第91話 勝利への執念

「だ、誰だ貴様はっ! 我々のゲームにいきなり割り込んできてからにっ! ぶ、無礼ではないかっっ!!」

「ふふっ。すまないな、ちょいとばかし遅れちまって。つい先程になってルイスからの招待状・・・が手元に届けられてな、それで遅刻しちまっただけだ」


 モルガンは突然乱入してきた人物に憤りを隠せず、席から勢い良く立ち上がると彼を指差しながら力のかぎり罵倒する。

 だがそんなモルガンの罵倒でさえ、彼には通用しない。むしろそれどころか、軽口を叩くほどの余裕があった。 


「お、お前が何故ここに……」

「……」


 ルイスは彼がここに居ることにとても驚き動揺していた。

 隣に居るリアンも顔を彼の方へと向け見つめるが、無言のまま何も喋らない。


「……でゅ、デュラン?」

「ああ、そうだ。俺はデュランだぞ、ケイン」


 ケインは顔を上げ自らの手首を掴んでいる人物を見て、その名を口にした。

 そこには先程まで想い描き、そして憎んでいた彼の顔が存在していた。


「ほ、本当に……お前、なのか?」

「うん? 随分とおかしな質問をするんだなケイン。俺以外の誰に見えるって言うんだよ? それとも何か、負けが込みすぎて意識でも飛んでいるのか? ああ、いやいやここにあるワインのせいか」


 ケインは信じられないといった表情でデュランを見たのだが、彼は先程と変わらず軽い口調だった。

 そしてテーブル脇に転がっていた空になったワインボトルを空いている左手で手に取ってみた。


「……なるほどな。ケインにしこたま飲ませてポーカーをさせていたのか。こりゃ~負けがこむはずだ。ポーカーに必要な冷静な判断ができやしなくなっちまう」

「な、何を言うか貴様っ! 我々は別にワインを強引に飲ませていたわけではないのだぞ! そ、そんなの言いがかりだっ!!」

「おいおい、そっちのアンタもケインに負けず劣らず、随分と可笑しなことを言うんだな。俺は別にアンタらが飲ませたなんて一言たりとも言っちゃいないんだぞ。もしかして他に何か後ろめたいことでもあんのかよ?」

「ぐぬぬぬっ」


 モルガンはつい勢い余って口を突き、デュランは何かを察したかのように鋭い視線を彼に差し向け睨んだ。

 だがそれがいけなかった。そこで黙り込んでしまうということは、何か目的を持ってケインとポーカーをしていたのだと暗に言っているようなものである。


「……ちっ」

「…………」


 ルイスはモルガンの脇の甘さに舌打ちし、隣に居るリアンは目を瞑っていた。

 今この場で何かしら余計なことを口走れば弱みとなってしまう。それを知っているからこそルイスもリアンも口を開かないのだが、モルガンだけは違ったようだ。


 彼はルイスから多額の資金で雇われた身。その目的は当然のことながら、ケインのことをポーカーゲームへと誘い込み貶めること。

 だが彼はルイスが当初思っていた以上に愚か者のようだ。こうして自ら墓穴を掘ってしまえば、勘の良いデュランが気づかないわけがない。


「ふん。まぁいいさ。どんな意図があろうとも、結末だけは変わらない。ケイン……どうだろうか、その席を俺に譲ってはくれないか?」

「(ゴクリッ)……わ、わかった。す、座れ」

「すまないな」


 デュランはケインの代わりにルイス達とポーカーをするため、相対する席を所望する。

 ケインは自分の目の前で繰り広げられていたデュラン達の雰囲気に飲み込まれ、息を飲んでから二つ返事でそれを了承して席を立つ。


「本来、ゲームの最中に席を立つことは禁止事項タブーなのだがな」

「まぁまぁそんな硬いこと言うなって。そもそもケインはカードを伏せたまま、一度も見ていないんだろ? なら、公平じゃないか? それとも何か、さっきの続きをどうしても聞いて欲しいつもりなのか? 俺は別にどっちでもいいんだぞ。お前らが何かやましいことをしでかして、ケインを貶め……」

「ぐっ……し、仕方ない。デュラン君、キミがケインの代わりを務めることを特別に許そうじゃないか」

「ルイス様っ!! それはあまりに……っっ」

「どうか落ち着いてください、モルガン様。そのままですと、ワイングラスを倒して服のを汚してしまいますよ」

「わ、わかった……すまなかった」


 ルイスは渋々ながらケインの代わりにデュランが席に座るのを特別認めたのだが、彼のことを知らず初対面のモルガンは何故認めたのかと食って掛かろうとした。

 だがルイスの脇で控えていたリアンがモルガンの顔前へと手を差し出しその勢いを殺ぐと、彼は自らの腹が原因で倒れようとするワイングラスに手をかけ、納得したように席へと座り直してしまう。


「ふん。何やらきな臭いことになってやがんな。ケイン、なんでこんな連中とポーカーなんて遊びを?」

「……成り行きだ」

「成り行き……ね。そうか……」


 デュランはそれ以上、ケインに問い質すことはなかった。


「……で、だ。今の賭け金はどうなっていやがるんだ? 土地か店か? それとも家か?」


 デュランは仕切り直すよう、今現在彼らが賭けているベットについて質問をする。

 だが返ってきた答えはそれをも上回る言葉だった。


「がっははははっ。そんなもの、とっくの昔に私が頂いておるわ!」

「むっ! ……じゃあ今の賭け金はなんだ?」

「今はケインの妻を賭け金にしているところだよ、デュラン君」

「妻だと? ケイン、これは一体どういうことなんだ?」


 ルイスはこれ以上モルガンに余計なことを喋らせないよう、代わりに賭け金についてそう述べた。

 その言葉を聞き、デュランは思わず後ろで椅子に手をかけているケインの顔を見てしまう。


 彼の妻……それはデュランもよく知るマーガレットに他ならない。


「す、すまないデュラン」

「……お前に言いたことは山ほどあるし、正直この場でなけりゃぶん殴ってるところだが……まぁいいさ」

「えっ!? い、いいって……デュラン?」


 ケインはマーガレットのことを賭け金にしてしまい、その気まずさから逃れるため顔を背けてしまうのだが、デュランの口から信じられない言葉が発せられ、ケインは思わず耳を疑いデュランの顔を見てしまう。


 元とはいえ、婚約者だったマーガレットのことをケインはポーカーの賭け金にしていたのだ。デュランが烈火の如く怒りだし、すぐにでも殴りかかってきてもおかしくないはずである。


 それなのにデュランは飄々ひょうひょうとした軽い口調でこんなことを口にする。


「勝てばいいんだ、勝てば。何事においても……な」


 デュランは自信満々にそうケインに向けて言ってのけた。

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