第77話 貴族としての本質

 白く輝く黄金……それは鉱山を持つ者なら誰しも知る鉱物の別名である。


「……もし言葉どおり受け取るなら、それは白金はっきんしかないだろうな」


 白金とはプラチナ鉱物を指す言葉であり、金の種類には黄金色だけではなくその色によって呼び名が違っている。ホワイトゴールド、イエローゴールド、ピンクゴールド……などなど、その色によって様々な呼び名が付けられており、その中でも白金はとても貴重品の部類で価値が高い鉱物資源の一つだった。


 もし仮に廃鉱山に埋まっている鉱物が石炭ならば『黒いダイヤモンド』と呼ぶはずであろうし、鉛や錫の類ならばその色は薄く鈍い鼠色なので光を反射せずに輝くことはない。

 別の可能性としては銀鉱物とも考えられるが鉛や錫同様、鈍い鼠色に輝くので白く輝くなどと呼ぶはずがなかった。


 だからハイルが口にした『白く輝く黄金』とは、白金を指す言葉にほぼ間違いないのだとデュランは確信していたのだ。


「よし! これであの鉱山を復活させられるかもしれないぞっ!!」


 実際問題として白金があるというのはハイルの話だけであり、近くにあった閉鎖されたウィーレス鉱山では銅が産出していたことをデュランは知っていた。

 もちろんハイルの話、そのすべてを鵜呑みにすることはとても危険であるが、それでもデュランとしては元々あの鉱山を再開させる腹積もりでいたのだ。


 だが噂話程度とはいえ、これで出資者を募ることができるかもしれない。


 鉱山に多額の資金を出すということは、この時代では分の悪い賭け事遊びポーカーをするのと同義である。いや、むしろ相手あってこその賭け事遊びポーカーならば確率論と駆け引きのみなので、鉱山に賭けるよりかは断然勝率が良いはずである。ほぼ負けることが前提条件の鉱山とはいえ、勝ちさえすれば一瞬にして莫大な富を得られることになる。


 デュランは小さいとはいえレストランを経営しているため、堅実すぎるほど堅実な道を歩むこともできるはずであるが、そこはそれ……貴族としての血筋が彼を駆り立てるのかもしれない。


 貴族というの昔からは他人との勝負ごとに対して異常なまでの闘争心を見せ、そして勝ち続けるからこそ勝者と呼ばれている。だから一度負けでもすればその家族どころか一族そのすべてが没落してしまう、ある意味で生き方そのものが賭け事に他ならない。


【強者は強者たりて、敗者は敗者たる】

 それこそが貴族が貴族たる由縁にして、貴族としてあるべき本来の姿なのだ。


「まずはこんな賭け事に出資してくれる人を探さなければいけないが、こんな夢物語に対して大金を出す人がいるだろうか……」


 街にある高利貸しから金を借りることもできるが、それにはまずその貸し金に見合うだけの担保が必要になる。家や鉱山、それにレストランなどの店が担保資産として挙げられるが、デュランが所有している廃鉱山とレストランではその価値は多寡が知れている。


「これは困ったな。鉱山を再開させるだけの資金がなければ、そもそも話にならないぞ。いや、待てよ……」


 そこでデュランは以前、公証人の元を訪れた際に言われたことを思い出した。


「そうか……公証人ならば、この手の話はお手の物だなはずだ。それに資産管理はもちろん、経営アドバイスなんかもしていたはずだ」


 公証人は公的書類を扱うのはもちろんのこと、鉱山や店を開くための許可申請や経営資金に対する調達の方法なども教えてくれる。そのことを思い出したデュランは帰るついでにと公証人の元を訪れようと考え、メリスに乗りつけると街へと急いだ。



「ふぅーっと、ようやく着いたな。ここまで急いで来たおかげか、まだ公証所が閉まるまでにはある程度の時間の余裕があるな」


 ルインが呼びに来たのは午前中のことだったが、既にお昼も回り日が傾き始めている。


 当然のことながら公証人は警官や裁判官同様に公の職であるため、夕方にはその業務を終えてしまう。これもまた企業や個人とは違い、利益を追求しなからこその職業である。


「よしっ!」


 デュランは息を整えると、公証所のドアを叩き中へと入って行く。


「……あーすまないのだが、その……誰かいないか?」


 以前ここを訪れたときのように中は暗く、誰も居る気配がなかった。


「誰だい? もう閉まる時間なのに訪ねてきたのは……」


 だが奥のほうから人の気配がするとドアが開き、中から男性が顔を見せた。


「うん? 君は確か、デュラン・シュヴァルツだったかね?」

「はい、そうです」

「おおっ! やっぱり君だったか。久しぶりだねぇ~。え~っと、確か前に会ったのは半年……いや、1年ぶりになるかね? さぁ立ち話もなんだから、入りたまえ」


 公証人である年配の男性はデュランを目にすると、どこか懐かしむように目を細め中へ入るようエスコートしてくれる。そして以前と同じく、椅子へ腰掛けるようにデュランを誘導してから自分は作業机がある前へと腰を下ろした。


「そうですね。前にここを訪れたのは大体十ヵ月前……もしかすると十一ヵ月ほど前のことになるかもしれませんね」

「もうそんなになるんだなぁ。いやぁ~、ほんと月日が経つのは早いもんだね。して、本当に懐かしいのだが、今日は世間話をしに来たわけじゃないんだろ? 一体どんな用件でここに来たのかね?」


 さすがに公証人だけのことはあるのか、デュランが遊びに来たのではないと察すると、すぐに本題に入るよう話を振ってくる。もしくはもうすぐここが閉まる時間なので、早く仕事を切り上げたいからかもしれない。


 男性の機嫌を損ねぬようにと、デュランはまわりくどい世間話を省いて簡単にここへ来た目的を説明することにした。


「実はですね、俺が……いや、私が以前父親から遺産相続した廃鉱山を再開させたくここへやって来ました!」


 デュランは目上を前にしているので普段の言葉遣いとは違い、あくまでも丁寧な言葉でそう彼へ言い放った。

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