第76話 最期の頼みごと

「それがワシの罪であり、死を迎えようとしている死人の唯一の心残りなのだ。他にはなにもいらぬ。ワシがこの世を去った後、ケインがまともに生きてくれさえすれば、ただそれだけでいいのだ……。だからデュランよ、ケインのことを頼めぬか?」

「…………」


 さすがにこの場でハイルからケインについて頼まれてしまうとは、デュランでさえも思いもしなかったので、なんと返答していいのか迷っていた。


 それもそのはず病気の父親を惨めな死へと追い込み、残された財産を奪い取り、そして大切にしていた婚約者までも奪われてしまったのだ。

 

(それなのに今度は自分の息子を託したいだと?)


 どれだけ我がままで自分本位なのかと、デュランは心底呆れてしまう。


 けれどもその気持ちとは反対に、ハイルもケインもどこか哀れな人間なのだと思ってしまう自分がいた。ましてや死ぬ間際の老人のただ一つの願い……それを心優しいデュランが無下にできるわけがなかったのだ。


(それに……)


 それにケインと結婚したマーガレットのこともあった。


 ケインが不幸になるということは、当然ながらその妻であるマーガレットも不幸になるということだ。


 デュランは婚約者として裏切られはしたのだが、マーガレットのことを恨む気持ちは持ち合わせてはいなかった。むしろそれどころか一時は心を通わせていた相手なのだから……と、心の底から幸せになって欲しいとさえ思っていた。それは元婚約者であり、元恋人であり、今も・・想い人である彼女に対するデュランの素直な気持ちに他ならない。


「うおっごほっごほっ」

「ハイル様っ!? 血が……私、お、お医者様を呼んできますわねっ!!」

「ルイン! それなら俺が……っ」

「ま……待てっ……デュラン……行く…な」


 突如ハイルが苦しそうに胸を押さえながら咳き込むと口から大量の血を吐き出してしまい、それを見たルインが慌てた様子で医者を呼びに部屋の外へと出て行ってしまう。デュランは一瞬自分が代わりに呼びに行こうとしたのだが、ハイルに力強くも両手を握られていたため動くに動けない。


 それは最期の最期まで自分の傍に居ろとのハイルの気持ちなのか、それとも未だケインを託したことへの答えを口していないため、ここから逃がさないということなのかもしれない。


「もう……ワシには時間が残されてはいない……ようだ」

「…………」

「答えは口にせずともよい。お前のことだ、マーガレットが絡めば嫌でもケインのことを助けるだろう。……違うか?」

「正直、ケインのことは助けたくない。だが、マーガレットが困っていれば俺は助ける。ただそれだけだ。……これでいいか?」

「ふぁ~っふぁっはははははっ。そうだ、それでいい。それでこそシュヴァルツ家の男。この地方の貴族達を束ねる貴族のあるべき姿だっ!」


 デュランは言葉ではケインを助けないと明言する一方で、その妻であるマーガレットが困っていれば助けると口にする。それを聞いたハイルは満足そうに豪快に笑った。それは不確かなイエスではあるが、デュランはハイルが満足する答えを約束したことに他ならない。


「……もっと近くに来てはくれぬか?」

「わかった」


 ハイルは誰にも聞かれぬようにと小声で、自分の口元へ耳を貸すようにデュランを手招きする。

 たぶん人に聞かれては不味い話なのだと思い、デュランはそれに従い耳を傾けてみたのだったが、ハイルが口にした話はとてもじゃないが到底信じられる話ではなかった……。


 

 ハイルの話が終わるとほぼ同時に医者を連れて来たルインが部屋の中に入ってくると、医者から大至急彼の元へ家族が集まるようにと言われてしまう。当然のことながらそれはハイルの死を意味し、もうすぐ彼が天に召されることを示唆していた。


 部外者・・・であるデュランは部屋を出てダイニングを通り帰ろうとしたときのことである。急ぎハイルの元へ駆けつけようとするケインとマーガレットとすれ違った。


 ケインは「何故、お前がここに?」というような訝しげな表情を浮かべ走り去り、マーガレットもまた「アナタがどうして?」との驚きと困惑した表情のまま、何も口にせず顔を伏せるとデュランの脇を通り過ぎる。


 そしてデュランが屋敷を出ようとしたそのとき、今来たばかりの奥の部屋から悲しみの声が聞こえてきたのだが、彼は決して振り返ることはなかった。


(まさかあんな話を俺に聞かせるとはな……。もしさっき聞かされた話、それが全部が全部本当のことだとしたら、ケインのヤツは一体どうなっちまうんだよ……)


 デュランの頭の中はハイルが先ほど口にした話を考えるだけいっぱいになっていたのだ。


 それから数日のうちにハイルの葬儀が町にある小さな教会で執り行われた。参列者のいない家族のみで執り行われ、とても質素だったという。デュランも同じシュヴァルツ家であり、親戚の叔父の葬儀なのでもちろんそれに参加する気ではあったが、ケインに拒まれてしまい参加することはできなかった。


 そしてハイルが最期にデュランに話したのは、以下の三つのことだった。


 一つは彼の父親フォルトが最期に残した言葉、もう一つはケインについて、そして最後の一つそれは……


「あの鉱山には白く輝く黄金が眠っている……か」


 デュランが持っているあの廃鉱山についてだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る