自信を持ったら?


「おい、ボールから目を切るなよ」


 はい、と裏返りそうな声を出して、越野はじっと足下のボールを見つめる。えい、と蹴り出されたボールは、スピードはないけれど、なんとか俺の足に届いた。


「よし、その感じ」


「はい!」


 練習を重ねると、とりあえずインサイドキックで転がすくらいはまあまあの精度でできるようになってきた。何度かパスを重ねていると、失敗したくないプレッシャーからかどんどん体が強張ってくるのが、次の問題。


「もうちょっと自信持っていいんだぜ」


 早朝練習を終え、朝練のために学校に向かいながら、そう言ってみた。横をバスケ部の知り合い二人が自転車で通って、おお、と手を振り合う。


「だけど、僕、まだこんな基本的なことしかできないですし」


「基本が一番大事なんだよ」


 さっきまで振っていた手で、サッカーボールを持つ越野の右手をちょいちょいと指さす。


「勉強だってそうだろ。ペンダコ」


 え、と越野が目を見開く。そんな顔をすると、目の下にできているクマのせいでより貧相に見える。


「タコ、気付いてたんですか」


「よくそうやってボール抱えてるからな。どうだ、俺の観察眼」


 へへっと自慢げに笑ってみたが、越野は曖昧な笑みを返すだけだった。


「あれ、もしかしてあんまり触れない方が良かった?」


「い、いえ! ただその、ガリ勉とか思われたらあんまり、その」


 印象が良くない、ということだろうか。今の一言で、なんとなく、彼が今まで送ってきた学生生活を垣間見た気がした。


「俺は気にしねえよ。遅くまで起きてるくらい頑張ってるんだろ」


「はい、まあ」


「じゃあ、誇れ」


 いつだか、似たことをガリ勉タイプのクラスメイトに言ったことがある。

 そうだ小六のとき。受験のために塾に通い始めて、周りの遊びの誘いを断っているうちにハブられてしまった眼鏡くん。あのときも俺はいたたまれなくて、勉強教えて、とか声をかけにいっていた(もちろん成績が怪しかったのが一番の理由)。

 最初は戸惑っていたけど、次第に他の奴も交えて勉強会が起こったりして、彼はまたクラスに溶け込めるようになった。割と迷惑もかけたはずなのに、卒業の時に直接礼を言われて、とてもむず痒かった。


「勉強しようと思ってできる奴、俺は尊敬するし、絶対成績も伸びる」


「そう、ですか」


「ああ、なんだって前向きに頑張る奴が凄いし、最後には上手くなるんだ。勉強もさ、基礎ができる、自信がついて次に挑む、面白くなってくる、ってステップ踏むじゃん。サッカーも一緒」


 英語の基礎力がない自分が言うのもな、とは思うが、彼はそんなこと知らないので、棚上げ。


「だから、一緒だ。まずはさ、今できることには自信を持ったら?」


 学校の正門の前まで来ると、後ろからランニング中の陸上部男子の集団に次々と追い抜かされていく。あれも基礎だ。ああいう毎日の地道な積み重ねこそが、自分の記録を伸ばしていくために必要不可欠なんだ。


「はい、ありがとうございます」


 越野の顔が、朝日を浴びて少し輝いて見えた。


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