまるで恋人でも抱き締めるかのようにネリネの肩へと腕を回すと、更に体を密着させていた。一応それは彼なりの言い訳を含む行為なのだが、最後の一言が余計だったかもしれない。


「む、胸っ!? お、大きな胸が何なのさ! ぼ、ボクだって慎ましいものがここに……ぅぅ。ぅーっ」

「……そう。デュランは私達よりも大きな胸を知ってしまったのね」


 リサは憤りからデュランへと言い迫ろうとするが、実際ネリネの胸を目の当たりにしてしまうと尻込み、自らの胸に手を当て唸り声を上げ羨ましそうに彼女の胸へと熱い視線を送っていた。

 対するマーガレットは何かを悟ったかのようにそう語ると、リサ同様にネリネの胸を見つめた。


「ぅぅ(照)」

「う、うむ。これもこれで……(照)」


 二人から熱い視線を胸に受けているネリネは恥ずかしいこともあって、その視線から逃れるように先程よりも更にデュランへと密着して彼の左腕をその柔らかな胸で抱き締めるのだった。

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