第五章 電撃作戦
紅穂…明日だけは必ず毎日来るんだから!
壬生沢英智…昨日も必ずあるはずだ
1
「エマージェンシー、エマージェンシー。飛行体が迫っています。エマージェンシー、エマージェンシー…」
騒がしい警戒音の割りに、冷静で無機質な女性の声が、ファウンデーションに響き渡る。
「ウィル!識別できるか?!」
「グルッキュ。2編隊ッキュ。20機ッキュ~」
スクリーン上では、時計の3時の方向からと、7時の方向に、光点の塊が映し出されている。3時方向は青。7時方向は黄色だ。
「予想外だな」
「んだね」
「なにが?」
「識別信号の青は俺たち青の一族の飛行艇だ。これは予想通り。黄色は…」
「根の一族だなあ」
「やつらも地上の動きを追ってたと見える」
「まあ、派手にジェットボールぶっ放したしなあ。んにしても、5年も執念深いやつらだなあ」
「グッキュ~」
「いや、これはいい兆候かも知れん。それだけ必死にヒュプノクラウンを必要としている、ってことだろう。創家選も近い。案外、ヒュプノクラウンが焦点なのかもしれん。地上人に気付かれるのを恐れず、壬生沢教授を拉致したのも然り」
「んだっけ?」
「ああ。とりあえず手筈通り行こう!ウィル、連中どのくらいで到着する?ざっとでいい」
「30プッキュ」
「オッケー。それだけあれば十分だ!格納庫だ、行こう紅穂!」
「うん!でも、準備は?」
「大丈夫。君が寝ている間に全て済んでるよ」
そう言って力強く頷くJに、紅穂は頷き返す。
やるっきゃない。話が完全に飲み込めた訳じではないが、訳も分からずテンションが上がる。
さっ、トテトテ、チャッチャッ、タタタ。四者四様の歩みで格納庫へ進む。
会議室を出て青色の廊下を真っすぐ。突き当りで扉が開きっぱなしの小部屋に入る。
小部屋の証明が自動的に点き、同時にけっこうな勢いで下降を始めた。
目の前に次々に廊下が現れては、上に消えて行く。
タワーオブテラーみたい、一瞬そう思った。
シュウウウウ。空気が圧縮される音がして、下降が止まった。
そこは、まさに格納庫だった。
昔、おじいちゃんと父親に連れていかれた青森の航空祭で見たことがある。
F―16?F―35?
どれがどれとは分からないが、あの時見た様々な戦闘機が、ずらっと20機ばかり並んでいる。
「あれだ!」
駆け足で先頭を切りながらJが指さす。
それは、戦闘機の中でも異質な、三角形をしていた。
金属的な輝きがない。噂に聞く、マット仕様?と言おうと思ったが、ロンに馬鹿にされるのが嫌なので言わなかった。
三角の薄墨色の乗り物は、後ろが口の様に開いて、スロープが地面に着いている。
紅穂は、Jの後に続いて乗り込んだ。紅穂の後にロン、そしてウィルの順。
ウィルが乗り込むと、ロンが待っていたようにスロープの上がり切った場所の左側にある壁のスイッチを押すと、スロープが地面から離れ、乗り物の後ろは完全に閉まった。
「ウィル!」
三角形の頂点にある操縦席に座りながらJが叫ぶと、ウィルは何も言わずに二等辺三角形の右の辺、真ん中にある席の肘掛に腰かけ、肘掛についたコンソールのタッチパネルを小さな手で押してまわる。
「あ、わたしは?」
「ウィルと反対側の椅子に座るといいよお」
ロンが、Jの右隣に座りながら答える。
「グッキュ~。準備スピクアル~」
ウィルが言うと、Jが頷いた。
「よし」
Jが素早く目の前の機器と手元の機器を操作する。一瞬にして運転席の正面が明るくなり、格納庫内が現れた。
紅穂は、窓が開いたのかと思ったが、よく見ると、それは映像の様だった。
さらに驚いたのは、他の戦闘機が、次々に上昇している。
「えっ?なんで他の飛行機が飛んでるの?」
「えっ?ああ、陽動作戦だ。ウィルが飛ばしてるんだ。そういう風にプログラムしたんだ」
「そうなん?ウィルすごいじゃん!」
「グッキュ~」
「Jよお。どのタイミングで爆破すればいいんよお?」
「そうだな…無人の戦闘機を追って四散した後、何機かはファウンデーションを調べようとするはずだ。頃合いを見て爆破スイッチを押してくれ」
「りょうか~い」
「ええっ!?壊しちゃうの、ここ?」
「ああ。そうだ」
「なんでまた。勿体無い」
「それはよう。念のため、神魔器がここにないか、適度に壊して奴らが瓦礫を調べる時間をちゅくるため、だよお」
「そうだ。俺たちの狙いが分からないように、時間を稼ぎたい」
「その間にブルーフォレスト、だっけ?に乗り込むと。大丈夫?撃たれたりしない?」
「大丈夫。連中がヒュプノクラウンごと灰にしようと思っていれば話は別だがね。さあおしゃべりはお仕舞だ、紅穂、シートベルトをしてしっかり掴まっててくれ。飛ばすぞ!」
「了~か~い!」
右手で敬礼する。
Jがそれを見てニヤリと歯茎を見せて笑い、一度頷いた。
ウィィィィィンというダイソンの掃除機のスイッチを入れたような音と共に、機体が浮かび上がった。
そこから先は、あっという間だった。
Jが操縦桿を手前に引くと同時に機体が浮き上がり、瞬く間に先に上がった数機を追い越していく。
「手荒くいくぞ!」
すでに十分荒い気もする。紅穂は手間取っていたシートベルトをカチリと嵌めて、肘掛をしっかり掴んだ。
三角形がエレベーターよろしく上昇し、上から差し込む光が強くなった。
うわっ、眩しい。
随分時間を過ごしたつもりだったが、スクリーンの中では、まだ夏の太陽が輝いていた。
2時?3時?気になったが、ショートパンツのポケットにあるスマホを探る余裕はない。
「いやっほう!」
ロンが叫ぶ。
機体が完全に基地の外に出ると、正面スクリーンの視界180度に、空と海が広がった。
ついでに、遠くきらめく数体の飛行隊。
よくは分からないが、先に上がった無人機と、ダンスを踊るように入り乱れているようだ。
Jが操縦桿を勢いよく前に倒し、すぐに右に倒した。
「きゃあああああ!」
スペースマウンテンの感覚。
そこまで体に加速を感じる訳じゃないが、スクリーンの映像が変わるとどうしても体が釣られてしまう。
どっちかっていうとスターツアーズ?
前方から光の球が複数飛んでくる。
「ちょっとおぉ!」
正面から来る光弾に思わず叫ぶ。
Jは左に急旋回して球を避けた。
「Jの嘘つき!撃たれないって言ったじゃん!」
「ああ。言葉が足りなかった。撃墜はされない、実弾は打たれない、って意味で、攻撃されない訳じゃない」
「ええっ!ヤバいじゃん!攻撃って!当たったらどうすんのよ!」
「ホレ。見れ」
Jが器用に光の球をかいくぐる中、一見何もしてないようなロンが、鼻でスクリーンの右手を差した。見ると、無人機だろうか。格納庫で見た飛行機が、くるくると横回転しながら落ちていき、水面にそのまま落ちた。
「ああ。落ちちゃってんじゃん」
「そうだよお。あの球に当たったら、一時的に機器がマヒして、ゆっくり落ちる。溺れない限り、死にはしないけどなあ」
見ると、落ちた機体の辺りにはすでに船が群がっている。
「ええ!じゃあ攻撃されら掴まんじゃん」
「当たればねっ!」
そう言ってJが右に機体を回転させる。
「止めてええええ!」
「あんま喋ると舌噛むよお」
「グッキュ~」
「だって…」
今度は機体が急上昇。
「いやああああ!」
これはあれだ。レイジングスピリッツだ。
「大丈夫だってえ。大船に乗ったつもりでいてけろよお。Jの腕前はピカイチなんだってばよお。それによお」
「何よお?」
「このPSF―72自体、神魔器だからよお。バリアがあるから2、30発じゃ何ともねえよお。それによお、当たりそうになると勝手に避けんだよお」
「うわっ!何それ!反則じゃん!」
「反則って言われてもよお…」
「神魔器~ペルトロ~」
まあ確かに。反則だろうが何だろうが、逃げ切れればそれでいい。
「なあJよお。そろそろオデも撃っていい?」
ロンが横で操縦桿を巧みに動かしているJを見て言った。
「うん?エネルギーは…9割方か…」
「なあなああ」
「ウィル。アースウィンドまでの飛行エネルギーを引いて何発行けると思う?」
「100ッキュ」
「ええ?100発っぽっちかよお。ケチ~」
「文句言うな。このままブーストかけてもいいんだぞ」
「分かったよお。でも半分ぐらい駄目にしといた方が楽だべよお」
「まあな。よし、5、6機落としたら逃げにかかるぞ」
「オッケエ~」
「グッキョ」
敵の飛行機は(いわゆる普通の戦闘機に見える)無人機を追い回している。
その内の2機がスクリーン左手で旋回し、こちらに向かってきた。
Jは機体を左に滑らせて弾幕を避けつつ、相手の射撃が一段落した瞬間、右上に上昇。
2機の上ギリギリをすれ違うとクルリと一回転して相手の後ろに機体を付けた。
「落ちれエ!」
ロンが操縦桿を左右に振りながら上のボタンを押すと、光が真っすぐの線になって前方右手の敵、ついで左手の敵に順に突き刺さる。
追っ手の飛行隊は、爆発せず、錐揉みするように画面の下に消えて行った。
「いやっほう!」
「グッキュ~」
「やるじゃん!ロン!」
「次、右手の3機を時間差でやるぞ」
「オッケエ~」
見るとスクリーン右手に、3機の機体。
手前の1機は500円大で、残りの2機は豆粒大。
前方の1機が、目の前で、無人機を撃ち落とした。
すぐに上昇して、スクリーンの上方に逃げようとする。
「遅いよお」
ピカッ、ピカッ、と二筋の光が線となって走り、命中。
「イエエイ!」
ロンは短い手足をばたつかせ、ノリノリである。
「ウィル」
そんなロンを横目にJが冷静にウィルを呼んだ。
「グッキュ?」
「7時の連中はどうなった?」
「7時って、根のなんとか?」
「そう。根の一族。俺たち青の一族とは目下最大のライバル関係さ」
「じゃあ、正面に居るのは?」
こちらに気付いた前方の2機の光弾を急降下、海面すれすれを疾走して避けながらJが答える。
「青の一族。同族だよ。コニーが率いる部隊だろう。大方やつも…」
スクリーン左上に光る光弾を、右手に急旋回して避ける。
「どこかの船で待機しているだろうよ。ウィル!」
二度目の問に、ウィルが顔を上げ、ロンよりも短い手で顔を擦りながら答えた。
「残り2っきゅ~」
「こっちの機体が?」
「ッキュ」
「そうか。ファウンデーションにはまだどの機体も辿り着いていないな?」
「グッキュ~」
「じゃあやってくれ」
「ッキュ」
何のためらいもなく、ウィルが小さい掌で手元のパネルを叩いた瞬間。
ドオオン。
大きな音がした。
Jは、前方から迫る1機と下方ですれ違うと、一気に宙返りする。
一線。光が走り、すれ違った機体に命中。
海面が頭の上に来て、足元に空。逆さになった視界の前方で先ほどまで居たファウンデーションから、火山よろしくモクモクと煙が上がっている。
「よし。離脱するぞ」
「ええ?まだ4機しか落としてないよお」
「前方」
「あっ、いた。落ちれエ!」
ロンがリズムよくタンタンタン、と操縦桿の上部を叩くと、スッ、スッ、スッ、と三筋の光が前方の機体に吸い込まれ、機体は横回転しながら垂直に降りていった。
「やつらが動揺している内に行くぞ」
Jがパチパチ、と手早く頭上のスイッチを入れ、左の肘掛のパネルを開けると中のスイッチを押した。
途端、機体はブルッと一度震え、滑るように加速すると、瞬く間に雲に入り、その場を後にした。
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