それぞれの思い
「よし。もう俺の用は済んだ、帰るか」
「あの」
「ん?」
上げかけた腰を、ゆっくりと戻す。彼は何やら気まずそうにしている。
「なんだよ、早く言えよ」
「あ、はい。いや、実はさっき一つ、先輩の推理に誤りがあって」
「え、マジ? 結構いい推理だと思ってたんだぜ」
えへへ、と笑う越野。ふふっ、と笑う俺。
だけど、嫌な予感がしていた。マズいと思っていた。
「その、早朝練のくだりです。先輩は、僕が起きられないから、と言っていましたが」
「おい」
「……いえ、言わせてください。違うんです。……連絡できなかったのは、何も言えなかったからなんです。先輩のことを思って、どうしようか迷ってしまって、何も言えなかったんです」
今日の越野は、よく喋る。きっと、それだけ大事だと思うことだから。シャイな分、自分にとって大事なことはなんとしても伝えようとする、きっとそういう奴だから。
「先輩、前に観察眼の話していましたよね。僕も漫画とか描いているせいか、結構観察眼に自信あるんですよ。試合とか、練習とか、いつも見ていたら、分かっちゃうんです」
「よせ、越野」
いつもみたいにおどおどしろとは言わない。ただ、俺のことはダメだ。俺のことを話すな。
「自覚はありますよね? 考えすぎかもしれないけれど、僕とのあんな軽い練習でも、もしかしたら先輩にとって――」
「お前、いい加減にしろ!」
怒号が公園中に響き、越野の体が共鳴するように震えた。遠くで自転車のベルの音がした。中学生集団が、変な奴がいると思って退散したのかもしれない。
「……どうするか決めるのは、俺自身だ」
体を震わせる越野に、俯きながら、帰れ、と手を振った。それでも立ち退かず、しっしっ、と邪険に払うと、ようやく彼は入り口の方へ駆けていく。
その足音を聞きながら、俺は重たい息を吐いた。
照明の届く範囲には、気付けばもう葉の一枚もない。ここは、あの夢と同じ無の世界に繋がる場所、ふとそんなことを感じた。季節の経過と共に、きっとこれから色を無くしていく、無色の世界。
照明が淡く作る光。それを引き裂くように影が差した。
「いいの、後輩、そんなあしらい方して」
「もう明日から後輩じゃねえし」
「屁理屈言わない」
さやかはベンチの右側に腰掛けた。この公園意外と広いんだね、と独り言のように呟いている。
「どうしてここに」
「ん? 今公園の前通りかかったら、偶然広大が見えたから」
ウソだ。ここはさやかの帰り道と少しずれているし、何より公園の入り口からは距離がある。たぶん、学校を出たときから後を付けて、どこかで待ち伏せしていたのだ。
「ねえ、この前の花火の話、覚えてる?」
こんなテンションなのに、体は思わずビクッと反応する。
「ああ」
「あのときね、俺が一生仲良くしてやるって言ったんだよ、広大」
「へえ……。……ええ、恥ずかしっ!」
俺が支える、と声に出さずに口を動かした。確かに口は覚えているような気がして、そんな舐めたこと言ってたのか、しかも転勤族のクセに、と頭を抱える。
「あの頃さ。いじめられてて、学校から帰っても誰とも遊べなくて、広大が転校してきてからは色々遊んでくれたけど、やっぱりずっと不安は残ってた。
だからさ、あのとき広大がああ言ってくれたの、すごく心強かった。おかげで小学校生活は何とか乗り切れたんだよ。中学生になって広大と離れちゃったけど、その頃には、すっかりいじめとか無くなってたし」
今思えばあのときの広大マセガキだよね、というセリフもきっちり付け足され、俺は「分かってるから言わないで」と苦笑する。
「ねえ、誰かに守られてる、支えられてるって、本当に大事なことだよね」
「ああ、そうだな」
さやかは、唯一の親を亡くし、転校することになり友達もいなくなって、一人で抱え続けて。
それが今は、親戚のおじおばや、坂井にも、彼女は支えられている。だからその言葉にはとても重みがある。
「だから、さ」
「ん?」
「だから、今度は私が広大を支えたい」
顔に熱が溜まっていくのを感じ、思わず彼女の口元を見た。
おいおい、何言ってるの?
「ああ、あれか、例の魔法だかなんだかの件、お前がサポート役だから」
「違う、それじゃない」
彼女の手が、ゆっくりと伸びてきた。ごくっとつばを飲み込んだ瞬間。
右膝に鈍痛を感じ、喉の奥から呻き声が出た。
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