第七章 赤丸急上昇 ③
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「するってえと、あれか。要は藍姫がおかしくなっちまって、おめえらもおかしな姿になるは、そこのお嬢ちゃんのおじいちゃんも拉致されるは、挙句の果てに、更におかしなことが、やべえことが起きるっつう話か」
達磨さんが脇息にもたれかけると、ミシリ、と音がした。
話の大まかな流れ自体は、ベルウェール伯爵にしたのと変わらない。
アースウィンドでの出来事が追加されただけだ。
「そうなんです。それで、ベルウェール伯爵に協力を求めたわけですが…」
「銀狐も何か企んでるんじゃねえか、そう思った訳だな?」
「ええ」
「それは、当たりかも知れませんね…」
部屋の灯りが蝋燭に頼っているせいか、座高の高い堀切川の顔の部分は仄暗く、季節と部屋の雰囲気、語尾を曖昧にする話し方のせいで、何だか怪談でもしている気にさせる。
「というと?」
Jが聞いた。
「さっき、堀切川に言ったんですけどね。天上界隈はエライ騒ぎになってるんすよ。青は元より、銀、黄色、緑に茶色」
途中から参加した班目が、指折りつつ答える。
「ざっと5創家が探索機を飛ばしてますぜ。旦那、人気者です」
「それはどうも」
「おおう!そうなると、俄然おめえらの話に信憑性が増して来るな!ええ!おい!茉莉花、おめえどう思うよ?!」
「そうですねえ。そうなりますねえ。まず、青の皆さんが七川目の旦那達を探すのは、そりゃまあ必然、ちゃあ必然、何でしょうけど、言っちまえばこんな姿にしちまった訳で、この姿で何をどうこう、ってなりますよねえ。それに加えて、狐共、根の連中、それに日和見の茶色。まあ、青の腰巾着の緑はともかく、普段バチバチの連中がみんな仲良くってなると、相当きな臭い何かがあるって、宣伝して回ってるようなもんですねえ」
茉莉花が考え考え発言した。
「それなんだけどよお」
茉莉花の発言を受けて、ロンが言った。
「Jとも話したんだけどよお。青の一族がオデらを探してるのは間違いねえよお。青と、銀狐が繋がってるのも、さっき話した通り、間違いねえよお。緑は、青の命令で動いてるのも、間違いねえと思うよお。でもよお、根の民の龍は違うと思うんよお日和見の茶色も、どっちかっていうと、黄色よりだと思うよお」
「おおう!龍か、龍黄弦か!まあ、そうだろうな!あいつは、青と銀とつるむ理由がねえ!」
「そうなんよお。むしろ、隙を見てぶっ潰すぐらいの連中だろう?今の創家筆頭だしよお。青の利益になることに協力するはずがねえよお」
ロンが言うと、堀切川が頷く。
「確かに…今の龍黄弦は5番目のはず…5人いる龍の中でも、一番の野心家だと聞く…」
「えっ?龍黄弦って5人居るの?」
驚く茉莉花。
「お、何だ百石。おめえ知らねえのかよ?根の民の創家は五芒星占いだか何だか使って、5人の龍で持ち回りなんだぜ?」
「ほええ。知らなかった。歴史はウチにはちょっと難しくてさ」
「なんだ。なら数学ならいけんのか?」
「いやいやいや、頭使うのはお前たち二人の仕事だろうに」
「使えねえ~ケケケケケッ」
「なんだ~、ロン、おまえも同じようなもんだろうによ!」
「グッキュ~」
「やかましい!お前ら静かにしろい!」
班目の一喝で、その場が鎮まる。
「おおう!そうすっとよ。青、銀、緑対、黄色、茶色で分かれてお前らを探してる中で、これからどうすっか、ってことだな?七川目は何か考えがあるんだろ?」
「はい、それで恥を忍んでお願いに来たんですが…」
Jの言い振りを、達磨さんが大仰に手を振って打ち消す。
「やめろい!まだるっこしいのは無しだ!今までの話で大事だっつうのは百も承知よ。おめえらが嘘吐く理由もねえ。いいから言ってみろい!」
「はい。では、遠慮なく。どうか、我々を、青の一族が居城、ブルーフォレストまで送って頂きたい」
そう言って、Jは正座したまま深々と頭を下げた。
それを見て、ロンとウィルも慌てて頭を下げる。
「叔父貴、頼むよお」
「グッキュ~」
「あっしにも、まだ事情が完全に理解できたわけではないんですがね」
そう言って、何故か班目も頭を下げた。
「ふううむ」
達磨さんが脇息から身を起こし、腕組みすると、鼻から息を吐いた。
「親方…」
堀切川が不安げな声を出す。
「行ってどうなるか、ウチにも分かんないけどね」
なんと、茉莉花は胡坐を崩して正座すると、綺麗に手を着いて頭を下げた。
「おめえらよ。どういう方法でもって行ってもよ。俺たち水神が手を貸したっつうのは、バレちまう、それは分かってんだろうな?その上で言ってんだよな?下手すりゃあれだ、いくら海で無敵の俺たちだって、干されちまう」
「無理を承知でお願いしております。ご迷惑をお掛けしないとは、言えないお願いです」
「おおう!迷惑よ!大いに迷惑よ!」
「無理ですか?」
「ば・か・や・ろ・う!」
「?」
Jが怪訝そうに頭を上げる。
「迷惑だっつうんだよ!頭下げるなんてよ!もっと普通に言えばいいじゃねえか!水臭え!ああ、嫌だ嫌だ!湿っぽい!誰が断るかよ!おめえらの、俺の部下たちのお願いをよお!嬉しいくらいだぜ!そんな姿になってまで、苦労した連中に頼られてよお!」
「では?」
「出羽も奥羽も陸前高砂もあるかい!水神が付いてんだ!俺たちに物頼んだらよ!大船に乗るっつうのが創家の常識よ!なあ、嬢ちゃん!そう思わねえか?!」
見れば達磨さんの目はなんだかウルウルしている。
訳も分からず、紅穂もグッ、と来てしまい、黙ったまま何度も頷いた。
「ありがとうございます!」
Jが再度頭を下げた。心なしか、声が震えている。
いつも冷静で強気なJが頭を下げているのを見るのは、何だか泣けた。
ロン、ウィルの背中がプルプルしている。
「やめろい!もういいだろ!なんだか俺が悪いことしてるみてえじゃねえか!頭あげろよ!気が変わっても知らねえぞ!」
何だか、見かけは非常に怖いが、ホントはとっても情に厚い、いい人だと言うのが、はっきり分かった。
各自、頭を上げる。
「よし!仕切り直しだ!二度と湿っぽい空気出すなよ!俺は湿っぽいのが一番苦手なんだよ!見ろ、そこの嬢ちゃんを!さっきから毅然としてやがる!分かってんだよ!大したもんだ!じいちゃん譲りだな!」
本当は展開に着いて行けなくて固まってただけだが、急に褒められたので照れる。それにしても、なんでおじいちゃん?
「はい。ブルーフォレストに侵入して、御前に辿り着き、藍姫に再生を訴えます」
さすがのJ。すでにいつもと変わらない。
「それはよお。前もやったんだろう?」
達磨さんは懐疑的だ。
「はい。しかし、前回はまだ、覚悟が足りなかった。今回は自分達の姿を堂々とさらし、青の一族の良心に訴えます。更に、城から持ち出した神魔器も質に使います。そして、勝手ながら、親方の威光も借ります」
「なるほどな。でもよ、七川目。甘えと思うよ」
「…」
「おめえの気持ちは分かるがよ。世の中、そんな風におめえの気持ちに応えてくれるやつらばっかりじゃねえよ。地上を見て見な。何かがおかしい、何か変えなきゃなんねえ、そう思ってる人間もいることは居るけどよ。結局はみんな我が身可愛さよ」
「しかし…私には正攻法しか思いつかないんです」
「おめえ、良い奴だな。ウチの連中が大切にするだけのことはある。まあ、聞け。実は、の話がある」
紅穂達は顔を見合わせた。
「さっきおめえ達が頭下げて畳と睨めっこしてる時にお嬢ちゃん見て思い出したのよ。俺は嬢ちゃんのじいちゃんを見たのよ。3か月前に、ブルーフォレストでな」
「行かれたのですか?」
「おおよ。行ったのよ。俺だって一応は創家の端くれだ。権力だ何だってえのに興味はないが、地上の混乱ぶりは流石に気になる。最近おかしいじゃねえか。こんな事ってあるかってぐれえ、不幸が多過ぎる。天災人災。何かがおかしい。今の創家筆頭は根の民だからよ。青も誘って、もっとなんとかならねえのか、って一発申し入れしてやろうと思ってよ。ついでに、青の一族の管区もなんだかひでえから、そこも一発ビシッと言ってやろうと思ってよ」
「それで?」
「行ったはいいが、待たされる待たされる。危うく暴れちまう所だったよ。班目のつまんねえ話聞いて時間潰したんだがよ。もう待てねえ、帰る。そういった矢先に現れたのよ」
「藍姫がですか?」
「違うのよ。なんつったか、あのぼんやりした男と、いけ好かない小男。なあ、班目」
「五島青山と、家令の五島田丸っすね」
「ああ、あのおっさんかよお。じゃあ話になんねえ」
ロンが呆れたように呟く。
「おうよ!通じねえ通じねえ!藍姫に合わせろってんのに、今忙しいの一点張り。御用は私共で、って言うからよお!馬鹿野郎!創家が創家に話あんだって言ってんだろ!ってぶちかましてやったのよ」
「実際はもっといろいろ言ってましたがね」
キシシシシ、と班目が補足。
「そうしたら態度が変わってな」
何を言ったんだろう。
「しばしお待ちを、なんて話で待ったのよ」
「待ちましたねえ」
「班目、あれでお前一年分話したな。一年黙ってろよ」
「そんな殺生な」
「親方、続き!」
茉莉花が強い口調で言う。
「おお。それで、藍姫が来てよ。黙って座るもんだから、拍子抜けしちまったんだが、来た要件を伝えたのよ。地上にもっといい意味で介入しろよ、と」
「藍姫の様子はどうでしたか?」
Jが聞く。
達磨さんは、みっしりとした両腕を胸元で組みなおし、顎をさすった。
「どうもこうもよ。相変わらずめんこい子だったがよ。あれか、再生して間がねえのか?」
「10年ほど」
「ううん。なんつうか、ありゃ藍姫であって藍姫じゃねえな。前はよお、水神の水神の、親方親方、って慕ってくれてよ。こっちも、姫姫言って可愛がってたもんだけどよ。何言ってもニコリともしねえ。返事もしねえ。かと言って、木偶の坊でもなさそうだしよ。話は理解してんだろうけど、鼻から聞く気がねえ、そんな感じよ。家令のなんとかは、前からそんな感じで腹が立つ奴だったが、藍姫は、ありゃあ何かおかしいな」
「青山はどうでした?」
「青山?あの呆けた野郎は、或る意味いつも通り、存在感はねえが…そうだな、お調子者らしからぬ暗い顔で下向いてたな」
「やはり…」
「やはりって?」
茉莉花が聞くと、Jは頭を振った。
「後で話す。その後、どうされたのですか?」
「おおよ。恥ずかしい話、この
「こちとらびっくりですよ。話の途中で、出された茶も菓子にも手を付けずに、帰る、っつうんですから」と班目。
「だっておめえよ。なあ、七川目。おめえ達なら何となく分かんだろ?」
「分かります」
「すげえ分かるよお」
「グッ」
3人とも力強く同意する。
「あの…」
4人の連帯感に入って行くのもどうかと思ったが、紅穂は勇気を出して聞いた。
「それで、おじいちゃんとは?」
「おおよ!済まねえ!おじいちゃんとはよ、その後よ。無駄に豪華な応接室を出た後、空港に向かう直通ポッドを待ってる時によ、ポッド乗り場で七川目達の部下のなんちゃら言う貧相な奴がよ、集団で歩いて来たのよ」
「神室川」班目が補足する。
「まあ、その貧相な奴の後ろで、偉い顔色の悪い男が2、3人、青の武官連中に囲まれるようにして歩いてたんだがよ。その内の一人だけ、顔色は悪いが、やけに堂々としてる男が居てよ。そいつに、何となく似てんだな。お嬢ちゃんが」
「あの、その人って、白髪で、眼鏡かけてて、目つきの鋭い感じの?」
「おおよ。お嬢ちゃんの方が、目が大きいかな。後は、優しい顔つきだ。でもよ。口元から顎にかけて血の繋がりは感じるぜ」
「おじいちゃんだ…」
思わずホッとして目の下が熱くなる。
やっぱり生きてたんだ。
「その後は知らねえよ。事情を分かってれば一暴れしてやったかもしんねえけどよ。こちとら虚仮にされた気分で、腹ン中煮えくり返ってたからよ。でもよ、それ以上に、不気味だったのよ。話の通じねえ、藍姫やら青の幹部連中やら、一応は創家が通る道で、罪人運ぶみてえに人を連れまわしてんのなんかがよ。それより七川目。おめえさっき何か言いかけてなかったか?」
「あ、ええ。しかし…一晩時間を下さい。今は上手く話せない」
「そうか。なら続けていいか?」
「はい。お願いします」
達磨さんは、目の前にある大きな湯呑をガッ、と掴んでグッと飲み干す。
みな、喉が渇いていたのだろう。目の前の湯呑に手を伸ばす。紅穂も湯呑を傾けて、温い煎茶を飲んだ。
「それでよ。帰ってから考えた。うんと考えた。な、班目、堀切川」
「そうっすね」
「そうですな…」
班目、堀切川が深く頷く。
「それでよ。やるしかねえ、そう思ってよ。声かけたのよ」
「他の、創家にですか?」
Jが聞くと、達磨さんにして水神の親方、百目鬼檀衛門は嬉しそうにニヤリとした。
「おめえ!さすがに話が早えな!欲しいな!ウチによ!そうだよ。その通り。東南アジア管区の2家、中国の北と西の2家、オーストラリアの1家に日本の南の1家。どいつもこいつも有力創家に煮え湯を飲まされてる連中よ。それでも、ついた差はそんな簡単に埋まんねえ。従うのは屈辱だが、どうしようもねえ。そんな連中に話持ちかけたのよ。一緒に、青の連中と黄色の連中をギャフンと言わせねえか?ってな」
「すげえな叔父貴!やる気まんまんだなあ」
ロンが感嘆の声を出す。
「おおう!もっと褒めろよ!俺はやるときはやる男よ!まあ、それは話半分、ほんとはよ。やべえやべえ言われつつも今まで何とかなって来たが、ほんとにやべえことが起きんじゃねえかって、そんな気に駆られちまってな」
「グルッキュ~」
「そうだろ?それで腹割ってこっそり話してまわったのよ。弱小創家の連中とよ」
「それで、守備はどうでした?」
「まとまった!連判状取った!」
「さすが!水神の親方!」
「まあ、連判なんつっても、打算半分だろうけどよ。あとは日程の調整をして、青、黄色と、直談判に行く手筈になってんのよ。一筋縄ではいかないだろうけどよ。騒ぎになれば、他のエリアの創家の目も引く。月での会議の議題にも出るだろうと、そういう狙いよ!」
「そこまで話が進んでいたとは…驚きです」
「あほう!おめえ、おめえらだけが世を憂いてるなんて思うなよ!俺たちだって、それなりに考えてんだ!協力よ、協力。世の中義理人情と助け合いよ!まあ、そんなこんなして、いつぶちかましてやろうか、って矢先におめえらだよ!驚いたね、まったく!やつらにぶちかますのに、これ以上はねえ生き証人だ!」
檀衛門は言った。
Jが頷く。
「それでは、そのぶちかましに、我々も同伴させていただける、そういうことですね」
「おおう!来てもらうよ!どのみちおめえらも元の姿に戻りてえだろ?」
「プリティに戻りてえ」
「グッキュグッキュ!」
ロン、ウィルが激しく同意。
「よし!それじゃあ詳しくは明日だ!後は酒飲むぞ!」
檀衛門はそう言って、豪快にガハハと笑うと、膝をパシンと力強く打った。
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