秋の朝の色


 早朝の公園の広場は、一人きりには広すぎる。

 ちちっ、ちちっ、と朝を確かめるようにすずめが鳴いている。辺りに漂う空気はひんやりしていて、気持ちいいかなとついつい大きく息を吸い込むと、ギンナンの独特な臭いに思わず顔をしかめる。


 遠くに小柄な男の姿が見えた、と思ったら、犬の散歩をするおじいさんだった。彼は犬に引っ張られながらも、花壇に咲く赤紫のコスモスを愛おしげに眺めている。

 俺は鞄に手を突っ込んで携帯を取り出してみるが、やはり何もメッセージは来ていない。ベンチに座りながら、こーしのぉー、と小さく声を出して顔を上げる。黄色の混じり始めたイチョウが小さくそよそよと揺れており、その隙間から柱時計が見える。もう部活の朝練の時間は迫っている。


 この練習を始めてから毎朝来ていた越野が、初めて遅刻した。

 いや、たぶんこのまま来ないんじゃないか、なんとなくそんな予感がしている。

 携帯で三度目の電話をかけてみたが、留守番センターの音声が流れ始めた瞬間に切ってポケットにねじ込んだ。鞄を肩にかけ、よっこらせ、と立ち上がり、公園の周りを埋める木々を眺める。


 花火をしたあの公園も、そう言えばここに似ていた気がする。


 あの公園は別に花火だけでなく、普段からしょっちゅう遊びに使っていた場所だったから、一度思い出せばするすると記憶を辿れた。

 広場は小学生が野球やサッカーで遊ぶのにちょうどいいくらいの広さで、入り口近くに円形の白い花壇がいくつか置かれ、ブランコや滑り台がその傍にあり、周囲は住宅街で、ただ、植わっていた木々は主に桜だった。


 春には桃色の花が咲き、夏には緑の葉の下で花火を咲かせていた。周りのみんなはそんな風景に目もくれず走り回っていたけれど。

 俺は転校続きで、数年に一度は周りの景色がリセットされていた。

 色も、温度も、匂いも、風も、自分は自分なのに周りだけが突然一変する。どこか別世界のお話の世界に入った気分になりながら、強烈な違和感を覚えながら、今日から新しい世界が始まるんだ、なんて前向きな気持ちを作って、自分をその中に溶け込ませていった。無理矢理に、何かを頭の中に押し込めて。


 黄色い朝日が葉っぱに優しく光を注ぐ。ギンナンの臭いは勘弁してほしいけれど、葉の黄と緑の混じる色は日射しの色とあまりにもぴったり調和している。これから先、木に秋の色が満たされたなら、きっともっと綺麗に映るだろう。


 その色を早く見たいような、まだ見たくないような。その色を、その季節を、自分はどんな気持ちで迎えるのだろうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る