ダメなのに


 今朝のこと。


「さやかちゃん、あのね」


 いつものように戸棚を探っていると、おばさんから声をかけられた。なんだろう、と振り向くと、その手には見慣れないカップラーメンがあった。


「えっと、私、朝からラーメンは流石に無理だよ」


「違うの、あのね」


 目を伏せながら、彼女はそれを私の手に包み込ませた。そのパッケージの商品名を見て、私はハッとした。


「これ、もしかして」


「うん。みのりの職場にあった物らしいの」


 それは、事件前までお母さんの担当していた例の製品で、だけどパッケージが少し違っていた。工場は結局閉鎖して、この商品も販売停止中だから分からないけど、たぶん、今年の春からパッケージもリニューアルされるはずだったのだろう。


「ずっと私が持ってたんだけどね、私より、さやかちゃんが持っていた方がいいかなって、やっぱり思い直して」


 おばさんは微笑んで、朝ご飯の支度に戻る。私は、つい、ありがとうを言えなかった。


 今渡されて、どうしろっていうの?


 おばさんは、何を思っているの?


 そんな気持ちが溢れてしまいそうになり、私は必死で口を噤む。

 ただの親切心だ、そう自分に言い聞かせる。最近お母さんの夢を何度も見て、坂井の嫌がらせがあって、坂井と広大の件があって、勝手にイライラしてるのは私の都合だ。だから、当たっちゃダメ、おばさんは、偶然このタイミングで……。


 味噌汁の鍋から漂う湯気が、私の前ですっと消えていく。次第にその白い線がそうめんみたいに見えてきて、身震いして目をそらした。


 余計なこと考えてちゃ、ダメなのに……。

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