第六話 「バナナの皮で」

「私、思うんだけどさ」


 学校からの帰り道の途中。しばらく元気のなかった朝倉菜摘が、少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

 僕は、

 ――ああ、なんだか久しぶりだなぁ。

 と考えながら、一応は身構えてみる。菜摘は以前と同じように、黒目がちのキラキラした瞳でこちらを見つめながら、こう続けた。


「バナナの皮で最初に転んだ人って、誰なのかな?」


 いつものどうでも良いやつだったが、そのことがなんだか無性に懐かしくて安心する。僕は小さく咳払いしてから、言った。

「おほん。世間一般ではチャールズ・チャップリンだって言われている」

「あれ、意外と大御所が出てきたわね」

「そうだね。一九一五年に作られた『アルコール先生海水浴の巻』の中に、少年が投げ捨てたバナナの皮でチャップリンが転ぶシーンがあるらしい。ついでに、一九二三年に公開された『偽牧師』という作品にも出てくる」

「ふうん、そうなんだ」

「ただ、別な説もあって、バスター ・ キートンが一九一三年の『A Healthy Neighborhood』 という作品で使ったのが最初という人もいれば、一九〇六年にカル・スチュワートという人が、小話こばなしの中で語ったのが最初という説もある。さらには、ヴォードヴィリアンのビリー・ワトソンが一九〇〇年代の始めに持ちネタとしていたという説もある。さらには十九世紀後半の新聞に『バナナの皮で転んだ事故』の記事が存在するという話もあるから、意外に古くからそういうステレオタイプはあったのかもしれない。ただ、チャールズ・チャップリンの映画から世界中に広まったのではないか、とは言われている」

「そうなんだ、じゃあ日本人は?」

「日本語の文献だと、一九三一年に海野うんの十三じゅうざが書いた『国際殺人団の崩壊』という作品にその表現が出てくる。中島なかじまあつしが一九四二年に書いた『虎狩』という作品にも」

「あれ、こっちもビックネームじゃない」

「そうだね。ついでに二〇一四年の『イグ・ノーベル賞』で、北里大の馬渕清資教授が「バナナの皮を踏むとなぜ滑りやすいのか」というテーマで物理学賞を受賞している。馬渕教授は人工関節の研究者で、滑りやすさを追求する中でバナナの皮の摩擦係数を調査しようと考えたらしい。調査結果によると、普通に床を踏んだ場合の六倍、滑りやすくなるそうだ。で、この成果を人工関節の摩擦を減らす研究に役立てたいと言っていた」

「へえ。なんだかいい話だね。ところで水沼君――」

「なんだい」


「――いろいろ気を遣わせてしまってごめんなさい。無理しないで」


 僕は言葉に詰まる。

 さすがにやりすぎだった。普通、「バナナの皮で最初に滑った人」について即答できる高校生はいない。

 実のところ、菜摘になにを聞かれてもよいように、僕は普段から細かいネタを必死になって詰め込んでいた。それがばれたのだろう。逆に負担に思われていたらしい。

 菜摘は申し訳なさそうな顔をした。


「正解はなくても話をするだけで楽しいし、満足しているから。むしろ、いつも下らない質問ばかりで鬱陶うっとうしくてごめんなさい。それじゃ、また明日」


 そう早口で言い切ると、菜摘は小走りになって自分の家に駆け込んでいった。話に夢中になっている間に、いつの間にか家の前まで来ていたのだ。

「あ――また明日」

 僕は中途半端に右手を挙げてそう言うと、心の中でこう思った。

 ――ずるいや。


 今日はこれからしばらくもだえ苦しむことになりそうだ。


 ( 終わり )


*参考文献

『バナナの皮はなぜすべるのか?』

(黒木夏美 二〇一二年 水声社、二〇一八年 筑摩書房)

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