第九章 最大の防御 ①

紅穂…どこかで一歩、前に進む日が来るんだ

壬生沢英智…君のことを助けてくれる人が、きっと、いる


 午後になった。

 茉莉花に渡されたタブレットに、通信が入った。

 海底公園で仲良く(ペンダントを首にかけてみせれ、と言われてかけて)過ごしていた紅穂、ロン、ウィルは、最下層、檀衛門親方の待つ部屋に向かった。

「やあ」

 今回はJが先に来ていた。

「J!大丈夫?」

 紅穂が聞く。

「ああ。ひと眠りしたらすっきりしたよ。おや、ペンダント。ルベライトか。良く似合ってる」

 さすが、である。

「ロンと、ウィルが買ってくれたの。Jもありがとう」

「んん?ああ、そういうことか。分かった。後で払うよ」

 さすが、である。

 部屋には檀衛門、Jの他に、水神三人衆も勢ぞろいしていた。

「おおう!どうよ館は!楽しかったか!まあ、座りねえ!」

 檀衛門に促され、みんな座布団に座る。

 堀切川がお茶を注いで回してくれた。お茶うけは、ひょうたん型の最中に、剥いた巨峰が乗った物だった。おしゃれ過ぎる。

「さてと、早速だが、時間がねえ。ちゃきちゃき話進めて、明日にはブルーフォレストに行こうと思う」

 おしゃれな和風スイーツを、一口で飲み込む様に食べると、檀衛門が切り出した。

 様々な事情が差し迫っている。否応もない。

「藍姫がおかしくなっちまったのは確かだ。なんやかんやの陰謀もあるだろう。だが、第二エリアの陰謀云々は後回しだ。今は証拠もねえし、時間もねえ。まずは、藍姫を元に戻す。話はそっからだ」

 檀衛門が言うと、一同頷く。

「細けえ作戦は七川目達に任す。その前に、俺たちのやった準備を聞いてくれ。おい、斑」

「へい。近隣で頼りになりそうな、黒と紫に密使を送りやした。詳しい事情はともかく、青の様子がおかしいんで、一度集まって藍姫に会いに行かねえかって、そういうことで。両方からいい返事もらってます。明日朝、連れ立ってブルーフォレストに乗り込む手筈です」

「おおう!次、堀切!」

「はい…青、緑、黄色、銀、茶色の諜報部隊、戦闘部隊のほとんどは、地上を探しているようです。壬生沢博士の研究室、七川目の旦那達が隠れていた基地、そういったところで、小競り合いもいくつか」

「おおう!必死だな!おめえ、あれ、お嬢ちゃんの家族はどうしたい?」

「それはウチが手配しました」

 茉莉花が言う。 

「おおう?いつの間に?」

「紅穂ちゃん達と別れてすぐに」

「そうか」

「ご報告遅れて申し訳ございません」

「いいよ。やること分かってりゃそれでいい」

「ありがとうございます」

「茉莉花、それはそうとして、壬生沢教授の場所は分かったのかい?」

「はい。裏戸隠れの話だと、研究エリアに捕らわれているようです。ここ2か月、姿は見てないと」

「無事だといいがな」

 ふん、と檀衛門が鼻から大きく息を吐いて、ドでかい湯呑を傾けた。

「それで、と。七川目よ。聞いての通りだ。明日だが、先行で茉莉花率いる裏戸隠れに行ってもらう。いきなり団体で行くと、警戒されちまうからよ。これからけっこうな数で来るからよろしく、と挨拶代わりだ。もちろん、単なる先行部隊じゃあねえ。裏戸隠れは、ウチの隠密部隊だからな。すすっ、ささっ、って忍び込んで、壬生沢教授の柄押さえて、ついでに青のセキュリティーにもちょっくら細工させてもらう。今、あちこち飛び回ってる連中に連絡がつかねえようにしてやんのよ。その間に、ゴリゴリ家令の田丸絞めつけて、上手くいきゃあ、藍姫を一時的に保護しちまいてえ。それでどうよ?」

「概ね賛成ですが…」

「ん?なんかあるか?」

「俺たち3人は、茉莉花隊と先に侵入したいと思います」

「おめ、それは危なくねえか?」

「考えたのですが、青の一族にも多少は目端の利くものも居ます。コニーは、臆病だが馬鹿ではない。家令の田丸は、狡猾です。奸計には通じている。俺たちが親方を頼ることを、親方以外の創家も含めて頼ることを想像するのは、難しいことではありません。現に、銀狐ファミリーを頼ったのは周知の事実。それであれば、親方たちが他の創家と一緒に現れることを必然、警戒するでしょう。青の一族は、空港で徹底的に検査するはずです。こちらの狙いに十分に対応できるまで、足止めしてくるはずです。武力衝突も辞さないでしょう。周辺に散っている部隊が戻るまでに突破、制圧出来ればいいのですが、そうでなければ、空港で上下から挟み撃ちにあってしまう。そうなれば、危険です。最悪、創家の方々が捕まって、藍姫同様、間違った再生を掛けられる可能性があります。そうなったら、もう挽回仕様がありません。他のエリアを巻き込んだ、大きな騒乱につながります。なので、相手の裏を掻き、少数の先行部隊では仕掛けてこない、その発想を利用したいと思います」

「なるほどな。少数で、何が出来るかよって訳か」

 檀衛門が顎を擦る。

「そうです。裏戸隠れは、攪乱の神魔器を持っているのでしょう?」

 Jが聞くと、堀切川が言い淀んだ。

「それは…」

 そんな堀切川を横目に、茉莉花があっさりと言い放つ。

「持ってるよ。親方、今更隠してもしょうがないよね」

「おい、百石」

 班目が茉莉花を嗜めると、檀衛門が班目を制して(困った奴だ、と眉で語り)言った。

「ああ。まあ、あれだ。しょうがあんめい」

 軽く頭を下げて、茉莉花は話す。

「レーダーに映る人数を誤魔化すことが出来る。半径100mぐらいだけどね」

 Jが頷く。

「やはり。それを使って、申請人数より多い人数を潜入させるのですね」

「あと、光学迷彩。いわゆる隠れ蓑な」

「すげえ。隠れ蓑持ってんのかよお!んじゃ、それ着て藍姫んとこまでズバットだなあ!」

 ロンが興奮して茉莉花の腕を叩く。

「ごめんよロン。そうは行かない。光学迷彩は、屋内じゃ役に立たないんだ。バレバレ」

 ロンに茉莉花が申し訳なさそうに答えた。

「んだのけ?」

「相手が透視能力でもない限り、視界を遮っちまう。それでバレバレ」

「通路の端っこでも?」

「立体感が隠せない。いろいろ試したけど、違和感バリバリ。広めの通路ならまだしも、青の一族のお城は、通路がそんなに広くないだろ?」

「グッキュ」

 茉莉花の問に、ウィルが答える。紅穂は、胸元のルベライトの赤と、ヒュプノクラウンの紫を交互にいじっていた。

 茉莉花が続ける。

「だから、壬生沢博士の柄押さえるまでは裏戸隠れで出来るとして、藍姫を確保するってなると、どのみち実力行使なのさ。それでも七川目の旦那、一緒に来るかい?」

 茉莉花の問に、Jが答えた。

「ああ。壬生沢博士は研究エリアにいるんだろ?それは俺たちの昔の職場だ。旨く行けば、そこを拠点に出来る。協力者も募ることが出来る目論見もある。俺たちが離れて5年。現状にうんざりしている奴、うんざりさ加減がピークに達しているやつは増えてるはずだ。茉莉花達より俺たちの説得の方が、効果あるだろう。それに、作戦通り陽動が上手くいけば、行ける所まで、隠れ蓑で行けると思う。確かに屋内では人目を欺けないが、そもそも人目を少なくすればいい。まあ、最後には姿を現す予定だがね」

 一同頷く。

「それは、一理あるね」

「研究エリアで協力が得られれば、藍姫の御前までは遠くない。何とかなると思う」

「分かった。七川目達がそれでいいってんなら、それで行こうや」

 檀衛門がちゃぶ台を叩いた、そのタイミングで、紅穂は思い切って会話に飛び込んだ。

「ちょっと待って下さい!」

「あん?どうしたいお嬢ちゃん」

 怪訝そうな檀衛門。

「あたしは、あたしはどこに居たらいいですか?」

「そりゃ、事が済むまでこの館に…」

「嫌です!」

 紅穂は頭を振る。

「嫌って、お嬢ちゃん…」

 紅穂の剣幕に押されたか、大きな檀衛門の声が小さい。

「あたしも連れてってください!お願いします!」

 紅穂は檀衛門を圧倒するかのように、ちゃぶ台に手をついて前のめりになる。勢い、押されるように、檀衛門が太い頸を引いた。班目がすわ、とばかりに加勢に入った。

「壬生沢のお嬢さん、下手すりゃ創家同士の殴り合いですぜ。そんなとこにお嬢さんを…」

 紅穂はちゃぶ台に手をついたまま、今度は班目の方に身を乗り出す。

「大丈夫!自分の身は自分で守りますし、ご迷惑はお掛けしません!お願いします!」

「親方…」

 堀切川が目を白黒させて、檀衛門を見た。

「ううん。あれだな、悩むな。そうかあ、でもなあ。いやさなあ」

 檀衛門は腕組みしてじっと黙りこんだ。

「あたしもきちんと関わりたいんです!このお話の行く末に!」

 押す。檀衛門は癇ねんしたように上を向いた。

「そうかあ…分かった。分かったよ。でもよ、無茶はなんねえぞ」

「ありがとうございます!」

「いいんですかい?」

 班目が渋面を作る。

 檀衛門が顎か首か分からない部分をフリフリ言った。

「冒険っつちゃあ、大事だがよ。関わった物語の結末を見てえ、自分の両の眼で見届けてえ、って気持ちはよ、良く分かるのよ。それによ、偉えじゃねえか。何かっつーと逃げばっかり打って顔も見えねえ遠くで騒ぐやつが多い中でよ。あれよ。人間てのはよ、そりゃ逃げる時は逃げる。どうしようもねえ輩からはよ。でもよ。自分から逃げちゃあいけねえのよ。自分がしなきゃいけない嫌な事や、ほんとに直面しなきゃなんねえことはよ、きちん、と向かい合う気持ちは、無くしちゃいけねえ。逃げって奴はな、いつまでも追っかけてくる。癖になってな。逃げてもいいが、ひとつひとつ、ちゃんと納得して折り目を付けるのが大事なのよ。借りを返し、義理を果たしてな」

 檀衛門が、その部下たちに慕われてるのが分かる。紅穂はそう思った。

 班目が、うんうん頷いて、すっと下がって座り直した。

「叔父貴よお。紅を頼むよお。何かあったら、壬生沢の爺さんに怒られるよお」

 紅穂と、水神衆のやりとりをのんびり見ていたロンが言った。

「違うよ?」

 そんなロンに、紅穂が言う。

「何がよお?」

 ロンは不思議そうに、紅穂を見た。

「あたしは、J達と行く」

「えっ?」「はっ?」「おっ?」「おおう?」「グッキュ~?」「J、紅穂が変な事言っとるう」

 ニヤニヤ見ている茉莉花以外、全員の驚きが紅穂に集まった。Jが困った感満載で言う。

「紅穂、それは…」

「何よJ。ここまで来て置いてきぼり?」

「いや、そういう訳ではないが…なんと言うか…」

「足でまとい?」

「そうは言わないが…」

「じゃあ決定!」

「あはははは!紅穂ちゃん!いいね!いいよ!ウチが紅穂ちゃん守ろうじゃない!」

 押され気味のJに代わり、茉莉花がそう言って大声で笑った。

「茉莉花…お前…」

 なおも言い渋るJに紅穂が耳元で呟く。

 紅穂の呟きを聞くや、Jは驚いて紅穂の顔をまじまじと見た。

「七川目よ。どうするよ?」

 檀衛門が困った顔でJに聞く。

 Jは、ハッとして檀衛門に向き直ると、ひとつ頷いた。

「分かりました。親方。紅穂は我々が連れて行きます。責任を持って」

「おおう?そうかい。なんか閃いたんだな?ならいい。そうしろい。おい、茉莉花。お嬢ちゃん死なすなよ!」

「承知。任しといてください」

「よし。そうと決まれば後はやるだけだな!」

 檀衛門が豪快な柏手を打った。

 紅穂は鼻息荒く、座布団に戻った。


 あの日。

 気分が悪くて、目が覚めたら何かが変わっていた。

 全て、ではない。

 再生後の、憶えていることは覚えているのだが、肝心な何かは抜け落ちたような、感覚。

 今思えば。

 強制的に再生されたのだと思う。

 ただ、いつもの再生とは違った、のだと思う。目覚めがあんなに悪い再生なんて、あるか?

 油断した。

 伯爵には便宜を図ってもらっていただけに。

 結果これだ。

 藍姫の強制再生に手を貸してしまった。

 仕組みは分からないし、それによって根本的に何が変わったのか、分からない。

 自分と同じように、何が足されてしまったのか。そして、何が失われたのか。

 田丸と銀狐の思惑は分かる。藍姫を使って、根の民にダメージを与えること。

 失敗しても構わないのだろう。

 根の民が全く無傷、という訳にも行かないだろうし、上手くいけば、今後何十年間か、青の一族がエリアの創家筆頭足りえる。よしんば、失敗しても、田丸は藍姫のせいに、銀狐は青の一族のせいにしてしまえばいい。

 しかし。

 藍姫はそれとは別の方向に進んでしまっている気がする。

 多くの戦略兵器と、ヒュプノクラウンにえらく執着している。

 藍姫は、全てを無に帰そうとしている?

 もし、藍姫が自分と同じような、常に自分の内に矛盾を抱えているような状態だったら?

 その思考は、常人には理解しがたい方向性にブラッシュアップされていくのではないだろうか。

「コニー隊長。コニー隊長」

 コニーは顔を上げる。汗が凄い。冷たいのか熱いのかも分からない。

「どうします?山狩りを続けますか?物凄い数の生体反応ですが?」

 口調に疲れと諦めが滲んでいる。

「休め。僕も、もう寝る」

「は?いいので?」

「いい」

「明日はどうします?」

「起きてから考える」

「…承知致しました」

 少し、考え事をしよう。しなくてはならない。コニーは目を閉じて、横になった。 


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