第四章 そこにいる者達へ ①

紅穂…体育祭実行委員なんて嫌なのに、先生がやりなさいって( ノД`)

壬生沢英智…必然と偶然。因果と時間。


 どういう仕組みか分からないが、横になるまでは固くて、横になった瞬間体にフィットするように包み込んでくる、反則気味だが商品化したらバカ売れ(紅穂は買う。それは間違いない)しそうなベットで仮眠して2時間後。1時間では短いが、2時間では短いとも言えない、そんな心憎い時間が経つと、目覚まし機能でも付いているのか、ベットが自然に固くなり、むにょん、と眠りの国から弾き出された。頃合いを見計らったように、ブザ―がなり、今日見知った存在の声がした。

「おはよう、紅穂。部屋を出て左手の突き当りにミーティングルームがある。そこに来てくれ。では」

 この状況では、他にすることも思い当たらず、言われる通りにすべく、ベットを降りる。

 一応、というより、癖でスマホの画面を見るが、実家で買っている愛猫の猫魔王(アメショーの原型がないくらいデブってしまった)の待ち受けは変わらず、だけど、やはり電波は無かった。充電は30%。充電器、あるかな。間接照明だけの薄暗い見知らぬ部屋で感じた、最初の混乱、緊張が氷のように溶け、今では不安と嫌な予感、ついでに悪寒まで感じる。

 へえ、混乱とか緊張が役に立つこともあるのか、と薄っすら思う。

 なんとなく、動けずにいると、目の前でシュッと音を立て、扉が右にスライドした。

 思わずビクッ。

 強制的に動きが付いたおかげで、動けるようになった。

 深い考えもなく、ストレッチし、これから高跳びでもするかのようにピョンピョン跳ねると体が暖かくなった。意を決して扉の向こうに躍り出る。

 赤地(紅穂のイメージカラー)に白でNと書かれたニューバランスの靴はこういう時の一歩がスムーズだ。

 扉をくぐって左手に歩くと、突き当りにはJが言った通り「ミーティングルーム」と書かれた黒い扉があった。

 中央に右手のマークが書いてあるだけで、取っ手らしきものは見当たらない。

 押してみたら開くかも、と思って、プラスチックよりは少しザラザラした手触りの表面をサワサワと撫で、押してみる。

 開かない。

 なんとなく、中央の手のマークに手を合わせてみる。

 ブウン、という低音と共に手のマークが浮かび上がるように青白く光ると、一回転して再びに扉に吸い込まれた。

 同時に扉が上の壁にするすると飲み込まれる。

 扉の先の部屋、中央の小さな円卓に彼らが居た。

 さきほどの宇宙船の指令室と全体的なノリは一緒だが、大きさははるかに小さく(スターウォーズで言ったら一般兵士の詰め所、エイリアンで言ったら医務室)その分、細かい話に向いてそうな、そこから何か緊張感のある物語が始まりそうな雰囲気。

「よっす!」

 片手を挙げたアナグマ・ロンの挨拶でそんな雰囲気が一変、おチャラけた。

「よっす!」

 いわゆる寝起きのテンションで言ったら、紅穂のそれはアナグマンに近い。

「ケケケケケッ」

 何がおかしいのか、ロンが大口開けて笑った。

「紅穂、少しはスッキリしたかい?」

 Jが優しく聞く。最初会った時より、お互いに少し馴れた、という気がする。まだ打ち解けあった、までは行かないが。

「うん。ありがとう」

「キュルキュッ」

 ウィルの返事は多分「どういたしまして」

「それで…」

 言いながら紅穂はJが指さした椅子に腰かける。

 目の前の妙な光沢で手触りの言い青いテーブルから、氷無しの透明な飲み物が出てきた。

 一口飲む。程よいひんやり感のリンゴジュースだ。

 完璧。

「前半の続き、だな」

 Jは円卓の中央にある透明なピッチャーから、目の前の空のグラスにリンゴジュースを注ぐ。

 余計なことを言わずに、ただコクリと頷く。

 Jはそんな紅穂を見て頷くと、肘掛の上のタッチパネルに指を這わせた。

 ピッ、と短い電子音の後、円卓の中央、何もない空間にスケッチブック大の透き通る青白い四角が現れた。

 Jがウィルに目配せする。

 今度はウィルが腰かけていた肘掛に乗り、タッチバネルを擦る様に操作する。

「創家、までは話したと思う。とりあえず説明を聞いて、その後質問して欲しい」

紅穂は否応なしに頷いた。

「まず世界は72の地域に分けられ、それぞれを72の創家が支配、運営している」

 Jの説明に合わせて、地球儀が展開され、地球儀を包むような一回り大きな球体に、細かく線が入って行く。

「72の地域はさらに6のエリアに分類され、そのエリアの中にある12の創家から5年単位の持ち回りでひとつの家が選ばれる。それを創家筆頭と呼ぶ。創家筆頭は、月に一度、月面にある、時の塔で会合を開き、地球全体の歴史を決める」

 話している言葉、ひとつひとつの意味は分かるのだが、流れというか、内容が不思議過ぎて理解出来ない。それでも紅穂は黙って話を聞いた。分からないなら聞くしかない。

「これは単なる事実に過ぎない。もちろん、我々にとっての、だが。紅穂達地上人からしたら、これは理解できない話だろう。単純に疑問なのは、今目にしている我々の姿や、移動手段を含むテクノロジーだろうと思う。それはおそらく、ひとつのキーワードである程度納得出来る、と思う」

 Jが曖昧に言葉を区切ると、視線を紅穂からウィルに移す。

「キュ」

 ウィルがタッチパネルを擦ると、地球儀が透明スクリーンに戻り、変わってピラミッドをふたつ張り合わせたような変な形の物体が現れた。

「これはヒュピュノクラウン。我々天井人の力の根源である神魔器、馴染みの言葉で言えばオーパーツのひとつにして、ここに我々が集まっている理由の原因。ヒュピュノクラウンの説明はあとにして、その顔に浮かんでいる疑問に答えよう」

 紅穂は力強く頷く。

「我々天井人の歴史は古く、1億年とも7千万年とも言われる。言われる、というのは正確な資料がないためで、これをもってしても、我々も決して全知全能ではない、ということが分かる。だが、地上人の歴史に比べても相当古いことは確かで、少なくとも3千万年前には現在の72管区、いわゆる創家制を運用していたのは間違いない。我々の身体的能力は、地上人、いわゆる人類と比べてもそう大きく変わらない。それでも、我々が天空から地球の歴史に関与し、維持、運営することが出来たのは一重に神魔器の力に依る。各創家に伝わる神魔器は種類も効果もそれぞれで、破壊力のあるもの、エネルギーを生み出すもの、移動時間を早くするもの、記憶を左右するもの、肉体や精神を修復するもの、そして、効能のわからないもの」

 Jが一息ついて空になったコップにジュースを注いだ。コポコポ、という音に束の間癒される。

 話は続く。

「本来平等なはずの創家にも目に見えない位階が存在する。それは各創家の持つ神魔器の数や質によって決められる。先ほど持ち回りと言ったが、実際には創家筆頭は限られた数家で独占されている。そして創家筆頭は絶大な権力を持つ」

 Jは、ふう、と溜息交じりに言葉を吐き出した。

「歴史を決められるからな」

 ロンがちゅうちゅうと例のチューブを吸いながら言葉を挟んだ。

「歴史を決める?」

 紅穂は思わず聞き返す。

「そう」

 Jが言葉を拾った。

「創家達は合議の元に、まあ、名ばかりとは言え、とりあえずは話し合いでそれぞれの6つのエリアの歴史を決める。また、各エリアの創家筆頭達は地球の歴史を決める。それが創家。神々の力を持ちし天井人の最高峰」

 ほええ、と言葉にならない息を漏らす。

「つまり、その、国とか政府とか、総理大臣とか大統領とかじゃなくて、その、創家?って人たちの話し合いでなんていうか、いろいろなことが決まっていく、ってこと?あの、政治とか」

「とってもシュエアスロ~」

 紅穂の質問に、ウィルが答えてくれた。多分、正解、ってこと。

「政治、文化、哲学、文明、主にそういったものに介入し、地球そのものを運営する」

「う~ん。何、運営って?」

 考えすぎて頭が痛い。あと肩が凝る。あと、お腹がすいた。

「運営とは、維持、伸張すること。国力のバランスをとり、娯楽を与え、行き過ぎた考えを抑制し、テクノロジーを提供する。その姿は古今東西、神話の神々として描かれてきた。ギリシア神話のオリンポスの神々しかり、神道にある高天が原の神々、八百万の神々、仏教の仏、神。神魔器によって雷を操り、風を起こし、火を与え、海を分け、ドラゴンを退治する。昔は神魔器の圧倒的なテクノロジーによる畏怖を見せつけることで直接、地上人を管理、支配していたのだが、2,000年前のある事件を境に、支配より、管理に比重を置くようになった」

「そうなんだ」

 としか言いようがない。しかし、紅穂が知りたいのはスケールでかいそんな話よりも…

「J。壬生沢博士の話せな~」

 ロン、ナイス。そう。そうである。

「ああ。そうだな」

 Jが思い出したような顔をして頷く。

「我々が神魔器を用いて天井人として存在し続けて来たことは、うっすらでも分かってもらえたと思う。紅穂が理解できないテクノロジーも。もちろん、一口に天井人と言ってもいろいろ居るのだが。まあ、それは後で説明するとして…壬生沢教授との出会いは我々の仕える創家、五島家の当主藍姫がどこからか手に入れた神魔器、オーパーツ」

 そういってJは宙に浮いているスクリーンを指した。

「ヒュプノクラウンの調査を依頼したことから始まった」

「キュ」

 ウィルは言い、ロンは頷いた。

「そもそも出どこの怪しい神魔器ではあった」

「J、ちょっといい?」

「うん?」

「なんかさっき、コニーがなんちゃらって言ってなかった?」

「キュル」

「よく覚えてたね」

「てへへ」

「そう、コニー。悲しきコニー。本名は、神室川かむろがわ。コニーは私の部下だった男で、チームの一員だった。そうだな。そこからまとめて話した方がいいかな?」

 紅穂には分からない。

 ロンが言った。

「んだね。なんでこうなっちまったか説明した方が、なんだかいい気がするよお」

 Jが頷いた。

「よし。では少し長くなるが」

 そう言ってJは背もたれにもたれかかった。


 Jの話を搔い摘む、紅穂なりに解釈するとこうなる。

 天井人の由来は前述の通り。

 何千年も生き続けている、地上人とは違う人達。

 それでも体も脳も劣化はするので、60年おきぐらいにリ・フレッシュ、再生するらしい。

 詳しい仕組みは全然よく分からないらしい(そんなん怖くない?と言ったら、紅穂はスマホの仕組みを理解しているかい?と返された)けど、古い体ごと捨てて、新しい体に、意識を移すことを「再生」と呼んでいるとのこと。

 その際、記憶はほとんど移さず(もちろんバックアップは取って)必要な知識と能力を、新しい脳に移す。

 その手法が確立されたのが、およそ三千年前。

 その前のことは、文献に頼るしかない。

 なんで記憶は移さないかと言うと、キャパオーバーで精神を病んでしまうから、とか。

 だからJ達も、ほんとのところ、いつ生まれたかはよく覚えていない。

 一番古い記憶でも、最後にリフレッシュした30年ほど前の事だとか。

 ともかく、そうして天井人達は脈々と地球上の各エリアを支配、運営してきたのだが、ここ10年、どうも不穏な気配がしてきたらしい。

 神魔器と呼ばれるオーパーツの数と種類が、創家の力を示すバロメーター。

 脈々と続く支配と運営が、延々と平和的に続くかと思うとそうではなく、安定した地位と状態が、常にどこかに波乱を呼びたがるのは、人類の歴史と変わらず。

 地位も力もある創家達は、表向きは(創家会議等で)安定を望みつつも、裏ではせっせと自身の地位拡大のために、神魔器を収集、強奪し合い、他の創家よりも一歩でも二歩でも、といった権力争いが行われていた。

 それは、管轄エリア外でもエリア内でも同じことで、J達が仕える創家「青の一族」も同様。

 10年前、次の創家を選出するにあたり、「第三管制区(通称エデン)」と呼ばれる日本を含む極東エリアでは、有力な三家、藍姫率いる「青の一族」とベルウェール侯爵率いる「銀狐ファミリー」、そして龍黄弦率いる「根の民」が水面下で激しく争っていたそうだ。

 保有資産に値する神魔器の数と能力で、5年ぶりの復権を目指す「青の一族」は若干後手に回り、このままでは創家筆頭の地位を奪取するのが難しくなりつつなる中で、藍姫はそれまであった神魔器探索チームを二つに増やし、新しいチームのトップに、神室川・マスティマム・康太、通称コニーを任命したことから、話がおかしくなり始めた、とロンは言った。

 それまでのチームリーダーである、Jへの対抗意識か、新しいチームのリーダーに任命された気負いか、コニーのチームは玉石混交、単に効能があやふやな物から、本当に神魔器なのかよく分からない物まで含めて、多くのオーパーツの発掘を報告してきた。

 その内の一つが、「ヒュプノクラウン」だった。

 神魔器にもランクが有り、そのランクは、歴史、効能、射程、強さ、気品の5つでランク付けされる。

 歴史とは、天井人の記憶が残る三千年前を0基準に、それより新しい物をAランク(百年単位でA1~A5で表し、それ以降も500年ごとにBランク、Cランクと、現在に近いものほど数字は高く、ランクは下がる)三千年前より前の物はSランクで表し、確実に三千年より古く、場合によっては1万年を遡る、つまり天井人ですら出自の分からない、オーパーツ中のオーパーツとなる物を3Sという。

 効能はその能力の中身で、「対物なのか、対人なのか」また、「有益なのか、無益なのか」危険物なのか、そうでないのかで採点され、これもまたS~Mでランク付けされる。

 射程は読んで字のごとく。その影響の及ぼす範囲のこと。

 強さは、神魔器本体の硬度、ではなく、その影響の強さで、継続時間、効く物質や、生物の範囲を表す。

 気品、は主観に寄るが、要は見た目や佇まいの美しさ、である。時には、その効能から判断されることもある。

 コニーが発掘してきた「ヒュプノクラウン」は、「3S・S・M・3S・3S」で表され、文句なしの逸品だった。

 古来より伝わる神魔器大全に載っている神魔器であり、幻の逸品と呼ばれたオーパーツを手にしたことで、「青の一族」は筆頭争いレースから一歩抜きんでたか、と陣営は思ったが、創家の主たる藍姫はその結果に必ずしも満足しなかったらしい。

 コニーのチームに神魔器の探索を続けさせると共に、結果を上げられていなかったJ達探索第一チームには、「ヒュプノクラウン」の性能強化を命じた。

 つまり、「ヒュプノクラウン」の評価において唯一ランクの低い「距離」の部分を向上させられないかどうか、研究するように命じたのである。

 そこでJ達は、地上人の科学者達の中から信頼できる人材をピックアップ。

 白羽の矢が立ったのが、物理学と脳科学、そして考古学の権威でもある紅穂の祖父、壬生沢英智、その人だったらしい。

 紅穂は素朴な疑問があったので聞いてみた。

 なぜ、天井人の科学者であってはいけなかったの?

 Jは溜め息と共に答えた。

 我々天井人は神魔器を扱えるが、専門的な知識がある訳ではない。

 神魔器に依る高度な科学力を、過去からの恩恵として使用するだけで成立してきたから、そもそも新しく何かを生み出すという仕組みも意識もないのだ、と。

 詳しい数字は不確かだけど、各創家には数千人から2万人の天井人が存在し、その内研究職は1%未満。

 他は、J達の様に神魔器を探索したり、地球上の運営に携わったり、戦闘部隊に所属したりと様々。料理人や、商人も居るが、研究者は小説家や音楽家と同様、ほとんど趣味の領域で、その数、0人の創家もあるとか。

 だから、必要があれば、地上の民から人選し(管理システムに、あらゆる人類のデータベースが入っている)密かに協力を要請(まあ強制だけどな、ケケケ、とロン)する。

 そして、研究が終われば記憶を消し、元の世界に戻す。

 そういうことらしい。

 

「なんだか勝手だね」

 紅穂の指摘に、「キュリュッキュー」と悲し気にウィルが呟いた。

 ハッとして詰問する。

「まさか、おじいちゃんをさらったの?」

 Jとロンは顔を見合わせる。その質問が来ることを予想していたのだろう。

「我々では…」

「じゃあ誰が?!」

 Jの返答を待たずに詰め寄ると、Jが困ったように両手を出して、落ち着けのジェスチャーをした。

「俺たち、じゃあねえよ。ねえけど…」

「何よ?!」

 歯切れの悪いロンにも噛みつく。

「落ち着いてくれ、紅穂。我々、つまり、ここにいる私たちでは、ない。ないが、一族の仕業、だとは思う」

 Jが声に苦渋を忍ばせて答えた。

 まあとにかく、最後まで聞いてくれないか、と懇願するように言われ、紅穂は釈然としないまま、手元のリンゴジュースを一気した。

 空になったグラスに、ウィルが器用にピッチャーからリンゴジュースを注ぐ。

 話は続いた。

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