11.


 昨晩から冷え込みが激しくて、まだ薄暗い時間に目覚めてしまった。

 雪はやんでいるけれど、家のガレージに積もっている白いものが見える。寒くて外に出るのも億劫だが、なんとなく二度寝する気にもなれなかったので、生徒会室に行って漫画でも読むことにした。


 雲はすっかり流れてしまっているが、吹きすさぶ風で恐ろしいほど寒い。途中のコンビニで暖まりがてら漫画雑誌を買ってから、薄暗い北校舎の四階に上がったとき、ふと気付いた。


 階段の上に、誰かがいる。しかも二人。

 覗き込むと、女子は男子の体を支えるようにして、一緒にゆっくりと階段を上っている。踊り場まで着くと、二人は何かを小声で話し、なんとキスを交わし始めた。


 俺はさっと身を翻して彼らから見えない位置に戻る。顔を赤くしながら、なんだあれ、と思っていると、女子の方が下りてきて真っ直ぐ目が合った。会釈を交わし合うと、彼女はそのまま勢いよく階段を下りていく。透明な瞳と真っ赤に染まる頬を目の奥に残しつつ、俺は彼女を唖然と眺めていた。


 我に返ると再び上への階段を覗き込む。屋上へのドアが開いている。

 屋上への立ち入りは禁止なはずだから注意しないと、と生徒会役員らしいことを一割だけ思いつつ、九割の好奇心を原動力に上へと進む。


 踊り場に立ち、ドアの前まで歩いてその先を見ると、きょとん、としてしまった。


「あれ、今回は大和田なのか」


「れん……じゃない、須田?」


 そこは木の壁の古めかしい部屋で、男が二人並んで座っていた。




 隙間風が吹き込み、きしむ音もする古い部屋にあって、白いファンヒーターの新しさだけがやけに目につく。温かさに頭はぼんやりするけれど、話は聞き逃さないようにしていた。


「さて、魔法の説明は以上です」


「なかなか、面白い話ですね」


「ありがとうございます」


 安神と名乗る彼は、落ち着いた笑みを浮かべた。皮肉と疑いを混ぜた発言だったのに、その冷静な返答にペースを掴めない。

 彼の大人びた表情には、紺のブレザーがあまりにも似合っている。須田も自分も背が高いから、彼の姿は見下ろされる位置にあるのに、存在感は真逆だ。


「さて、何か質問はございますか」


 この人の奥には何かが隠れているような気がする。それを確かめてみたくなった。


「一ついいですか」


「どうぞ」


「もし話が本当だとして。どうしてあなたはこんなことをしているのですか?」


「そういう仕事だからです」


 あまりの即答に、逆にこっちがうろたえてしまう。相手は何一つ表情を変えずに続ける。


「あえて言うなら、人を助けられたということへの充足感からですかね。そう言ってしまうと、おこがましい気がして嫌なんですが」


「それにしては手が込み過ぎていませんか」


「そうかもしれないですね。もう一つ言うなら、バトンでしょうか。伝統のバトン」


 須田も興味津々に安神を見つめた。彼にもそんな話はしていなかったのかもしれない。


「この部屋を見てください。何かを大事に受け継いでいくことって、面白くないですか?」


 確かに歴史があるのだろう。部屋はあちこち腐食が進み、壁にある本棚には、昔の日付の入った青いファイルがたくさん並んでいる。砂時計や食器も古そうで、だけど、彼の発言というか、その感覚にはいまいちピンとこなかった。まあいいです、と彼は笑う。


「それより、少し二人でお話ししたいので、須田くんはもう結構ですよ」


「え、俺何もしてなくないですか」


「これから色々してもらうので。せっかく上がってきてもらったのに、すみませんね」


 まあ別に、と頬を掻きながら、彼は立ち上がる。さっきのキスを思い出して俺は顔をそらしてしまった。彼は、脚を少し引きずるようにして部屋を出ていく。さっきも支えてもらっていたし、ケガでもしているのだろうか。


「さて、大和田くん」


 冷たい風が部屋を抜けていった。安神さんが部屋の奥にあるドアを開けたからだ。日はもう東の空に昇っているのだろう。雪と壁の色で真っ白な屋上の景色が、寝不足の目に少し眩しい。


「ちょっと、外の景色でも見ながら話しませんか?」


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