第八章 スカルムーシュの舞 ③
5
海底公園で休んだ後、茉莉花は用事を思い出したとかで「ごめんね」と言って足早にどこかに行ってしまった。
上6層は自由に出入りできないが、下6層の内、檀衛門が居る最下層以外は、自由に見て回っても大丈夫らしい。
迷子にならないように、と言って、臨時発行の身分証付きタブレットを貸してくれた。
紅穂は、それを抱えるように歩いている。
ロンが横をトコトコ歩き、ウィルはロンの肩とか頭に乗っている。
海底公園の外の円環にある、商店街に行ってみることにした。
円状にお店が配置してあるから、見やすい。
ぐるりと歩いているだけで、楽しい。
近代的でシンプルなお店構えが続く。
お洋服屋さん、カフェ、薬屋さん、生活用品屋さん、食料品屋さん、雑貨屋さん。
店の前を通り過ぎながら店の名前を呟くと、横でロンが「んだ」「んだ」「んだね」といちいち返答してくれる。
最初見た時は、なんて口の悪い生き物だ、と思ったが、こうして過ごしてみると、なんだかいい奴に思えて来た。
これでイケメンだったらなあ、と思う。まあ、それはしょうがない。以前見せられた画像と、未だに横にいる生き物がリンクしない。
街並みの雰囲気が変わって、ぐっと江戸テイストになった。
お店のラインナップは変わらないが、売っているものは古風な物が多いようだ。
ふと、雑貨屋が目についた。
暖簾とが揺れる店頭の下、低い木の台に様々な色合いの布が敷かれ、イヤリングや、ネックレスが置かれている。
軒先に吊るされた風鈴が、チリン、と可愛く鳴った。
店先のアクセサリーには、色々な色の石が付いていて、キラキラと輝いている。
「うわあ、キレイ。なにこれカワイイ」
「なにこれ、って、宝石だろお」
「グッ」
「ふん、知ってます!知っててもなにこれ言うんです!」
紅穂はロンを放って小走りに近づいた。
「待てれよお」
どたどたと付いて来る。
青、桃色、黄色、緑、紫、黒に白。
吸い込まれそうな石の透明感と輝き。
手を出しかけて、引いた。触っちゃマズいよな、と思いながら覗き込む。
色んな光がある中で、紅穂は、自分自身に向かって光を送っているような紅い石に目を奪われた。それは涙の形をした石だった。
「きれい…」
「んん~。ルベライトだなあ」
「グッッキュ」
「そうなんだ。ルベライトって言うんだ」
胡桃大のルベライトの付いたペンダント。
普段は、もっとシンプルなアクセサリー(もっとも、そんなに数もないし、付ける機会もないが。なんせ、彼氏もいないもので)を好む紅穂だが、純粋で優しいエネルギーの塊のような、その紅色に、心魅せられた。
「こういうの、似合う人になりたいなあ。茉莉花さんとか、似合うよなあ。きっと」
「別に。紅でも似合うんじゃねえ?」
「グッグッ」
「ええ?無理無理。なんか、これって大人っぽいじゃん」
「いや、オデは似合うと思うよ。ゴテゴテしてねえし」
「そうかなあ?でも、キレイだよね」
「紅よお」
「ん?」
「おまえ、これ気に入ったろお?」
「えっ?いや、そんなことないよ。ただ、なんか、ほんと素敵だなって」
「そうけえ」
「いくらぐらいすんだろ?あっ、でもあたしお金ないや。てか、そもそも、円って使えるの?」
「使えねえよお。おお。けっこう高けえなあ」
「へ?そうなの?やっぱり…いつか大人になったら買いに来れるかな」
「…」
「冗談冗談。行こう。もっといろんなお店あるよ」
「ちょっと待ってれよお」
「グッキョ」
背筋を伸ばして歩き出そうとする紅穂を、ロンとウィルが止めた。
「いいけど、何?トイレ?」
「違うよお」
そう言って、ロンはその場でしゃがみ込むと、肩からぶら下げていたカバンを地面に下ろした。
小学校低学年の子が、道端でランドセルを覗き込んでいるような風景を思い出す。
ロンはカバンを覗き込み、何やらゴソゴソとやっている。
紅穂も思わず覗き込む。
ロンに以前頭突きしたのを思い出し、距離感に気をつける。
探し物を見つけたのか、ロンが不意に体を起こした。手元には、青いサテン地の巾着が握られていた。巾着を開け、左手に巾着の中身を出す。中からは、金色の棒(チョコの小枝ぐらいの)が出て来た。
「1、2、3、4…」
ロンが掌の上で棒の数を数える。下校途中の小学生がコンビニの前でやってるのまんま。実際、紅穂もその昔は一度ならず、やったことがある。
「ちょ、ロン?」
「ちぇえ。足りねえよお」
ロンが掌に金の小枝を乗せたまま、残念そうに紅穂を見た。
「や、ほんと欲しいとかないから!冗談だから冗談!」
「グッキュ!」
すると、今度はウィルがその体に見合った、腰に巻いた小さなポシェットから、何かを握り閉めて取り出し、ロンに向かって差し出した。
「おお。いいのけえ?」
「グッキョグッキョ!」
ロンは、ウィルから金の棒を受け取ると、子供の様なその掌の上で数え始めた。当たりには、カバンやら、カバンから出たハンカチやらチューブやらが散乱している。
「ほんと止めてよお~なんか請求したみたいで悪いじゃん!」
紅穂の訴えを聞かない。無視。ロンとウィルは2人で金の棒を数えている。
「おおう。買えるでよお」
「グルッキュ~」
「ちょ」
紅穂が言うのも聞かず、2人はそのまま店の奥に入って行った。
お店の従業員は、20代中盤ぐらいの、和服を着た優しそうなお姉さんだった。 変な小動物に連れて来られ、驚きの様子は完全に隠しきれていなかったが、ロンが指差したルベライトのペンダントを見て、委細を承知したらしく、手袋をした手で、ペンダントを優しく包む様に持ちあげると、店の奥に戻って行った。
その後を、ロンとウィルが付いていく。紅穂は所在なく、ロンのカバンに物を詰めなおしたりしていた。
しばらくして。
ロン、ウィル、お姉さんの順で戻って来た。
お姉さんの手には透明な細い筒。
筒の上部には、キレイにリボンが巻かれ、筒の中央に、まるで浮かぶように、ルベライトがその輝きを放っていた。
「はい。紅穂さん」
お姉さんがそう言って、筒を渡してくれた。筒はひんやり冷たい。
「えっ?あたし、名前…」
「こちらのお客様が教えて下さいました。ほらっ」
お姉さんの白く綺麗な指先を見ると、筒の下部分に透かし彫りで文字が刻んであった。
〈紅穂へ 生涯の思い出に。お詫びと感謝を込めて。J、ロン、ウィル〉
グッ、と来た。グッ、と。
ロンと、ウィルは胸を張っている。
「もう…なによお…」
「プレゼントお」
「それは…もう…なによお…」
「良かったですね。紅穂さん。今度はそれを付けて、またお買い物にいらしてください」
お姉さんが言った。
「はい…んん、ありがとうございます…」
紅穂は筒を抱きしめると頭を下げた。
ちょっとまぶたが熱い。
「ほいじゃあ。あんがとお」
「はい、青の方々もまたいらしてくださいね」
「おおう。来るよお。またなあ」
「毎度ありがとうございます」
そう言って、頭を下げるお姉さんに再度礼を言ってその場を後にする。
「グッキュ?」
「なによウィル!嬉しいに決まってんじゃん!ありがとう…でも、お金使わせちゃったね」
「いいんだっけよお。足りたんだしよお。迷惑かけたは悪いと思ってるしよお。それに、オデ達、どうせこの金使えねえかったし」
「地上に来たら、バイトしてなんか買ってあげるね」
「気にすんなよお」
「グッキュ」
Jにも払わせるしよお、そう言ってロンはケケケッ、と笑った。
3人はその後、楽しくウィンドウショッピングをし、余ったお金でうどんを食べた。
紅穂はその間、ルベライトの入った筒を、胸元にずっと握り閉めていた。
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