第九章 最大の防御 ②

 翌朝。

 朝日を浴びて、ひとりでに目が覚めた。

 よく考えたら、夏休みの計画は大きく変わっていることに気が付いた。

 ほんの二日のことなのに、もう、夏休みを全部使ったぐらいの冒険をした気がする。

 手早くシャワーを浴びて、用意を整える。

 ルベライトのペンダントとヒュプノクラウンは、首に掛けたまま寝た。

 他に大切なものはない。

 一応、ポケットのスマホを叩く。

 充電がないので、無用の長物だが、日常との接点を感じて、有ると落ち着く。

 部屋を出て、隣の部屋をノック。

 ゲストエリア、隣はJの部屋だ。

 昨日の午後の話し合いの後、みな、それぞれ準備があると言って解散したので、その後から誰にも会っていない。

 スィン、と音がして、扉が横にスライドした。

「あれ、ロン?ウィル?ここ、Jの部屋じゃないの?」

「おっす!」

「グッキュ」

 片手を挙げる小動物たちとハイタッチ。

「おはよう、紅穂。よく眠れたかい?」

 奥からJが声を掛けて来た。

「うん」

 紅穂が部屋に入る。

 Jの部屋の真ん中にある丸テーブルの上では、地図が夏の朝日を浴びている。

「もうすぐ茉莉花が来る。出発まであまり時間がないが、軽く打ち合わせしよう」

「オッケー」

 紅穂が返事をするのに合わせるようにノックの音。

 ロンが、ベットによじ登ろうとするのを途中で諦めて、入り口に向かった。

「おっはよう!」

 声も姿も艶っぽいが、勢いはあまりに健康的だ。

「おはようございます」

「おはよう紅穂ちゃん。よく眠れた?」

 紅穂は笑顔で頷く。

 頷き返して、茉莉花はベットの上、ロンの横に座ると、手提げ袋から何か取り出した。

「朝ご飯買って来たよ」

「いえぇい!」

 ロンがベットの上で跳ねる。

「グッキュ~」

 ウィルが布団をパシパシ叩いた。

「えっと、ツナマヨでしょ、おかかでしょ、沢庵でしょ、鮭でしょ、エビマヨ、高菜、じゃこ、焼肉、焼き鳥、卵。全部2個ずつ。あと、お茶」

 おにぎりの山が、茉莉花の腿の上に積み重なる。

 紅穂は、ツナマヨとエビマヨをもらった。

「なんだよお。紅穂、マヨラーかよお」

 ロンが茶化す。

「いいんです!美味しいんです!」

 紅穂はロンに舌を出す。

「それでだ」

 皆でおにぎりを齧りながら、今日の作戦の打ち合わせをする。

 研究エリアまでは、道案内はともかく、茉莉花主導で動くことになる。

 水神衆の持っている神魔器頼みだからだ。

 空港には5人の水神衆を残し、茉莉花、J、ロン、ウィル、紅穂の5人と、裏戸隠れ隊の14人、総勢19人が、青の一族のセキュリティーを欺いて、研究エリアを目指す。

 研究エリアの入っている棟までは、徒歩で一時間ほど。

 レーダーを攪乱する神魔器と、隠れ蓑で、屋外を移動する分には、まずバレないはずだ。

 茉莉花達が空港に到着してから1時間30分後には、檀衛門率いる創家連合が到着する。

 そうなれば、否が応でも、空港方面に注意が向く。

 そのタイミングで、研究エリア棟に入り、可能な限り、隠れて進む。

 研究エリアに入り、そこで二手に分かれ、裏戸隠れ隊の内5人が、セキュリティールームに侵入。セキュリティー機能を破壊し、サーバーをダウンさせる。

 残りで研究エリアを制圧、壬生沢博士の身柄を確保。残りの研究者、天井人を説得(場合によっては拘束)し、協力を得る。

 その後、研究エリアに飼育されている動物達の内、害のない物を選んで館内に放ち、混乱を作る。

 その状況に応じて、上の階、創家専用エリアを目指す。 

「で、どうかな?」

 Jがおにぎりの袋を潰しながら、茉莉花に聞いた。

「いいん、じゃない?」

 茉莉花がお茶を飲みながら答えた。ゴクリ、と白い喉が動く。

「いいけど、問題はその後よね。いくら、空港方面に人手が割かれてても、藍姫周辺が無人、てことはないでしょ?親方と合流すれば、それも問題じゃないかもしれないけど、あんた達、待つ気ないでしょ?」

「んだよ」

 ロンがおにぎりを齧りながら話す。

「じゃあどうすんの?」

 Jが答える。

「残りの神魔器を使う。100人ぐらいまでなら、何とかなるはずだ」

「グッキュ」

 ウィルがおにぎりの具だけ摘まんで食べていた手を止めて、胸を叩く。

「ふうん。そりゃ、藍姫以外はいいけどさ。藍姫には神魔器が効かないんじゃないっけ?あの衣は、そういう神魔器でしょ?」

「ほええ。マツリ、おめえよく知ってんなあ」

「当たり前だよ。ウチは、水神衆裏戸隠れ隊の隊長だよ?」

「その通り。たいがいの神魔器は効かない」

 Jが肯定する。

「だが、切り札がある」

「切り札?」

「ああ、茉莉花には世話になったからな。俺たちの切り札は、ヒュプノクラウン、強制的眠りの神魔器だ」

「それが噂の3Sランクの神魔器かい?そりゃすごいね。無敵じゃん。がんがん眠らせればいいじゃん。なんなら、ブルーフォレストごと」

「それが、そうは行かない」

「反作用かい?」

「そう。ある方法以外では、多分、だが目が覚めない。それだけじゃない。超指向性で、影響範囲は物凄く狭い。一度に一人が精々だ」

「なあるほど。それじゃあ無理か。全員整列させて、順番に眠ってもらう、って訳にはいかないからね」

 茉莉花がベットに両手をついた。

「そう。だから切り札さ。ただ、少なくとも、藍姫には寝てもらう。運が良ければ、田丸にも」

「ん?いいの?目が覚めないと困るんじゃないの?」

 意外そうな茉莉花にロンが答えた。

「オデ達は知ってるんだあ」

「目の覚まし方?」

「そお」

「グッキュ」

「それはいいとして、別に眠らせなくてもいいんじゃないの?」

「いや、昨日まだ話さなかったが、最大の問題を解決できない内は、寝てもらった方がいいと思う」

「最大の問題?」

「そう」

「なによ?」

「藍姫の戻し方だ」

「なっ、そうなの?!」

「そうだ。だから、眠ってもらってその間にその方法を探すしかない」

 沈黙が訪れた。

「まあよお。とりあえずはその話は後にすっぺよお。御前に辿り着いてからのことだけどよお。オデとウィルで昨日の夜考えたんだあ」

「グルッキュ~」

 ロンがベットの上に立ち上がりながら胸を張った。

「それはよお…」

 ロンが話し、ウィルが丸テーブルの上の地図を指さし説明する。

「ははあ。そりゃ面白い」

 茉莉花が感心したように言い、Jも続いた。

「いいじゃないか。それで行こう。ロン、ウィル、紅穂、頼むぞ」

 3人が力強く頷いた。


 水神衆旗艦「火龍」。

 翼を広げた翼竜を模した真っ赤な機体は、約束の時間を今か今かと待っていた。

 ブリッジでは、いつもどっかりと腰を落ち着けている親方、百目鬼檀衛門が、珍しくそわそわと歩き回っている。

 七川目達が出立して30分は経過している。

「班目!黒巾木くろはばきの創家はまだ来ねえのか?」

「へい…連絡はありやした。なんでも準備に手間取ってるとかで、遅れるそうです」

「遅れるっておめえ、あとどんくらいよ?」

「それはあっしにも…」

「堀切川!」

「紫からは返信がありません。先ほど、使いを出しました…」

「どいつもこいつも。下手すりゃ大変なことになるってのによ。今日を逃したら次はねえ。かといって俺だけ行ってもなんの意味もねえ。複数の創家が懸念を持ってる、そう伝えなきゃなんねえのによ!」

 班目も堀切川も黙り込む。檀衛門の焦燥は痛いほど分かるし、彼らも先発隊が心配である。

 旗艦ブリッジのオペレーター達は、骨伝導式のイヤホンから聞こえる音声と、彼らが親方の怒声に耳を澄ます。気のいい親方だが、怒らすとそれはそれで怖い。

 せめて時間通りに、モニターの隅にでも姿を現して欲しい。オペレーター達は祈るように動きのないモニターを睨みつける。

 彼らの願いは、虚しく宙に消えた。

 時間は過ぎたが、誰も何も言わない。

 それは、オペレーターの仕事ではない。

 オペレーターの視線は、班目と堀切川に向かった。視線が1人増え、2人増え、ブリッジの最前列から中盤列のオペレーターの視線も加わった時、班目と堀切川の視線が合った。

 譲り合いは良くない。

「親方」

「親方…」

 二人揃って檀衛門の背中に話しかけた。

「分かった」

 二人に言われる前に檀衛門は背中越しに答え、目の前のコンソールを叩いた。

 バシン。

 ブリッジ内が震える。

「直通回線開け」

「しかし、この距離では、青の一族に傍受される可能性が…」

 堀切川が控えめというよりは、おずおずといった感じで意見する。

「構わねえ!もう待てねえ!ドカンと一発ブチかます!それで目が覚めねえならしょうがねえ!駄目なら駄目でしょうがねえさ!所詮他人事、是非もねえ!俺らだけで行くしかねえ!やつらを見殺しには出来ねえからな!」

「分かりやした!おい、黒巾木の鳳仁おおとりじんに直通だ!呼び出せ!」

「はっ!」

 黒巾木方面担当オペレーターが久々に意味のある動きを指先に伝える。

 空中に浮かぶ中央スクリーンに絵が入った。

「水神の…」

 スクリーンには黒の創家、「黒巾木組」の主、鳳仁が現れた。

 その端正な顔立ちには、苦渋としか表現できない表情が浮かんでいる。

「水神の、じゃねえ!!!」

 檀衛門はこれもまた、怒声としか言いようのない大声を浴びせた。

 スクリーン越しにも明らかなダメージ。

 鳳はその場で一歩下がった。

「おい!下がんじゃねえよ!おめえ、どういう了見だこの野郎!男と男の約束破るってのはよお!」

 あちら側にどういう風に映っているのかは不明だが、肩眉を上げたまま頬を震わせて怒鳴る檀衛門は、相当な迫力。

「か、か」

「蚊がなんだって?蚊と一緒にたたっ殺してやろうか?」

「か、家老連中が」

「ああん?家老連中?知らねえ!俺はおめえに話してんだ!」

 コホン。咳払いがして、鳳が横に寄り、代わりに5人の老人が映り込んだ。

「水神の…」

「水神のじゃねえ!!」

 檀衛門はスクリーンに向かって湯呑を投げつけた。空の湯呑は、スクリーンに向かって飛び、弧を描いて最前列のオペレーターまで飛ぶ。馴れている彼らは、軌道を読んで、器用にキャッチした。中身が入っている物を、檀衛門は投げはしない。

 馴れている方はいいが、馴れていない方は困る。ぶつかるはずもないのに、スクリーンの中の人物は、全員その場でしゃがみ込んだ。

「いいか!黒巾木の。一回、いっかいしか言わねえ。5人も6人も居るからには聞こえなかったとも言わせねえ。来い。今すぐ来い。これはおめえ達が思ってるよりも、うんと重大な事なんだよ。人の生き死にが掛かってる。ウチの連中だけじゃねえ。もっとだ。もっと沢山の人の命が掛かってんだ。おい、鳳。仁よ。おめえ、仁義に厚いのが取り柄じゃねえか。名がすたるぜ?おい。じいさん連中に何言われたか知らねえがよ。協力すりゃ何だって出来る。おめえ、今日逃げたらこの先何世紀も後悔すんぞ。何も、俺が殴るとか殴らねえとかそういう話じゃねえ。自分自身に恥ずかしくってやってらんなくなるぞ。今な、自分達の生き方に後悔したくねえって命貼ってる連中がいんだ。天井人だけじゃねえ。寿命のある地上人もだ。黒巾木の。鳳の。すぐ来れば間に合う。仁だけでもいい。待ってるぜ」

 檀衛門は手元のコンソールを操作して、通信を切った。

「親方」

「なんだ?」

「一生ついていきやす」

 班目が言い、堀切川が頭を下げる。

「通信です!」

「黒ならつながなくていい。話すことはねえ」

「いえ!紫に繋がりました!」

「…つなげ」

 スクリーンが切り替わり、アオザイを来た妙齢の女性が現れた。

「シンシャオ。檀衛門。まず聞いて。あなた怒ってる思うけど、ちょっと違う」

「よお。ゴー・マイ・ハー。怒ってねえよ。呆れてるだけだ」

「気持ちは分かる。約束に遅れたね。誰の仕業か、あたし達の城の艦隊のエネルギーが抜かれてたね」

「何だって?」

「すぐ動かせたのは2艦だけよ。ごめん」

「そうか…そりゃ済まねえ。油断しちまったか」

「いいの。謝らないで。油断したのはあたしたちなんだから。もう着く。行きましょう。青のお姫様のお尻叩きに」

「ありがてえ。あとどれくらいで着く?」

 ゴー・マイ・ハーと呼ばれた女性は、長い髪を掻き揚げつつ、後ろを振り返り何か確認する。

「30分。最速でいくわ」

「おおう!待ってるぜ!」

 それじゃあ、と言い合い、通信を終える。

「大方、黒の方にも何らかの工作が有ったのでは…」

 堀切川が言った。

「おおよ。そうかも知れねえ。でもよ。だからこそ退いちゃいけねえ、鳳も分かるといいが…」

 檀衛門が珍しく、語尾を濁す。

「船を進めろ。黒と紫は後詰めだ。まずは俺たちだけでブルーフォレストに向かう」

「アイアイサー!」

 オペレーター達が待ってましたと言わんばかりの声で返事をした。

 旗艦「火竜」が、ゆっくりとだが着実に動き始めた。

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