第85話 運命の交差と皮肉

「デュラン、さっきから何を考えてんだよ? 考えながら歩いてると人にぶつかっちまうぞ」

「ん? ああ、すまない。少し考えごとをしていてな……つい」


 デュランはアルフに注意され、そこで自分が今街の中を歩き鉱山へ向かっていたことを思い出した。


「つい、ってお前なぁ。ほんと気をつけねぇと危ねぇぞ……って、おいデュラン。あの前から来るのは、確か……」

「ん? あれは……」


 アルフが突然デュランの服の裾を引っ張り、前方を指差しながら慌てていた。

 デュランもそれに釣られる形で前へと顔を向けると、そこには見知った格好の女性が歩いているのが目に入ってきた。


「……マーガレット」

「デュラン……」


 それはデュランの元婚約者にして、ケインと結婚したマーガレットだった。


「だが彼女がどうしてツヴェンクルクの街に居るのだろうか?」そのように考えるよりも先に、デュランは彼女に直接聞いてみることにした。


「こんなところで偶然だな……買い物か何かで街までやって来たのか?」

「……いいえ、これから貴方のレストランに向かう途中だったの。実はその……あ、貴方に頼みごとがあって街まで来たところなのよ」

「俺に頼みごと?」


 デュランは偶然街中で出会ったものとばかり思ったのだが、マーガレットはデュランに会いに街へとやって来たとのこと。

 それもわざわざレストランに向かう途中だったのだから、何かしら重大な頼みごとなのかもしれないとデュランは確信していた。


「ダメ……かしら? 話すらも聞いてもらえない?」

「別に俺は……話くらいなら……」

「あーっ、駄目駄目。駄目だっ! 俺達はこれから鉱山に向かって仕事があるんだよ。だからお前の話なんかぜーんぜん、聞きたくもないねっ!」

「あ、アルフっ!? お前、何を急に勝手なことを……」


 デュランは何があったのかとマーガレットに話を聞こうとするのだったが、隣に居たアルフが横槍を入れる。

 もっとも彼もマーガレットとは面識があり、デュランのことを裏切りケインと結婚したことに対して腹を立てていたのだ。


「そう……そうよね……貴方には償い切れないほどの仕打ちをしてしまったものね」

「……いや、いいんだ。それで、一体何があったんだマーガレット? お前がわざわざ俺を訪ねに来るくらいだからよっぽどのことなんだろう?」

「デュランっ! 話なんか聞く必要ねぇって!!」

「……アルフ、すまないが先に行っててくれないか? 鉱員にはいつもどおりの指示でいいからさ」

「ったく……あ~あ~分かったよ! ほんっとデュランはお人好しなんだからなぁ~」


 デュランは今にも泣き出してしまいそうなマーガレットの顔を見て放っておけなくなり、とりあえず話だけでも聞こうとそうアルフに断りを入れて先に鉱山へ向かい仕事をしているようにと頼んだ。

 アルフはアルフでマーガレットがデュランした仕打ちと自分が困ったら助けを求めに来る傲慢な態度に納得できず、まるでふて腐れたように文句を口にしながら一人歩いて行った。


「……本当にいいの?」

「ああ、気にするな。アルフは口は悪いが、根は良いやつなんだ。お前が気にすることはない。だからそんな顔を……っと、すまない。つい昔の癖で頭を撫でてしまうところだったな」


 デュランは未だ悲しそうな顔をしているマーガレットのことを慰めようと、つい反射的に彼女の髪へと右手を差し伸べ頭を撫でようとしてしまう。


(本当なら彼女のことを抱きしめ、頭を撫でて慰めてやりたかったが……今はもう……それすらもできないんだよな)


 だが寸前のところで思い留まり差し出している右手は所在なさげに宙を彷徨い、軽く握り締めてから引っ込める。


「ありがとうデュラン。昔と何も変わらず優しいのね。そんな貴方だからこそ、私は心を寄せ……いえ、なんでもないわ。そんなことを今更口にしても、お互いもう昔のような関係には戻れないものね」

「……そうだな。俺達は一体どこで道を間違えちまったのかな。たぶんちょっとしたすれ違いが原因なんだろうけど……。ははっ。何か皮肉なもんだよな」

「そうね……皮肉よね。皮肉にして残酷……ふふっ。まるで私達、何かの劇に出てくるヒロインと主人公のような運命よね……ほんと……」


 マーガレットは卑屈で自虐的とも思える口ぶりのまま、どこか昔を懐かしむように空を見上げている。デュランも彼女と同じく顔を上げ、街の建物から覗く青空を眺めてしまう。

 マーガレットもデュランも自分達が恋人だった頃を懐かしみ、思い返していたのかもしれない。


(もし俺が戦争に赴かなかったら、今頃はマーガレットと結婚して……)

(もしデュランが戦争に行かなかったら、本当ならデュランと結婚していて……)


 そして互いに熱い視線を交差させて自分達が幸せになれるはずだった、本来あるべき未来の姿を想像してしまう。


(……幸せになっていたかもしれないな)

(……幸せになれていたかもしれないわね)


 ……だが、互いにそれ・・を口にすることはなかった。

 いや、正しくは口にできなかった。


(けれども、今の俺には……)

(だけど、今の私には……)


 マーガレットにはケインが、そしてデュランにはリサが傍に居るのだ。

 口にしたくとも互いに歩むべき道は既に別の人物達と交差し、二人の運命は決して交わることがない。


 それこそ何かが起きなければ、あるいは自らその何かを起こさねば……。

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