第75話 人として、親としての懺悔

 厚みのある玄関を通ると屋敷の中は、まず広々とした玄関ホールが顔を覗かせ、その正面には二階へと上がる階段があり、左手には来客を接待するダイニングがある。デュランは前を行くルインの後を追った。


 入ってすぐ目の前に入るのは10メートルほどの横長テーブルで、主に家族が日常的な食事をするときに使われているのである。またパーティーなどを催す際には、テーブルを外して奥の部屋へと続く仕切りなどを外して使われてもいる。


 そこでふと左手にある大きな窓へと目を向けてみれば防犯のためなのか、鉄の格子が張り巡らされていた。一応外にある花壇の花と内側に置かれているアンティークの壷などでそれは隠されてはいるが、一見しただけでも物々しいと感じるほどだった。


 そしてダイニングの奥の部屋には立派な作業テーブルが置かれた書斎があり、右手には調理場から直接料理を運べるようにもなっている。


「こちらですわ」


 ルインにそう促されるまま、デュランは書斎を通ってハイルが待つ寝室へと導かれる。

 屋敷の主が寝室から書斎へと直行できるようにとの配慮から、こうした作りとなっているのかもしれない。


「ハイル様、ルインです。お兄様をお連れしましたわ」

「…………」


 コンコン♪ 

 ルインが部屋へ入る前の礼儀としてノックをして呼びかけるが、中から返事はなかった。


「失礼しますわね。……お兄様よろしいですわね?」

「あ、ああ。俺のほうはいいぞ」


 デュランはハイルの寝室に入る前に一応身支度を整えてから、中へと入る。


 中は意外と広くはなく正面には窓があり、本棚や小さな暖炉が備わっている。

 そして部屋の中でも一際場所を占めているのが、ハイルが眠っているベットだった。


「…………」


 眠っているのか、ルインとデュランが部屋に入ってきたというのにハイルは目を閉じたままだった。


 一瞬、デュランはハイルが死んでいるのではないかと思ってしまったが、少しだけ胸が上下しているのを見てまだ死んではいないと判断した。


「ハイル様。あの……」

「……苦労」

「あ、はいですわ」


 ルインが声をかけるとやや遅れて返事があった。どうやらハイルは寝ているのではなく、ただ目を瞑っているだけのようだ。


「デュラン……お前なのか?」

「ああ、そうだ」


 だがハイルは窓から差し込む光のほうを見ながら、デュランへと話しかけている。

 もしかすると衰弱しているから既に目が見えないのか、それとも記憶が混濁しているのか、ハイルの傍で固唾を飲んでいるルインとデュランでさえも定かではない。


「お前、身分の低い下女を側女そばめとして置いているらしいな」

「……それがなんだってんだ? アンタに関係あるってのかよ?」

「が~っはっはっはっは~っ! 聞いていたかルインよ。コヤツ、今認めおったぞ。寄りにもよって小間使いをしているような下女を選びおったそうだっ。まぁ没落した者にはお似合いであるな。がっはははははっ」

「…………」


 デュランに心を寄せているルインとしては、その笑いに同調することはできずに無表情ともいえる顔でハイルのことを見つめていた。


「話ってのはそれだけなのか? ……俺は帰らせてもらうぞ」


 リサのことを馬鹿にはされたが、もう老い先短い老人の妄言であるとデュランは怒りすらもこみ上げず、くだらない話でここまで来る時間を無駄にしたと部屋を後にしようとする。


「……ワシの近くに寄れ」

「…………」

「早くっ!」


 唐突にも笑うのを止めたハイルは、重々しい口調で自分の元へ来るようにとデュランに指示を出す。

 死期が近い老人とはいえ、その言葉には貫禄があり、それと同時にどこか悲痛な叫びのように感じてしまう。


「……ワシの手を握れ」

「…………」


 デュランはハイルの左横のベットへと腰掛け座ると手を握るように言われ、ただ黙って彼の手を握ってみることにした。


「ぐっ」

「……ふふっ。どうだ? ベットで死に掛けとは思えない……そう思ったのではないか?」


 突如として、ハイルがデュランの右手を握りこんでいる左手に力を込めた。

 デュランはいきなりのことと、彼が言ったとおり死ぬ間際の人間とは思えないほどの力に驚きを隠せなかった。


「……力自慢するために、俺のこと呼んだわけじゃないんだろ?」

「……ふん。相も変わらず食えぬ男だ……まるで父親のようだな」


 デュランは別の思惑があるのだと思い語りかけてみると図星なのか、ハイルは面白くなさそうな顔になっていた。

 

「今日お前に来てもらったのには理由がある。ケインのことなのだ……」

「…………」


 ハイルがその名を口にする前から、デュランにはそうであるとの確信を持っていた。


 ハイルが自分の一人息子であるケインの将来を懸念していたことを知っていたし、ここに至るまでの道中の様子を鑑みるに十中八九それしかないのだとも思っていた。

 だがそれを何故自分に……憎き兄の息子であるはずのデュラン・シュヴァルツへと話をしているのか、そこだけは当の本人デュランでさえも理解できなかった。


「ケインは……アレはワシが甘やかしたせいでああなってしまったのだ。何不自由なく育て、欲しがるものはすべて与えてしまい、いつしかケインは自分が思い願いさえすれば・・・・・・・・・、そのすべてが叶うのだと思い込むようになっていた。それはワシのせいであり、育て方を誤った……それだけは認める」


 ハイルは今のケインを作り上げてしまったのは自分のせいであると、語りだしていた。


 それは誰かに聞いて欲しいとの懺悔の気持ちなのか、それとも贖罪を受け入れ死を全うしようとしている『人としての本来の姿』にも見えてしまい、デュランもルインもハイルが語るのを途中で邪魔をすることはなかった。

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