越野信二


「……」


「いや、漫画か小説か、絵画か、そこまでは確信を持てないけど。俺の推理、聞くか?」


 越野は小さく頷く。


「お前は漫画家になりたくて、プラス、サッカー観戦が好きだったんだよな、きっと。だからいつかサッカー漫画を書きたいと思っていた。

 そのためにはリアリティが必要だと感じ、高校からサッカー部に入ろうと思い立った。当然実力的には追いつけない。だけど何とか取材がしたくて部活を続け、その間にも、試合観戦のときとかには、マンガに活かそうとメモを取っていた。


 さて、最近になっていよいよ締め切りが迫ってきた。ペンダコも寝不足も、漫画に本格的にとりかかり始めたから。朝起きられなくなって早朝練には参加できなくなった。

 あと、資料が足りないから、生徒会室を使って、上からの光景でも記録していたんじゃないか。四階はグラウンドの眺め抜群だからな。プラス、生徒会室には漫画があるから、他の作品を参考にその場で色々練られる、って感じか? その辺りは詳しくないし分からない」


「生徒会室の漫画は、参考二割、趣味八割です」


 そっかそっか、と俺は苦笑いを浮かべた。越野もつられてぎこちなく笑う。


「ほぼ先輩の言う通りで合ってます。昔からの夢だったんです、漫画家。

 小学校時代から、よく漫画を描いて友達に見せたりしていました。ちょうど高校に入る直前に、好きな雑誌で、十六歳でデビューした作家の読み切りが載りまして。そうか、高校生でもデビューできるんだ、と衝撃で、自分にもできるんじゃないかって。それならと一番好きなスポーツ、サッカーを題材に書きたくて、リアリティをもたせるために経験が必要だな、と。

 それに部活って、高校の間にしか経験できないじゃないですか。この機会を逃せば一生後悔する、って」


「そんな入部の動機聞いたら、一部の部員はたまったもんじゃないだろうな」


「すいません……。でも、九月の辺りに、実は一年生数人にはバレちゃいまして。代わりにサッカーしているときのみんなの絵を描く、って約束して、口止めしてるんですけど」


 真の言っていた「囲まれていた」って話か、と気付いた。心配していたような内容ではなかったみたいで良かった。


「なーるほどねえ」


 ははは、と気まずく笑う越野の足を、バチン、と平手打ちした。


「まったくよー、それじゃあ俺の苦労全然意味ねえじゃねえか! こっちだって結構考えて指導してたんだぜ! もしいじめられてるとかだったら俺のせいだ、責任負わなきゃとか思ったりさあ!」


「すいませんすいません」


「一回でいい!」


「はいぃ!!」


 ふっと会話が途切れ、暗い広場に俺の笑い声が響き渡る。


「ホント面白おもしれえな、お前。色んな意味で」


「あ、ありがとうございます」


「で、最初の質問。マンガ、書けそうか?」


「はい、なんとか。もう提出できそうです」


「そうか、また読ませてくれよな」


「……賞を取れれば、雑誌に」


「落選でも読ませてくれよ。他者の意見も大事だろ?」


 何より、俺自身が気になるしな。そう言うと、越野の顔が上向く。少し下にずれていた眼鏡を直せば、レンズが灯りできらりと光る。


「はい、もちろんです」


 驚いた。こいつ、こんなに。


「でも僕、絶対受賞してみせます。サッカー部の皆さんにかけた迷惑を、須田先輩に教えてもらったことを、絶対に無駄にはしません」


 こんなに、力のこもった目ができるんだ。


「あーあ」


 支えがほしくて、なんとなく自転車のハンドルに手をかける。ベルに手が当たり、ちりん、という冷たい音が鳴る。


「今さ、なんか前の自分の発言思い出した。何が『誇れ』だ、俺。カッコつけすぎ。ちゃんと何かと真面目に向き合ってる奴に言う言葉じゃねえよな」


「え、あ、はい……」


 こんなおどおどしていても、こいつはたぶん、自信と誇りを持って漫画にぶつかっている。自分の限界と闘って、顔も名前も知らない誰かに喜んでもらうために。大人も子供も一切関係ない舞台で。それは俺なんかよりも、よっぽど大した肝っ玉なのかもしれない。


「大した奴だよ、お前。見直した」


「あ、ありがとうございます!」


 いい目してるよな、こいつ。自分の才能を試したくて、どこまでも真っ直ぐな目。一点の曇りもなく、大海原で波に揉まれながら勝負をしている。


 その役に立てたのなら、俺は本望だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る