第六章 許されざる者 ①

紅穂…信用とか信頼ってホントにあるのか分からなくなってきた

壬生沢英智…人間社会にあるものは、すべて人が作り出したもの


 道すがら、乗ってる三角形の飛行機が、どうも3千年前の物らしいと聞き、驚く。

 間違いなくSランクの代物で、7年前、探索チーム時代にファウンデーションを訪れた際に、基地の近くの裏山で見つけたとか。

 中には操縦方法が書かれた文献があり、それに従って乗り回してみたらしい。

 神魔器の性能としては、攻撃力は並だが、防御力とスピード、隠密性に優れ、ほとんど追尾不可能の優れもの。

 しかし。

 一度エネルギーが切れると1年は使えないという。

 それゆえ、先の大戦でも使用されなかった節がある。それで裏山にぞんざいに隠されていたのだろうと。

 もちろん、神魔器として藍姫に報告しても良かったのだが、その頃にはすでに創家内に緊張感と不穏な気配が走り始めてた上に、そうこうしている内に探索チームから外されたから、他の戦闘機と一緒に格納庫にしまって置いたらしい。

 曰く、飛行機を隠すなら飛行機の中。

 発掘済みの遺跡に入る泥棒は居ない。

 悲しみコニーはかって頻繁に利用されていたファウンデーションを廃墟と決めつけ、目ぼしい物はないと判断したのだろう。そもそも、本当に探索しているかどうかも怪しかった。

 それが、今日の脱出行に繋がっている。

 PSF―72と呼ばれる古代に作られた不思議な飛行機は、気圧も気温もどこへやら音速の7倍を感じさせない安定した飛行で1時間飛んだ後、通常の速度に戻った。

 目指すはオーストラリア大陸の東、太平洋上空に浮かぶ空中宮殿アースウィンド。

 6つあるエリアの内の第三エリア、その内の三大実力者の一人ベルウェール伯爵率いる「銀狐ファミリー」が拠点である。

 創家筆頭選の常連だが、過去はともかくここ100年は、大概三位どまり。であるがゆえに、バチバチと火花を散らす「青の一族」と「根の民」に対して、中立的な立場を取る。

 内実はともあれ、ヒュプノクラウンを持って逃走中であることは、公ではないにしろ、伯爵の耳にも届いているはずだ。

 ことによっては、無理やり罪状を付けて指名手配、見つけ次第引き渡すように連絡が行っている可能性も十分ある、というより、そうだと思って間違いないだろう。

 しかし、或る意味話は早い。

 少なくとも「根の民」の龍黄弦よりは信用できるはずだ。

 Jの作戦は、藍姫がなんらかの再生ミスで人格が変わってしまったことを訴え、藍姫の再生をやり直すことを、ベルウェール伯爵に五島家に申し入れしてもらう、ベルウェール伯爵にその力がなければ、創家筆頭会議の信用できる誰かしらに紹介してもらうこと、だった。

 ふんふん、と紅穂は頷いた。

 相変わらず、言われてる言葉の意味は分かるのだが、その実はよく分かってはいない。

 ましてや、それでおじいちゃんが帰ってくるのかどうか。

 そして、なんやかんや、どのくらいの時間がかかるのか。

 そして、なんでヒュプノクラウンを、紅穂が持ってるように渡されたのか。

「紅穂は質問ばかりだなあ」

 ロンが、例のチューブをチュウチュウしながらのんびり、と言った。

 紅穂もフリーズドライから出来る桃とマンゴーとドラゴンフルーツのケーキをもらって美味しく頂いてはいたが、横で四六時中チュウチュウ吸っているのを見せつけられると、どんだけ美味しいのかと気になる。

 一口欲しいと言ったが「美味しくないし、残り少ないから嫌だよお」と断られた。

 Jとウィルは、ドライフルーツを、方やぽいぽいと口に放り込み、方やカリカリと前歯で齧っている。

「だって。気になるから…」

「まあ、そうだろうな」

 Jが言った。

「教えてくれる?」

「ああ。もちろん」

「Jありがとう」

 紅穂はJに笑顔を向け、ロンに舌を出す。そしてウィルの背中を撫でる。

 フワフワしてて、撫で心地が半端ない。

「グッキュ~」

「どういたしまして。それじゃあまず、壬生沢教授のことだが。壬生沢教授を地上に戻すことも、ベルウェール伯爵に相談するつもりだ。まともな天井人であれば、むやみやたらに地上人を拉致するなんてことを許す訳がない。然るべき筋からの申し入れであれば、すぐにでも解放されるはずだ。次に時間だが、長くて2週間。早ければ1週間以内に交渉は終わるはずだ。紅穂は、伯爵に面会したら、すぐに地上に戻れるように手配しよう」

「ほんと?大丈夫なの?最後まで手伝わなくて」

「ああ。巻き込んで済まない。今日中には帰れるよ」

「ありがとう。実は心配してたんだよね。スマホの充電切れて連絡できないし、おばあちゃん心配してたらどうしようって」

「その点は心配ない」

「えっ、そうなの?」

「グッキュ~」

「グッキュ~って?」

「ウィルの言う通り、もうすでに対処してある」

「ええっ?!いつの間に?」

「言ったべよお。寝てる間に準備は済ましたってよお」

「えええええ?」

「すまない。説明が足りなかったようだ。紅穂が寝ている間に、壬生沢教授の自宅に電話にして、仙台市内の友達の家に遊びに来てることにした」

「ええええええ?お、そんなのよくおばあちゃんが信じたね」

「紅穂の声で電話したっけもんよお」

「はああ。あなたたち、そんなことも出来るの?」

「グッキュ~」

「まあ…付け加えるならば、ある種の催眠効果のある音波を使いもした。素直な人格なら、信じやすい。効き目はもって3日だがな」

「そっか。まあ、それなら1日2日大丈夫、かな?」

「ああ」

「オッケー。ところで、この石はどうすればいいの?」

「ヒュプノクラウンは、紅穂が持っていてくれ」

「いいけど…大丈夫なの?」

「ああ。君が持っているのが一番安全だと思う。俺たちが持っていたら、すぐに何らかの神魔器だと察しが付くだろう。逆に、地上人に大事な神魔器を持たせる発想はないだろうから、もし警備に何か言われても、お守りだとでも言っておけば問題ないはずだ」

「首からぶら下げたらいいと思うよお」

「ああ。それがいいかもしれない。隠さない方が、注意を引かないからな」

「分かった。ちょっと大きいけどね」

 そう言って、高さ5センチほどのピラミッドの底を張り合わせたような紫色に光る石を見つめる。

「それで、使い方だが…」

「ええっ?ちょっ、ちょっと待って。これ使うの?」

「万が一、の場合だ」

「万が一って。だってこれ、使ったら起きないんじゃないの?」

「実は…我々3人は、起こし方を知ってるんだ」

「そうなんだ!なら、まあ、安心か…」

「まあ、安心と言うか、出来るだけ使いたくはないが、実際、アースウィンド内に入ったら、我々は余所者だ。当然、武器の携帯は許されないだろう。そうなってくると、身を守るにはヒュプノクラウンしかない。しかし、それは前にも説明した通り、女性しか使えないんだ。もちろん、紅穂が一緒に行動してくれることは予想外だったから、あくまで万が一、の場合でしかないが」

「なるほど。うん。分かった」

 紅穂は頷いて、ヒュプノクラウンの表面をなぞった。

「あっ!」

「どうした?」

「この石、欠けてる…」

「ああ…それは…」

「オデ、落としちゃったあ」

 ロンが下をべろりと出す。

「ロン…」

 紅穂は呆れてロンを見た。

 ピコリン、ピコリン。

 小さくかわいらしい音がした。

「グルッキュ」

「もう着く。続きはアースウィンドに接舷しながら話そう」

 そう言うと、Jは操縦席を回転させ、スクリーン正面に向き直り着陸を求める通信を始めた。

 正面遠くには、雲に囲まれて、空の海に浮かぶ、島が見えた。

 それは、どこかで昔見た、一服の絵の様だった。


 アースウィンドへの接舷は、拍子抜けするほど簡単だった。

 特に複雑なやり取りもなく、無線を通して紅穂にはよく分からない英語や数字のやり取りをした後、着陸を許可された。

 空中宮殿と言うから、お城だけがポン、と浮いているのかと言うとそうではなく、細長い大きな島がそのまま浮いていて、その端に、お城が立っている感じ。

 無機質なのも着陸した空港のような場所だけで、後は、道路が走り、欧米風の古い街並み、草原や湖が広がっている。

 着陸した機体の傍には迎えが来ていた。

 なるほど、「銀狐ファミリー」。

 迎えの一人数は10人ほど。

 その全員が銀色の軍服を着ている。

 紅穂は緊張してタラップを降りたが、降りた途端に銃を向けられる、なんてことはなかった。

 しかし、残りの3人の姿は、やはり、よくあること、ではないのだろう。

 Jが先頭立って降りた途端、銀色の一団は明らかにぎょっとした顔で一歩下がった。

 しかし、Jが黙って胸元(おそらくは制服を指さしたんだと思う)を親指で指し示すと、お互いに軽く目線を合わせるだけで、すぐに態勢を立て直した。

「どうも…ええっと…」

 銀色たちの先頭に立つ、灰色の髪をした男が、手元のタブレットをスライドさせて口ごもる。

「七川目龍之介だ。訳あってこの姿で失礼する。ベルウェール伯爵にお目通しいただきたい」

「空港警備担当リアム少尉です。伯爵からからは伺っております。御用と言うのはその…」

「この格好から察していただきたい。詳細は伯爵に直接」

「ははあ、なるほど。それで、お連れの方は…」

 人差し指でスライド、スライド。

「宇城隈ロン」

 ロンは、ロオンと延ばして発音した。

「佐々堂ひッキュ~」

「ひっきゅ?」

「ああ、申し訳ない。彼は佐々堂光だ。登録されてるだろう?」

「えっ、ああ、ありました。皆さん青の一族の方ですね…っと、そちらのお嬢さんは?」

「地上人だ」

「えっ?地上人?地上人がなぜ我々のパレスに?」

「それも、出来れば直接伯爵に」

「いや、しかし…天井人のお三方ならともかく、地上人となると…」

「頼む。彼女は大事な客で、これは」再び自らの体を指さす。「重要な案件なんだ」

「ううん。分かりました。いや、分かりませんが、主に確認してみます」

「頼む」

 30代半ばぐらいだろうか(紅穂の感覚では、赤ちゃん、子供、同世代、年上、年寄りの五段階しかないので、大人の男性、という言い方しか思い浮かばない)灰色の髪色の、どこかぼんやりした男は、紅穂達から離れ、コンパクトのような物を取り出すと開いて話しかけた。通信機なのだろう。

 冷たい風が吹いている。夏の風じゃない。オーストラリアの方、って言ってたから、逆の季節、冬、かな。

 風に乗って、通信機越しに会話しているのが聞こえるが、無意味な音が断片で聞こえるだけで、何を話しているかまでは分からない。聞こえても、どのみち分からないだろうけど。

 誰かと通信機越しに会話している人を除いて、銀色の一団は、遠巻きにぶらぶらしながら興味深そうに眼を細めてこちらを見ている。

 ロンとウィルの姿が見えない。

 先ほどまでちょこちょことそこら辺を走り回っていたのだが。

 通信が終わったようだ。

 リアム少尉が、何やら頷きながらこちらに戻って来た。

「許可が取れました。特例ですが、城までご一緒して頂いて結構だということです。もちろん、こちらでセキュリティーチェックを終えてから、ですが」

 Jが頷く。

「いいよお」

「グッキョ」

 タラップの下から声がして、先ほどまで乗っていた飛行機の下から、ロンとウィルが這い出て来た。 

「おい」

 少尉が短く声を掛けると、ぶらぶらしている男たちが、胸ポケットからスマホのような物を取り出し、二人一組で、体の前後ろから写真を撮るようにかざす。

 少尉と余った一人は、腰の棒を握っている。

「クリア」

「こちらもクリア」

 4組の男たちが口々に言った。チェックは終わったようだ。

「よろしい。ではあちらにお乗りください。王宮までご案内致します」

 そう言ってリアム少尉は右手の先にある、銀色の車を指さした。


「ほええ」

 思わず口を吐く驚嘆の声。

 浮いている島なのに、森が有り、山がある。そして、野生動物もそこかしこに居た。遠目には見えていたが、近づくとやはり圧倒される。美しさもしかり、だが、これが雲程の高さに浮いている島であると思うと。

 確かにオーストラリア方面、なのだろう。

 本物かどうか分からないが、コアラ、カンガルー、名前も分からない動物も随分いる。

「お嬢さん、そんなに珍しい?」

 運転はしていないが、運転席にいる(自動運転なのだろう)薄い茶色い髪の男が聞いてきた。

 一瞬、「お嬢さん」にムッとするが、彼ら天井人が再生しているのを思い出して、思い直す。

「わたし、日本から出たことないから」

「日本?ああ、2区のこと?」

「2区?」

「俺たちの呼び方だよお」

 知らない語句に、ロンが助け船を出す。

 そうなんだ、小声でつぶやく。

「ロンさんだっけ?どうしてまた、そんな格好してるんだい?」

 茶髪の男は好奇心旺盛で、話好きの様だ。

 助手席に座る銀髪の男は、一言も話さず、じっとバックミラーを見ている。

「知らねえ。起きたらこうなってたっけよお」

「へえ。オレはまた、青の人達の流行かと思ったよ。最近良い噂きかないけど、そんな変な姿になっちまって、青の人達も大変だね」

 ロンは黙る。

 何となく、好きになれないタイプ。紅穂も確かにロン達の姿は変だとは思うけど、他の人に言われるとなんだか腹が立つ。紅穂は黙って外を見た。

 きらめく湖の上を鳥が飛んでいる。水辺では、子牛大の象のような生き物が2頭連れ立って水を飲んでいた。

「なんだかいいなあ。あそこ、お散歩してみたい」

 紅穂が言うと、茶髪が首を振った。

「無理無理。伯爵に直接連れてこい、って言われてるからね。寄り道はなし。それに…」

「それに?」

「そこのシェパードみたいなのはともかく、子熊ちゃんとワラビーちゃんはお外に出たら、他の動物と見分けつかなくなっちまうからな」

 ははははは。何が可笑しいのか、ムカつく。

「おい。いい加減黙れ。俺たちの仕事は客人を王宮までお連れすることだ。おしゃべりじゃあない」

 それまで黙っていた助手席の男が強めの口調で言った。

「は、はい」

 銀髪の方が階級が上なのか、茶髪は背筋を伸ばす。

 やあい、怒られた。

 ニヤリとしてロンを見ると、ロンもニヤニヤしてるかと思いきや、眉間に皴を寄せている。

「すまない。客人。気を悪くしないでくれ」

 銀髪の男が言うと、Jが頭を振った。

「いや、大丈夫。気にしてない」

「そうか。それならよかった。もうすぐ着く」

 見ると王宮らしき大きなお城は、もうすぐ目と鼻の先だった。


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