第2話 夏休み前の事故

 学校が夏休みに入ろうかという、うだるような暑さとだらけた空気を引き裂くように、急ブレーキのタイヤが激しく軋む音とトラック独特のフォーンのようなクラクションの音が真中高校正門前にある片側一車線の県道に響き渡った。

 その音にかぶさるように帰宅を始めていた女子生徒たちの悲鳴が上がり、その生徒たちの視線の先には横断歩道を道路向こうから高校の方へ渡っていた小学生と思しき女の子が、信号を無視したトラックの直前で身動きできずに立ちすくんでいたのだ。


 おそらくその場にいた誰もが最悪の事態を想像したであろうと思われたそのときのことだ。真中高校の制服を着たひとりの男子生徒が勇敢にも歩道から女の子へ向かって走り出すと、その女の子を抱きかかえながら反対車線の方へ飛び込んでいったのだ。

 二人を避けようとしたトラックは、道路脇にある信号機の柱をかすめるように歩道へ突っ込み、歩道の段差にはじかれるように道路上に横転し、放課後の生徒たちであふれ返る真中高校の正門前は生徒たちの悲鳴が飛び交い騒然となった。

 そしてトラックが通り過ぎた横断歩道の真ん中では女の子と彼女を抱き抱えた男子高校生が倒れ込んでいて、二人ともピクリとも動かないのだった。


「救急車!」

「警察!」

「先生を呼んできて!」


 怒号にも似たさまざまな声が高校の正門前に飛び交う中、その場にいた生徒たちがいっせいに携帯電話でどこかへ電話していた。あとでわかったことだが、そのとき消防と警察へ緊急を告げる電話が同時に何十本もかかってきて、対応したオペレーターもその緊急電話をさばくのに大変だったということだ。


 横転したトラックの車輪がカラカラと虚しく空回りするなか、真中高校のセーラー服を着たひとりの女子生徒が、

「ちーちゃん!」

と泣き声にも似た叫び声を上げながら、横断歩道の上で倒れこんでいるふたりへ駆け寄っていった。さらにその後ろを追いかけるように、体のやけに大きな、しかもこの夏真っ盛りに昭和からワープしてきたような学ランを着た男子生徒が慌てた様子で駆けてゆく。


 そのときのことだ。横断歩道で倒れている人影がもぞもぞと動き、男子生徒の腕の中から女の子が立ち上がった。女の子は無事だったようだ。


「ちーちゃん!」

 そう叫びながらふたりに走り寄った女子生徒、上羽愛美はもう一度大きな声で叫ぶと、先ほど立ち上がった小学生の女の子……の足元で倒れている男子生徒のかたわらに座り込み、両手でそっと彼の頬を包み込むように持ち何度も「ちーちゃん」と彼を呼び続ける。そして泣きはらした顔を上げると誰ともなしに、

「救急車を! 早く救急車を!」

と叫んだのだ。

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