第四章 そこにいる者達へ ②

 壬生沢博士は、殊の外乗り気で協力的だった、とJは言った。

 そうだろう。

 おじいちゃんが好きそう(紅穂も)な話だ。

 とはいえ、いかに乗り気であろうが、協力的であろうが、壬生沢教授が天才的であろうが、紅穂が見たことも聞いたこともない特別な道具の仕組みを解明し、その能力を変える、なんてことがそう簡単に上手くいくはずもないのは理解に難しくない。

 見事に「ヒュプノクラウン」の影響範囲を拡大し、めでたく次の創家筆頭は藍姫、とはならなかった。

 藍姫は再生から10年程度、知識はともかく、経験不足から政治力も駆使できず、また、それを支える官僚群も弱かった。

 「青の一族」は追い込まれると驚異的だが、基本的には土壇場に弱く、準備と強力なリーダーシップが必要だで、とはロンの弁。

 結局、その際の創家は政治力と神魔器の物量で上回る、伸張著しい龍黄弦率いる「根の民」に決まった。

 それにより、エリア内でも、必然、中華エリアの発展が飛躍的に伸びた。

 思えば。

 その頃から、藍姫の様子がおかしい、いや挙動不審が徐々に顕著になっていった。

 創家筆頭争いはそっちのけ、天上、地上の運営も疎かに、神魔器の収集と、「ヒュプノクラウン」の研究に人員と経費を集中し始めた。

 それだけならともかく、それまでの印象を裏切るような言動が多く目立つようになった。

 藍姫は透き通るような白い肌と、その名に由来する、朝は水色、昼は青く、夜は紫に輝く、眉までの前髪と、背中の中ほどまである長い髪を持ち、髪の色の変化同様、その美しさは、一日を通して、可憐、聡明、妖艶と姿を変える美少女。憂いを帯びた大きな藍色の瞳と、筆で描いた様な薄い青色の眉は常には真っすぐで、喜・哀・楽によってその角度を変える。小ぶりだが、芯の通った整った鼻筋を持ち、普段は知性を帯びた無表情に近いが、笑うと薄桃色の細い唇がほころび、見る者は春の香りを感じずにはいられない。

 天井人の中でも選ばれた創家の主らしく、気品も気質も申し分ないカリスマの持ち主、であったらしい。

 ところが、創家選の前後から、どうにも「らしくない」と噂が出始めた。

 実際、J、ロン、ウィル達も心の中では訝しく思うところもあった。

 慈愛と気品、憂いと優しさの人であったはずが、ひどく怒りっぽく、また、ネガティブな発言が口を吐くようになった。

 知性は相変わらず、一を聞いて十を知るのに変わりはなかったが、その返答はどこか強かで、邪気のあるものに変わっていた。

 違和感と戸惑いは、やがて怖れへと変わった。

 まだ、恐怖、というほどの強さではなかったが、以前の藍姫に対するように率直な提案をする天上人は少なくなり、その指示のまま唯々諾々と作業する人間が増え、組織は硬直化した。

 藍姫の意志を受け、いくつかの文化的な組織や委員会が解体され、実用的な物に再編、新設された。

 その過程で、J率いる神魔器探索第一チームは解体され、代わりに新設の神魔器軍事転用研究センターに配属された。

 探索チームは、悲しみコニーのチームが引き継ぎ、大幅増員され、更にその麾下になぜか武官で構成された戦闘部隊が組み込まれた。

 Jはサラッと説明したが、隣でブツブツ言ってたロンや、沈んだ音色で鳴くウィルから推測する限り、かなり揉めたようだ。

 Jも五島家の重鎮や、「青の一族」の人事部に抗議したらしい。

 なぜなら、神魔器の軍事的活用は、例え表向きだとしても、創家間の取り決めを記したリザルトムーン誓約書で禁止されているし、所属する創家独自のルールを記した創家諸法度でも禁じる旨が明記されていたから。

 しかし、創家の主の権力は絶対である。

 地上同様、司法も、司法警察もいて、不正に対する取り締まりもあるが、ヌシに対しては、その血族か創家筆頭会議による弾劾以外、手出しは出来ない。

 地球を支配する6のエリアの内には、元老院制や、議会制を敷いているエリアもあるが、第三エリア、更に五島家の管制区では、違う。

 結果、どこに相談しても煮え切らない答えが返ってくるだけで、埒が明かなかったが、それでも軍事転用研究センターの「軍事」の部分だけ削除することで、話を収めることになったとか。

 それでも仕事の中身は変わらない。

 J達は不満を抱えつつ、それでも実際に神魔器の軍事的使用だけは阻止するべく、その部署に留まり続けた。

 転機はすぐにやって来た。

 コニー達探索チームが新しい神魔器を発見してきたのである。

 例によって出所は不明。

 探索してきたのだから、不明も何もないはずだが、コニーは徹底して黙秘した。

 いわく、出所が漏れたら、その筋からの出物が他の創家の探索チームに先を越される。

 その理屈は分かる。

 分かるが、「ヒュプノクラウン」の時もそうであったが、そうほいほいと新しい神魔器の発掘など上手くいくはずもなく、コニーに対する不信感は募った。

 新しい神魔器はペアで発見された。

 一つは、永遠に帯電している10センチ四方の黒い箱。

 もう一つは、単独では意味をなさないが、帯電している箱に乗せると、その電力が5倍になる虹色の石。

 この報告が転用研究センター部に来た時、報告書と共に指令書も届いた。

 〈虹色の石とヒュプノクラウンの効能を重ね合わせる実験を地上で試せ〉

 冗談じゃない。

 J達は当然反発した。

 ヒュプノクラウンは、強制的な睡眠と、睡眠時に完全にその意識を操る神魔器。

 そこまでは分かっていたが、その解除については未知の領域で、実験段階で使った動物たちは、9割方自意識が戻らないまま、眠り続けた状態だったのだ。

 残りの1割も、なぜ目覚めるのか分からないまま。

 そんな未知の物を、更に未知の物と掛け合わせるのもどうかと思うが、それを地上で試すとは。

 到底受け入れがたい。

 実際に見たわけではないが、安易な考えで行われた神魔器同士の掛け合わせ実験が、大きな惨事を生み出した例は、教訓として古文書に残っている。

 意見書を作成し、藍姫主催の五島家幹部会議に提出した。

 前例を添え、現段階でのヒュプノクラウンの不安定性を訴えた。

 結果。

 J達の非番を狙って実験は強行された。

 

「えっ?実験されちゃったの?」

「そう」

「で?」

「失敗した」

「ああ、そう」

「そうだよお」

「失敗したと言うより、思ったようにはいかなかった。地上のあるエリアで極秘裏に行われたのだが、30回試行して、30匹の動物が、寝たきりになっただけ。対象の大小、知性に関わらず、そういう結果になった、らしい」

「えっと、つまり?」

「つまりは、虹色の石を使っても、ヒュプノクラウンの距離や、影響範囲は広がらなかった、ということだね」

「ふ~ん。なんでだろ?」

「それはおそらく、そもそもその石は、永久帯電体質の黒い箱そのものとのみ、親和性があるもので、都合よく、他の神魔器の性能を高める物ではなかった、ということだろう」

「なっるほど」

「詳しくは分からんがね」

「でも、なんでそんな不確定?な実験を地上でやる必要があったの?」

「それはさっきも言った通り、もしも不慮の事故が起きた場合、空中宮殿、天井人に悪影響が出るのを嫌ったからさ」

「ひっど」

「グッキョ」

「んだ」

「それで、その後どうなったの?」

「悪いことは続く」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る