第七章 赤丸急上昇 ②
3
潜水艦八郎太郎は、水神の衆の本拠地、「龍の洞穴」に到着した。
ドック内の排水が済み、班目に連れられてハッチを上り、表に出る。
勝手に竜宮城を想像していたが、そこは、スターウォーズで見た、飛行機の発着場のような場所だった。
班目同様、濃い赤色の制服や、ユニフォーム姿の人々が、広いドック内で作業していた。
「おっす!」
飛行機を降りるときに使われるような階段を使って潜水艦から降りると、赤髪ロングのお姉さんがえぐいほど引き締まったウエストに右手を当て、空いた左手を挙げて挨拶してきた。
「おおっす!」
ロンが同じように片手を挙げて挨拶。
「なんだおめえ、随分小さくなったなあ!ハイタッチできねえじゃん!でもあれだな、ノリ的にはおめえがロンだな?」
言いながら、挙げた手を降ろし、腰をかがめてロンの右手を叩いた。
「んだよお。久しぶりだなあ、
「久しぶりっちゃあ久しぶりなんだろうけどよ。なんだ、その、その格好だとピンと来ねえな。七川目の旦那も光ちゃんもよ」
「久しぶりだな、百石」
「グッキュ~」
Jとウィルも、百石と呼ばれる女性と握手する。
「それと…初めましてお嬢さん。あたしは、水神の探索組のサブで
茉莉花はそう言って、紅穂に右手を差しだした。
「紅穂です。壬生沢紅穂。よろしく」
「ベニホちゃんか。どういう字書くんだい?」
「紅は、クレナイで、穂は、稲穂の穂です」
「可愛いね。名前も顔も」
ダイレクトに褒められて、紅穂は真っ赤になる。
「そんな。百石さんは、どういう漢字なんですか?」
「うち?うちはこれ」
そう言って胸元のプレートを指さした。
「ひゃく、いし…」
「そう。百石でモモイシ。マリカ、と書いて、マツリカ。さっき、ロンのやつ、マツリとか呼んでやがったけど、それ本名じゃないから。奴しか呼ばない」
「そうなんだ。素敵な名前ですね」
「そうかい?初めていわれたよ。地上人は礼儀正しいね!」
「百石、そろそろ…」
「おっ、班目隊長お疲れさんです!いつの間にいたんですか?」
「お前…最初から居るよ。挨拶は後でゆっくり。着いたら早く親方んところ行かねえと、またどやされんぞ」
「やっべ。そうだな。では皆さん、うちに付いて来てください!」
言うと、すらりとした脚で歩き出した。
4
潜水艦ドックから抜ける通路は、円筒状の透明なチューブで、100メートルほど先で大きな建物に繋がっていた。
聞けば、真ん中の建物(「甲羅、と呼んでいるんだ」茉莉花が教えてくれた)に向かっていくつものドックが繋がっているらしい。
夜の海であいにく視界は暗いが、チューブの中とは言え、仄かに光る水中を歩くのは、神秘的で楽しい体験だった。
先頭を行く百石茉莉花は、どちらかと言うと低めの声で、良く話してくれた。
茉莉花とは、ジャスミンの花のことで、コードネームを「J」にしようと思ったのに、すでに「青の一族」に「J」が居て、萎えたこと。
探索に出て、よくJ達「青の一族」のチームと鉢合わせに会い、喧嘩もしたが、気づいたら仲良くなっていたこと。
聞きながら、紅穂は茉莉花の容姿を眺めていた。
口調は乱暴だが、顔立ちはキレイの一言。紅穂が憧れる、尖った顎と、引き締まったウエスト。軍服の上からでははっきりとは言えないが、胸もそこそこありそうな。時折合わせる視線の度に、「目、デカッ」と思う。ゆるふわしたパーマのかかった長く、赤い髪。班目や、男性陣の軍服と違い、ズボンは膝丈より少し上までで、そこから先は、黒いストッキングに覆われた細い足が伸びている。
なんだか急に短パンの自分が変に思えて、もじもじした。
思い切って、Jに耳打ちしてみる。Jが耳をピクピク動かすと言った。
「百石君。紅穂に着替えをお願いできないかな?」
「着替え?うーん。いいけど、あんまりおしゃれなもんはないよ?うちの親方、無粋でさ。基本、軍服しか用意してくんないのよ」
「あっ、いいですいいです。なんでも、はい」
「そう?悪いね。じゃあ、親方と会ってる間に探しとくよ。どうせ今日は泊まりだろ?」
チューブを抜け、甲羅に入る。
真ん中まで来て、エレベーターに乗った。
更に降りるらしい。
茉莉花の話は続く。
「それでさ。さっきの班目と、もう一人、今から行く親方の部屋に居ると思うけど、堀切川ってのがさ、七川目の旦那には頭が上がんないのよ。うちらの組が見つけた神魔器を地上でうっかり盗まれた時もそうだし、いくつか泣き入れて譲ってもらったりとかさ。堀切川なんて図体デカいから目立って地上の警察に捕まった時あってさ。あん時はロンと佐々堂の光ちゃんに助けてもらったんだよ、確か。ほら、光ちゃんハッキングとか半端ないから、はい、着いた」
夢中になって聞いていた紅穂だったが、気づけばエレベーターは、停止していた。
「ここが甲羅の最下層。つまり、うちらの親方の専用室」
エレベーターの扉が開く。
そこは、海底にあるとは思えないほど広々とした部屋で、スカイツリーの展望台を思わせる空間だった。
360度、ガラス張りで(実際には、スクリーンに投影されているだけで、壁らしいと後で聞いた)円形の壁の内側、一回り小さい半径で、円状にカウンターがいくつも並んでいる。部屋のど真ん中、エレベーター正面奥には、壁があり、そこには2枚の開き戸が付いていて、今は開けっ放しになっている。
茉莉花が戸に向かってスタスタと歩みを進めた。
J達も続く。
戸口を抜けると、そこは正方形の部屋だった。部屋の素材感は木。窓の部分は冊子ではなく、和紙を貼った襖の様。
紅穂は何となく、お寺を思い出した。
戸を抜けて右側に茉莉花が進む。
全員が入り切ると、その先には大きなちゃぶ台が置いてあり、ちゃぶ台の向こうには大きな置物。
ちゃぶ台が置いてある畳が、床から一段高いのもあって、置物というよりははっきり仏像の様にも見えた。
仏像は、背中を向いているようだ。
赤い着物を着ている。
着物の背中には、白い菱形が四つ、菱形に配置されている。
仏像から左に少し離れた所に、立った仏像(立像)が有った。
こちらは、班目が来ていたような赤い軍服姿だが、サイズ感が二回りは違った。
頭が天井に着きそうだ。
「親方」
茉莉花が座っている方の仏像に話しかけると、その背中がピクリと動いた。
置物じゃなかった。
仏像は座ったままで器用にクルリと回転すると、紅穂達に向かい合った。
「おおう!」
野太い声が部屋いっぱいに響いた。
豪快にはだけた胸元。
剃っているとしか思えない、禿げ頭。
一転して豊富な黒髭。
福福した頬にぎょろりとした眼。
あれだ、達磨だ。達磨そのものだ。
「おおう!」
達磨様はもう一度吼えた。
「ご無沙汰しております。水神の親方」
Jが挨拶する。
「おおう!」
「ご無沙汰しておりますな、七川目殿」
達磨様の横に直立不動の立像が低い声を発した。
「おお、堀切川君。元気だったかい?」
「やつがれは無論。それよりも…」
Jと堀切川の挨拶に、達磨さんが割り込む。
「おおう!おめえら、どうしちまった、その姿はよお!」
「そのことでお話がございまして」
「おおう!班目からちょっくら聞いたがよお!あいつの話はよく分かんねえのよ!」
「お聞きいただけますか?」
「当たり前よ!」
「しかし、聞けばご迷惑に思うかもしれませんが…」
「おおう!おおう!おおう!水臭え!おめえらここに顔出してる時は、露ともそんなこと言わねえから、おれも初めて知ったがよお!聞けばうちの連中が随分と世話になってたらしいじゃねえか!なんでもっと早く訪ねてこねえのよ!」
「申し訳ございません」
「おおう!良いってことよ!」
今度はJと達磨さんのやり取りに、堀切川が滑り込む。
「親方、まずはお座りいただいて…」
「おおう!堀切川、おめえ良いこと言うな。座れ!まず座れ!酒か?酒飲むか?」
「いや、それは後でもよろしいでしょうか?出来ればお話の後で…」
「そうか?そうだな!」
「叔父貴、久しぶり~」
「ん?なんだこのへんちくりんは?おれを叔父貴と呼ぶか?ってことは、おめ、ロンか?!」
「あだり~」
「キュ~」
「ああ~?!更にちんまりしたのが出て来たぞ?!待てよ待てよ~!七川目、ロン、と来たら、おめえ光だな?!」
「グルッキュ~」
「いやあ、班目から聞いてよ!手配書も見してもらったがよ!なんだ、おめえら…そんな格好になっちまってよ…」
「親方、もう一人お客人だよ!」
なんだか急にしんみりとした水神の親方に紹介するべく、茉莉花が紅穂の背中を押した。
「ん~?お嬢ちゃん?これは…ちょっと分かんねんなあ…会ったことあるような無いような…堀切、おめえ分かるか?」
「いえ…手配も…されておりませんな…」
「参った!降参だ降参!」
「いえ、高二です」
「んん?」
「あ、いえ、冗談です…」
「紅穂、寒い、さみいよお」
「ロン!うるさい!」
アホなやり取りを見かねて茉莉花が割って入った。
「親方。こちらの嬢ちゃんは、青のエリアの科学者のお孫さんだって話ですよ。ほら、自己紹介」
促されて紅穂は一歩前に出て手を差し出した。
「壬生沢紅穂です。高校生です」
「おおう!そうかそうか!高校生か!そんで、その、科学者のお孫さんが何だってこんな辺鄙な所に?ん?待てよ?てことは、あれか、地上人か?地上人の女子高生か?!こりゃ驚いた!」
紅穂の手を大きな手で握り返して上下に振りつつ、達磨さんが言うと、Jが答えた。
「これからするお話で、少しは理解していただけるかと思います」
「おおう。聞こうか。堀切、茶。あと、班目も早く来るように言えよ」
「はっ…」
一同、ちゃぶ台の周りの座布団に各々座り、Jが話し始めた。
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