第86話 マーガレットの相談事

「それでマーガレット。俺に話があるってのは一体なんだよ?」

「えっ? ええ、その……貴方に酷い仕打ちをしたのにこんな相談しづらいのだけど……」


 ふと先に我に返り現実を思い出したデュランは、そうマーガレットに訪ねてきた目的を質問する。

 だが互いに先程まで熱い視線を交わしていた熱が未だ冷めきっていないため、少しだけ頬を上気させながらどたどしい口調になっていた。


「別に変に遠慮することはない。どうせケインのことで相談しにやって来たんだろ?」

「っ!? デュ、デュラン。あ、貴方……知っていたの?」

「……いや、正確には何も知らないな」


 デュランのその言葉に嘘はなかった。

 それなのに自分が訪ねてきた目的をいとも容易く言い当てられてしまったと、マーガレットは動揺を隠し切れない。


「で、でもそれなら、何故……」

「ああでも・・、だ。お前がこうしてわざわざ顔を見せてるってことは、それ相応の困りごとだってくらいはすぐに察することが出来る。簡単な問題なら自分だけで解決するはずだろうし、ルインに使いを頼んでもいいはずだ。それなのに直接街までやって来て俺の元を訪ねてきた。それならケインのことくらいしかないだろう……違うか?」

「あっ……た、確かにそうよね。今思えば、貴方の言うとおりだわね。私ったら、貴方に自分の心の内を見透かされているのかと勘違いしてしまっていたわ」


 実際マーガレットの実家である旧ツヴェルスタ家は名家である。家名を引き継ぐべき子供が元来女性しか生まれない家系のため、そこらの貴族に負けないほどやり手なのだ。そこの長女である彼女ならば、並大抵の問題ならば自分一人で解決できないことはないはずである。


 それなのに元婚約者であるデュランの元を訪ね、助けを求めるということは自分の手に負えない物事……つまり自分より表面上・・・立場が上である夫ケインのことしかないとデュランは容易に導くことができたのだった。


(……逆を言えば、今のマーガレットにはそんな簡単なことすらも考えられないほど追い詰められているとも取れるな)


 冷静に考えれば思いつくことなのだが、マーガレットはデュランにそう言われて初めてそれに気づいた様子である。

 それは彼女自身に余計なことを考える余裕が無いことを表しており、心身ともに疲れ果てているのかもしれない。


「……とりあえず、どこか落ち着けるところで話の続きをしないか? こんな人々が多く行き交う道の真ん中でするような話でもないだろうし」

「ええ、そうね。貴方に任せるわ」


 デュランはマーガレットの詳しい話を聞くため、人が少ない静かなところへと彼女を誘った。


(人に聞かれる恐れがある酒場やコーヒーショップ店の類じゃ駄目だな。……かと言って、ウチのレストランにはリサもネリネもいるだろうから余計に無理だ)


 酒場やコーヒーショップを訪れる客達は、ただ酒やコーヒーを飲みに来るだけが目的ではない。


 他人が話をしているのを聞き耳立てながら、何かしら有益な情報を得るのを目的としている者も少なくなかった。だから知らず知らずのうちにデュラン達の話を聞かれてしまう恐れもあり、そうかと言ってさすがに元婚約者で今は婚約破棄されてしまったマーガレットのことをデュランもリサに紹介するわけにはいかない。

 

 それに店へと連れ帰れば当然ながら隣に居るマーガレットの理由を訪ねられるだろうし、それについてどう説明すればいいのかデュランでさえも妙案を思いつかなかった。


 デュランが考えた挙句、行き着いた先は街の中心にある大きな噴水が目立つ公園だった。


「少し人の声が気になるが、ここでもいいか?」

「ええ、大丈夫よ。それに子供達や噴水の音で誰も私達の会話なんて気にも留めないでしょうからね。むしろかえって好都合かもしれないわね」


 まだ日が高いため、幼い子供を連れた母親同士が椅子に座り楽しそうに話をしたり子供が遊んでいる。

 だが幸い誰一人とデュラン達を気にする様子はない。それどころか、年頃の若い恋人がデートでもしていると思われているかもしれない。


(ぅぅっ。こ、これはかえってマズイ状況なんじゃないか? もしこんな傍から見たらいかにもデートをしている風な俺達の姿をリサやネリネにでも見られてしまったら、どう言い訳をすればいいのか皆目検討もつかないぞ)


 デュランは今の自分達が見つからないことを願いつつも、得も言えぬ後ろめたさに苛まれていた。


「それでね、デュラン。実はケインのことなんだけど……」


 そんなデュランの心境を知ってか知らずか、マーガレットは相談事を話し始めた。


 聞けばケインはマーガレットと結婚してからというものそれまで優しかった態度とは一変して、まるで彼女から興味が失せたような態度を取るようになり、家も空けがちになっているのだという。

 そんなケインの態度に不信を覚えたマーガレットは家の使用人に命じて彼の後を付けさせると、彼は上流階級の貴族達が集まる社交場パーティーに度々一人で出席しているらしい。そこでは賭け事や酒、それに上流階級の人間達の資産目当てで参加している娼婦達にとても入れ込んでいるとの情報がマーガレットの元へと届けられた。


「男性なのだから仕方ない……」そう思う反面、時折マーガレットの私物が無くなっていることに自分でも気づいてしまったとのこと。それは私物だけに留まらず銀行に預けているお金や株式など、ありとあらゆる物が彼女の知らないうちに消えていたらしい。


 それでもマーガレットはケインに直接面と向かって問い質すことはできなかった。

 真実を知るのが怖く、また彼の本音を聞くのが怖くなり、ただ黙って日々を過ごすことしか彼女にはできなかった。


 更にそこから詳しく調べてみると、どうにもケインは賭け事が弱いのかルイスをはじめとする貴族達から良いようにカモにされ、その負けた腹いせから酒に溺れてしまい、同時に家族や友人からも「俺は誰にも相手にされない厄介者なんだ」などと勝手に思い込み、その心の隙を埋めるかのように毎晩の如く娼婦達へと多額の資金を投じているとのこと。


 当然のことながらその湯水の如く散財してしまった資金の大本は家にある財産であり、最近では更にその資金繰りが悪くなっているため、自ら所有している店や郊外にある田畑などの土地を担保としてルイスから多額の借金しているということが分かった。


 そしてちょうど間の悪いことに彼の父親であるハイルという上から抑止できる存在が最近亡くなってしまったため、もはやケインを止める存在は妻であるマーガレットしかいないのだが、何故か彼女の言うことを一切聞こうとしない。


 そして数日前のある日、事件は起こるべくして起こってしまった。


 ケインはルイスの知り合いだというモルガンとの賭け事で大負けしてしまい多額の借金を背負ってしまったため、今残されている唯一の資産である住んでいる家(元はデュランの実家)やハイルの屋敷でさえも月々の支払いが滞ってしまえば、即日のうちにルイスから破産宣告をされてしまい、その家々は借金のかたとして裁判所を通し合法的に差し押さえられ、最後には競売にかけられて他人の手に渡ってしまうとのこと。


 もはやケインが作った多額の借金により進退窮まってしまい、彼らの家は没落寸前らしい。マーガレットはそんなケインの扱いに困り果て、苦渋の決断でデュランに相談しにやって来た――そういうわけだった。

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