第90話 決断を下す、そのときに……

「(これから自らの人生をかけた大勝負だというのに、まさか肝心のカード札を見ないとはな。いやはや……もはや勝負を捨てたつもりか、青二才めっ。ま、尤もここまで負けてしまえば同じこと)」

「(くくくっ……これでケインのヤツはもう破滅するしか道はない。すべては私の計画どおりだな……)」


 モルガンもルイスもケインの愚考を見るや否や、ニヤつくような不敵な笑いを浮かべている。


「……ケイン様、手札を交換なさいますか?」


 そんなケインのことを見兼ねてなのか、リアンが手札を交換するかと訪ねてきた。


「ケイン様? あの……」

「…………」


 けれどもケインの耳には彼の声が届いていないのか、イエスともノーとも頷きすらもしなかった。

 だが彼の心内は今、他のことに気を取られていた。


(俺は今まで自分が思うとおりに生きてきて失敗ばかりを重ねてきた。それなら今この場で運に身を任せるのも悪いことじゃない)


 ケインはこれまで自分がしてきた行いすべてを振り返り、そして努力してきたのにまったく報われない日常にいつも反発してきた。

 父親であるハイルが任せてくれた鉱山や田畑の土地、そしてマーガレットのこと……すべてが彼の想い描いていたものとは程遠い結果になっていた。


(ちょっと……ほんのちょっとボタンの掛け間違いをしてしまったんだ。俺の人生はまさにすべてがそうだった。やればやっただけ、そして何もしなくてもすべてが上手くいかない。ふふふふっ……こんな人生に何の価値があるって言うんだ一体? それに父が残してくれた最期の言葉も……)


 ケインは徐に目を瞑ると父親が死に際、自分に残してくれた言葉を思い出していた。


 ハイルが残してくれた最期の言葉……それは「何か困ったときにはデュランを頼れ」だったのだ。

 自分の父が何故デュランのことを口にしたのか、そして自分が将来必ず困る・・・・と予想し心配してくれた父親に対して、居た堪れない感情が生まれているのを彼自身も自覚していた。


 それと同時に何もできない自分自身に対しての不甲斐無さと、死ぬ直前まで父親に心配をかけてばかりだった自分の生き方にも腹が立っていた。


(もしかしたら、俺はデュランのような生き方そのものに嫉妬していたのだろうか? そう……だよな? そうでもなければ、いくら父親に言われたからと言っても、デュランの婚約者であったマーガレットのことを強引にも奪い取ったりはしない。それにマーガレットも未だにデュランのことを……)


 ケインは自由に生き、自分のしたことをしているだけなのに、すべてが上手くいっているデュランに対して昔から嫉妬の心を抱いていた。

 それまでは憎しみこそあれ嫉妬心など無自覚だったのだが、彼が戦争から生きて帰りその顔を見た瞬間から自分がそうであるのだと嫌でも気づかされた。


 そしてマーガレットがそれまで自分に見せたことのないような笑顔を彼へと差し向けたとき、強い嫉妬と憎悪を抱かずにはいられずデュランに対しても本来とは違った行動を取ってしまった。

 もしかすると幼少の頃にマーガレットへと心を寄せてしまったのは、デュランが彼女のことを好きだったからなのかもしれない。


 今は自分の妻となったマーガレットと何を話せばいいのか、本当は戸惑い、そして恐怖していたのだ。

 自分の心が本当は彼女に向けられたものではなく、デュランへの嫉妬や生き方を羨む貧しい心であることを見抜かれるのではないか――と。


 だからケインはそんな心を見透かされないよう家には帰らず、外で過ごすようになっていたのだ。

 酒を大量に飲むようになったのも、そして娼婦を抱くようになったのも、何もかもは自分の本心を隠すための防衛手段に他ならない。


(考えれば考えるほど、自分が情けなくなる。俺はデュランへの嫉妬心から一時の優越感を自ら味わいがために、マーガレットのことを利用してしまったんだ……。ほんっと、最低だよな。なぁ……デュラン? お前だってそう思うだろ?)


 ケインは自分の欲望の思うがまま、マーガレットの人生を振り回してしまったことに後悔の念を抱いていた。

 そして自分の本心を知り呆れ返るデュランの顔を頭の中で想い描いてしまう。


「ふっふふっ……」


 ふと何故だか殺してしまいたいほど憎いはずのデュランのことを思い描き、そして彼が今の自分を見てどう思い反応を示すのかと考えたら可笑しくなってしまい、ケインは思わず笑みを浮かべてしまった。


「ん~っ? ついに気が触れたか? がっはっはっはっ」

「くくくっ。まぁそれも無理はないことだろうモルガン」


 それを見て取ったモルガンとルイスはこれ幸いとの喜びから、つい心の声と失笑が漏れ出てしまう。


「ケイン様、カードを交換なさらないのですか? それではこれで勝負を……」

「……いや、待て。俺は手持ちのカード全部・・を交換する」


 時間にすればそれはほんの数秒ほどの間だったかもしれない。けれどもケイン本人にとっては自分の愚かさを改めて自覚するのには十分な時間だった。

 そして改めてリアンが声をかけるとケインは手札を裏返しにしたまま、自らの人生をかけた一勝負を『運命』という自分以外の意思・・・・・・・が働くものへと委ねることにした。


 それは彼がこれまでの生きてきた中で初めて自分自身の考え方や行いそのものを否定するものであり、これまで19年間生きてきた人生すべてを否定するに他ならない。

 だがケインはそれでも良いと考えていたのだった。


「……5枚ともすべて交換なさるのですね? それではケイン様、交換するカードをこちらへとお渡しください」

「……ああ」

(これで……これでいいんだよなデュラン? もうこれで後戻りはできない……)


 そしてケインがリアンへとカードを差し出そうとしたまさにそのとき、カードを持っていた右手を突如横から伸ばされた誰かの手に掴まれてしまった。

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