広大のこと
「やっぱり右膝だったか。しかもこれ、たぶん相当酷いよね」
「……なんで気付いてたんだ」
「私、何部か知ってる? 陸上部だよ、走りのプロ。ランニング見てたら気付くよ」
「でも、周りにはバレてないはず」
「バレてて黙ってくれてるのかもしれないけど……でも、今の今まで確信は持てなかったかな。隠し方がめちゃくちゃ上手かったし」
――治るまで絶対運動はやめなさい。爆弾が爆発したら、サッカーどころじゃなくなる。
夏の終わり、こっそり行った病院で、俺はそんな絶望的な宣告を受けた。
最初に痛みに気付いたのは、今年の春だったと思う。だけどその頃の俺は、ちょうどレ ギュラーを掴んだところで、そんな痛みを気にしている余裕なんてなかった。
別に何かに支障が出るほどじゃないし、何よりここでケガなんて申告したら、復帰したときにはまたベンチ入りからのスタートになりかねない。
季節が進み、俺はチームの主力となっていった。学校での練習量も、自主練の量も増えていく。休みもほとんど無く、雨の日は朝から膝が疼いた。だけど膝が何を言おうと、俺はチームを勝たせるために走り続けた。
次期キャプテンと言われるようになった頃には、戦力を底上げしようと、越野以外にも後輩の練習に度々付き添っていた。
夏休み頃から痛みは深刻になり始めていた。医者に行ったのはその時期で、安心感を得たいと思ってのその行動は、かえって裏目に出た。
一方で、最後の大会に向けてチームの熱気は高まっており、俺は結局限界まで頑張ることを選んだ。自転車は意外と膝への負担が少なくて助かったが、走る速さは確実に落ち、ベッドや椅子から立ち上がるときにはバランスを崩すことも出始めた。
時々はマシな時期もあったが、この一週間は、痛みが響いて夜もなかなか寝付けず、睡眠不足が続いている。だけど必死に隠し続けた。今日は眠気もあったが、本当は膝だって相当ピークだ。もし今日の実践練習に出ていたら、どうなっていたか分からなかった。
まして、試合となると――。
「あの、下腹部がどうとかいうあれもさ、膝の痺れとかだったんでしょ」
「……ああ」
一度眠ってしまうと、起きているときに意識して強制していた体のバランスが崩れる。あのときは脚に力が入っていて、痛みと痺れでさっと立てなかった。
バレる訳にはいかなかった。特に、真には。
「なんで、そこまでするの? いいじゃん、ケガしてますって言えばさ」
さやかの声が震えている。ああ、本気モードだ。
「ダメなんだよ。それじゃチームが勝てない」
「自惚れ」
「かもな。だけどな、せっかくいい雰囲気のチームなんだ。バランスが完璧なんだよ、俺が入ったら」
今日の練習を見届けて、再確認していた。自分ならあそこで前線に出る、あの位置からならミドルシュートを狙う、……。
「先輩に、みんなに、真に、少しでも多く勝たせてあげたいんだ。たとえケガしてようが俺は必要なコマなんだ。俺がケガで欠場して負けた、なんてなったら申し訳が立たない。ケガしてるって知らせるだけでも、心配とか不安とかから、士気の低下に繋がるかもしれない」
「自分はいいの? 自分を痛めるのはいいの?」
「それがチームプレイだ」
「何それ、高跳びみたいな個人プレーの私にはわからないだろってこと?」
「……ああ、そうかもな」
チームの和、配置のバランス、細かい連携、チームスポーツは一人では勝てない。
一人欠場して、日々の練習で一つずつ丁寧に積み上げたバランスを壊せば、どんな強いチームでも瓦解しうる。だから、チームが勝ち続ける限り、出ないといけない。
「間違ってる」
そんなの、絶対、と続けながら、さやかが睨みつけてくる。俺は、膝をさするふりを始める。
目を合わせられない。彼女の瞳は、やっぱり見られない。
「広大は何のためにサッカーしてるの? 自分が楽しいからじゃないの?」
「自分のプレーも、チームの勝利も、どっちも大事だ。だけど」
チームが勝利すれば、何十人という人間が喜ぶ。いや、保護者やOBを含めれば、もっと多く。それを考えたとき、チームの勝利を優先するのは当然だと思う。
「特に、今のチーム状態なら、ベスト4を超えて、もっと……」
「もういい。方向性変える」
へ? と手を膝から離した瞬間、黄色い葉が一枚、ひらひら漂いながら目の前を過ぎていく。
「……最近、ようやく気付いたことがある。だから珍しく素直になるよ。私、広大と付き合いたいかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「え、ちょっ、どっち? 告白なのそれ?」
「黙ってて。今からちゃんと説明する」
お、おう、と横切る葉を見ながら誤魔化すように言うが、さすがに心拍数は上がっている。
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