イライラ
外に出ると、うだるような日光とアスファルトからの照り返しに、少しは残っていたかもしれない理性が溶けていく。頬もずっとひりひりしていて、イライラした足取りで歩く。
門の前まで辿り着いて、ふと、今朝の一件を思い出した。
おばさんの目……そうだ、家に帰っても、今の私はおばさんと顔を合わせられない。
居場所も、行く場所もない。
私は、所詮もう、天涯孤独の身なんだ。
「マジ? 激カワじゃん」
賑やかな声に、耳が即座に反応する。少し先、体育館裏の自販機の前で、坂井たちのグループが楽しそうに喋っていた。
あんたのせいで。
私の足は真っ直ぐそっちへ向かう。彼女たちが気付き、不審そうな顔を向けてきた。当の坂井は困惑した表情を浮かべている。
あんたみたいな奴のせいで!
私は気にせず坂井の腕を取った。
細い、華奢な腕は、力を入れると折れてしまいそうだ。
「ちょ、ちょっと」
「いいから!」
私は彼女の手を引き駆け出した。「どういうこと」と聞かれても私は反応せずに、人のいない所へ、と思って、近くにある部室棟の裏へ行き、手を離した。
「何? なんなの?」
坂井は、息も切れ切れだ。見たことないような怯えの表情を浮かべている。その被害者意識に、私は残忍な気持ちになった。
「坂井さん。いつも、心配してくれてありがとうね。広大にも聞いたよ」
彼女の顔が強張る。そうそう、それでいい、と私は思う。
「ねえ、どういう意図だったの? 言いにくいこと?」
「あの、その、ね」
「私をダシに使ってたんでしょ」
彼女は、えっ、と声にならない息を漏らす。
「知ってるよ、広大みたいなのがタイプなんでしょ。アイツ、顔悪くないし性格もいいし、そりゃお近づきになりたいよね」
「いや、そうじゃないの、広大くんはいい人だけど」
広大くん。普通に下の名前呼びか。
「で、どう? 人を心配するふりして、人の一番触れてほしくない部分を利用して、実際は単なる自分の恋愛のダシに使った、感想は?」
どうせ、あんたみたいな奴は、人前ではいい顔して、甘ったるい猫撫で声を出して、その実ずる賢くて、人を平気で利用したり、人の居場所を奪ったり、侵してほしくない所に踏み込んだり、それで蔑んだり、そういう、
「違うの!」
目の前の坂井は、痛切な表情を浮かべている。周りの木からセミの鳴き声が一斉に聞こえ始める。さっきから鳴いていたっけ?
「違う、けど、ごめん……」
自分と同じくらいの位置にあった彼女の顔が、突然すとんと落ちていく。
「ごめんなさい!」
彼女は
初めて生で見た土下座に、私の顔は引きつり、頬がぴりっと痛む。土下座? 土下座までする?
「え、ちょっと、どういう……」
彼女は顔を上げた。私の陰になっている整った顔に、涙が流れている。
「本当に謝らないといけなくて……もう、全部、話す」
「話すって、何を?」
彼女は小さく頷いた。
「カップ麺に異物が入ってたって話、あれ、私のお兄ちゃんのせいかもしれないの」
私の今の顔は、たぶん、あの無意味にうるさく鳴き続けている蝉たちよりも間抜けだ。
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