第八章 スカルムーシュの舞 ③

 海底公園で休んだ後、茉莉花は用事を思い出したとかで「ごめんね」と言って足早にどこかに行ってしまった。

 上6層は自由に出入りできないが、下6層の内、檀衛門が居る最下層以外は、自由に見て回っても大丈夫らしい。

 迷子にならないように、と言って、臨時発行の身分証付きタブレットを貸してくれた。

 紅穂は、それを抱えるように歩いている。

 ロンが横をトコトコ歩き、ウィルはロンの肩とか頭に乗っている。

 海底公園の外の円環にある、商店街に行ってみることにした。

 円状にお店が配置してあるから、見やすい。

 ぐるりと歩いているだけで、楽しい。

 近代的でシンプルなお店構えが続く。

 お洋服屋さん、カフェ、薬屋さん、生活用品屋さん、食料品屋さん、雑貨屋さん。

 店の前を通り過ぎながら店の名前を呟くと、横でロンが「んだ」「んだ」「んだね」といちいち返答してくれる。

 最初見た時は、なんて口の悪い生き物だ、と思ったが、こうして過ごしてみると、なんだかいい奴に思えて来た。

 これでイケメンだったらなあ、と思う。まあ、それはしょうがない。以前見せられた画像と、未だに横にいる生き物がリンクしない。

 街並みの雰囲気が変わって、ぐっと江戸テイストになった。

 お店のラインナップは変わらないが、売っているものは古風な物が多いようだ。

 ふと、雑貨屋が目についた。

 暖簾とが揺れる店頭の下、低い木の台に様々な色合いの布が敷かれ、イヤリングや、ネックレスが置かれている。

 軒先に吊るされた風鈴が、チリン、と可愛く鳴った。

 店先のアクセサリーには、色々な色の石が付いていて、キラキラと輝いている。

「うわあ、キレイ。なにこれカワイイ」

「なにこれ、って、宝石だろお」

「グッ」

「ふん、知ってます!知っててもなにこれ言うんです!」

 紅穂はロンを放って小走りに近づいた。

「待てれよお」

 どたどたと付いて来る。

 青、桃色、黄色、緑、紫、黒に白。

 吸い込まれそうな石の透明感と輝き。

 手を出しかけて、引いた。触っちゃマズいよな、と思いながら覗き込む。

 色んな光がある中で、紅穂は、自分自身に向かって光を送っているような紅い石に目を奪われた。それは涙の形をした石だった。

「きれい…」

「んん~。ルベライトだなあ」

「グッッキュ」

「そうなんだ。ルベライトって言うんだ」

 胡桃大のルベライトの付いたペンダント。

 普段は、もっとシンプルなアクセサリー(もっとも、そんなに数もないし、付ける機会もないが。なんせ、彼氏もいないもので)を好む紅穂だが、純粋で優しいエネルギーの塊のような、その紅色に、心魅せられた。

「こういうの、似合う人になりたいなあ。茉莉花さんとか、似合うよなあ。きっと」

「別に。紅でも似合うんじゃねえ?」

「グッグッ」

「ええ?無理無理。なんか、これって大人っぽいじゃん」

「いや、オデは似合うと思うよ。ゴテゴテしてねえし」

「そうかなあ?でも、キレイだよね」

「紅よお」

「ん?」

「おまえ、これ気に入ったろお?」

「えっ?いや、そんなことないよ。ただ、なんか、ほんと素敵だなって」

「そうけえ」

「いくらぐらいすんだろ?あっ、でもあたしお金ないや。てか、そもそも、円って使えるの?」

「使えねえよお。おお。けっこう高けえなあ」

「へ?そうなの?やっぱり…いつか大人になったら買いに来れるかな」

「…」

「冗談冗談。行こう。もっといろんなお店あるよ」

「ちょっと待ってれよお」

「グッキョ」

 背筋を伸ばして歩き出そうとする紅穂を、ロンとウィルが止めた。

「いいけど、何?トイレ?」

「違うよお」

 そう言って、ロンはその場でしゃがみ込むと、肩からぶら下げていたカバンを地面に下ろした。

 小学校低学年の子が、道端でランドセルを覗き込んでいるような風景を思い出す。

 ロンはカバンを覗き込み、何やらゴソゴソとやっている。

 紅穂も思わず覗き込む。

 ロンに以前頭突きしたのを思い出し、距離感に気をつける。

 探し物を見つけたのか、ロンが不意に体を起こした。手元には、青いサテン地の巾着が握られていた。巾着を開け、左手に巾着の中身を出す。中からは、金色の棒(チョコの小枝ぐらいの)が出て来た。

「1、2、3、4…」

 ロンが掌の上で棒の数を数える。下校途中の小学生がコンビニの前でやってるのまんま。実際、紅穂もその昔は一度ならず、やったことがある。

「ちょ、ロン?」

「ちぇえ。足りねえよお」

 ロンが掌に金の小枝を乗せたまま、残念そうに紅穂を見た。

「や、ほんと欲しいとかないから!冗談だから冗談!」

「グッキュ!」

 すると、今度はウィルがその体に見合った、腰に巻いた小さなポシェットから、何かを握り閉めて取り出し、ロンに向かって差し出した。

「おお。いいのけえ?」

「グッキョグッキョ!」

 ロンは、ウィルから金の棒を受け取ると、子供の様なその掌の上で数え始めた。当たりには、カバンやら、カバンから出たハンカチやらチューブやらが散乱している。

「ほんと止めてよお~なんか請求したみたいで悪いじゃん!」

 紅穂の訴えを聞かない。無視。ロンとウィルは2人で金の棒を数えている。

「おおう。買えるでよお」

「グルッキュ~」

「ちょ」

 紅穂が言うのも聞かず、2人はそのまま店の奥に入って行った。

 お店の従業員は、20代中盤ぐらいの、和服を着た優しそうなお姉さんだった。 変な小動物に連れて来られ、驚きの様子は完全に隠しきれていなかったが、ロンが指差したルベライトのペンダントを見て、委細を承知したらしく、手袋をした手で、ペンダントを優しく包む様に持ちあげると、店の奥に戻って行った。

 その後を、ロンとウィルが付いていく。紅穂は所在なく、ロンのカバンに物を詰めなおしたりしていた。

 しばらくして。

 ロン、ウィル、お姉さんの順で戻って来た。

 お姉さんの手には透明な細い筒。

 筒の上部には、キレイにリボンが巻かれ、筒の中央に、まるで浮かぶように、ルベライトがその輝きを放っていた。

「はい。紅穂さん」

 お姉さんがそう言って、筒を渡してくれた。筒はひんやり冷たい。

「えっ?あたし、名前…」

「こちらのお客様が教えて下さいました。ほらっ」

 お姉さんの白く綺麗な指先を見ると、筒の下部分に透かし彫りで文字が刻んであった。

〈紅穂へ 生涯の思い出に。お詫びと感謝を込めて。J、ロン、ウィル〉

 グッ、と来た。グッ、と。

 ロンと、ウィルは胸を張っている。

「もう…なによお…」

「プレゼントお」

「それは…もう…なによお…」

「良かったですね。紅穂さん。今度はそれを付けて、またお買い物にいらしてください」

 お姉さんが言った。

「はい…んん、ありがとうございます…」

 紅穂は筒を抱きしめると頭を下げた。

 ちょっとまぶたが熱い。

「ほいじゃあ。あんがとお」

「はい、青の方々もまたいらしてくださいね」

「おおう。来るよお。またなあ」

「毎度ありがとうございます」

 そう言って、頭を下げるお姉さんに再度礼を言ってその場を後にする。

「グッキュ?」

「なによウィル!嬉しいに決まってんじゃん!ありがとう…でも、お金使わせちゃったね」

「いいんだっけよお。足りたんだしよお。迷惑かけたは悪いと思ってるしよお。それに、オデ達、どうせこの金使えねえかったし」

「地上に来たら、バイトしてなんか買ってあげるね」

「気にすんなよお」

「グッキュ」

 Jにも払わせるしよお、そう言ってロンはケケケッ、と笑った。

 3人はその後、楽しくウィンドウショッピングをし、余ったお金でうどんを食べた。

 紅穂はその間、ルベライトの入った筒を、胸元にずっと握り閉めていた。


 

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