第100話 疑いの眼(まなこ)

 カランカラン♪

 突如として来訪者を知らせるドアベルが鳴らされる。


「あら、皆さんお食事の最中でした……か?」

「……ネリネか」


 店に入ってきたのはネリネだった。左腕には今日売る分であろう何本もの赤い薔薇が入ったカゴを持っている。

 デュラン達がテーブルに座って食事をしていると思い彼女も笑顔を浮かべたのだろうが、生憎と店内を渦巻く得も言えぬ重々しい雰囲気を察して言い淀むしかできなかった。


「デュラン様……あ、あのーこれは一体?」

「あ、ああ。いや、その……な」


 ネリネはその中心に座っているデュランへと呼びかけたが、彼はなんと説明していいのか分からず先程のネリネ同様に言葉を濁すことしか出来ずにいる。


「あっ。この方はこの間の……」

「んっ? この間? ……ネリネ?」


 心の中で思っていたことがふと口に出てしまったのか、ネリネはそんな意味深な言葉を口にしてしまった。

 当然傍に居るデュランにその声が聞こえないわけもなく、疑問に満ち溢れた顔で彼女を見ていた。


「え、ええ。その、公園でデュラン様と一緒に……」

「こ、公園ってまさかアレを見られて……あっ、んんーっ。いいや……なんでもない」


 ネリネの『公園』という言葉を耳にし、デュランは思わず自ら口にしてしまうところだった。咄嗟の判断で口元に右手を当て、咳払いをすることでどうにか誤魔化そうとする。

 だがそんな間近で二人が話しているというのに、リサもマーガレットも何の反応も示すことはなかった。


(まさかまさか、アレをネリネに見られていたっていうのかよ? いや、ただ公園のベンチで話してるところを見られたくらいだよな? ネリネ、そうなんだろ? な?)

(ぅぅっ。どうしましょう。あのお話をリサさんにしてしまったのに。でもまさかその女性がレストランに居て、今まさにリサさんと一緒に居るだなんて思いもしませんでしたわ。デュラン様、彼女とは何もなかったんですよね? ね?)


 デュランはリサに話していないかと心配そうにネリネのことを下から見つめ、ネリネもまたリサへ既に話してしまったという戸惑いと、その女性がこの場に居ることに動揺してデュランの瞳を見つめてしまう。


「ごくりっ」

「んっ」

(ネリネって、こうして見るとやっぱり美人だよなぁ~。肌もありえないくらい真っ白で綺麗だし。リサやマーガレットとは対照的に落ち着いた性格だし、なんていうかこうこっちが守ってやりたくなる……そんな感じだよな)

(見られてます。デュラン様に見られちゃってます。どうしてそんなに見つめられているのでしょうか? 真正面から見つめられるのも恥ずかしいですが、こうして下から見上げられるというのも……(照))


 デュランもネリネも別の意味で息を飲んでしまったのだが、傍目には互いに見つめ合い何やら恋人らしい雰囲気を醸し出しているようにしか見えなかったかもしれない。


「でゅ、デュラン様。その、あんまり見つめないでくださいます……か?」

「あっ? あ、ああすまない。ネリネがあまりにも綺麗だったから……つい、な」

「き、綺麗だなんて、そのようなお世辞を……」

「いや、ネリネは明らかに美人だぞ。それともなにか、俺の言ってることが信用できないか?」

「い、いえ、そんなこと!! あ、ありませ……ん。で、ですが……ぅぅっ(照)」


 ネリネは勇気を出して自分のことを見つめているデュランへと進言するのだが、彼は何故かこの場で彼女の容姿について褒める言葉を口にしていた。

 当然彼に心を寄せている彼女はその屈託のない褒め言葉に心を惑わされ、顔を赤らめながら照れてしまう。


「デュラン様……」

「……ネリネ」


 熱を帯びた彼女の瞳がデュランを見つめ、デュランもまた彼女の瞳から目を離せなくなってしまう。

 そしてまるで「俺の傍に来いよ……」と言ったように、彼は左手を伸ばして彼女を自らの胸元へ招こうとしていた。


「「んっ、んーっ!」」

「「あっ」」


 そこでようやく二人はここが自分達の店のレストランであり、尚且つリサとマーガレットが両隣の席に座っているということに気づいてしまう。


「お兄さ~ん?」

「デュラ~ン?」


 自分達のことを蔑ろにされ、現在進行形で新しい女(ネリネ)のことを口説こうとしているデュランの姿を直接間近で見てしまった二人の矛先は、当然彼へと向けられることになる。


「あうあう」


 恨み辛みが込められたような声を口にする女性二人に両隣を挟まれながら、ゆ~~っくりと顔を近づけてくる彼女達に思わずデュランはたじろぐのだったが、彼が今座っている椅子には背もたれがあるので、これ以上後ろへと逃げることが出来なかった。


「す、すまない……二人とも」


 デュランはとりあえず迫り来る二人に向けて自らの顔の前で両手を広げながら、その場に留まるようにとガードしながら謝罪の言葉を口にした。

 なんとも情けない姿ではあるが彼自身の行い、まさに身から出た錆というものなので致し方ない。


「…………なにやってんだ、お前ら?」


 いつの間にか店の中に入って来ていたアルフが、そのようにデュラン達へ声をかけた。

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