さやかの場合


 蒸し風呂のように暑い屋上の部屋で、え? と顔を突き出した拍子に、つーっと頬に汗が伝う。


「あ、ごめんね、この部屋暑いよね、きっと」


 目の前の女子が、苦笑しながら団扇を仰いでいる。

 屋上へのドアを全開放して、扇風機もつけて(年季が入っていそうでガラガラガラと異音を立てている)、それでもこの空間は熱い。灼熱だ。


「最上階ですし、日光直撃ですし、夏はクーラーが必要ですね、ここ」


 そう言いながら、もう一人の男子は涼しげな笑顔を浮かべていて、流れる汗もどこか様になっている。


 今日は朝練をしに来たつもりだった。だけど用事で寄った職員室で先生に呼び止められ、四階の社会科準備室に荷物を運ばされ、ようやく部活に行ける……と思っていたら、偶然屋上へのドアが開いているのを見つけてしまった。

 気になって、恐る恐る上がってみたら……。


「はい、常見さん、冷たい麦茶」


「あ、ありがとうございます」


 岡田さんという女子に冷えた未開封ペットボトルを渡されて、だけどさすがに口を付けるのは躊躇った。

 とりあえず首元に当てると、自分の汗とペットボトルの汗が混じり、お互いの水滴が引いていく。テーブルに置くと、ペットボトルの一部だけぽっかりと水の粒々が消えていた。


「あの、そんなことより、魔法ってどういうことですか」


「ええ、今から説明いたします」


 彼、安神さんは穏やかな笑みを崩さず話し続ける。朝だし暑いしでボーっとしているせいもあって、私は思わず見とれてしまった。

 背はそんなに高くないけれど、少し長めの前髪が似合っていて、そんじょそこらのアイドルより、この人の方がよっぽど清潔感あって素敵だ。こんな生徒、この学校にいたのだろうか?


「……といった感じです。分かりました?」


「え? あ、はい」


 安神さんに細めた目で見られ、蛇に睨まれたみたいに硬直する。心の奥底を見透かしているような、不思議な目だ。


「魔法は一回だけ、三分間だけ、他の人には譲渡できない、ですよね?」


「その通りです。常見さんは話が早い」


 安神さんのセリフに、横に座る岡田さんが少し苦笑していた。何だろうと思ったが、安神さんが私の右側にある戸棚の引き出しをごそごそし出して、意識はそっちに向く。


「これが、そのミサンガです」


 青、白、藍色のミサンガが木箱から取り出され、目の前に置かれて、私は手に取る。

 その瞬間ミサンガから四方八方に光が散って、わっ、と声が出たが、それはすぐに収まった。私は気を取り直して、頭をぺこりと下げる。


「ありがとうございます」


「……常見さん? ちゃんと信じてる?」


 岡田さんが、少し不安げに見つめている。私が淡々としているからだろう。むしろ、こういうのは信じているのか尋ねられた方が疑いそうになりますよ。実際、荒唐無稽だなとは思うけど。


「なんか面白そうじゃないですか。それに、冗談にしては手が込んでますし」


「……結構冷静ですね」


 私は目を背けた。開け放したドアの外で、屋上の空間が白く輝いている。さっきの光はここで弾けた光を集めたものなのかな、なんとなくそんな風に思った。


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