私は魔法を使える!


 退屈な古典の時間に、私は左手のミサンガのことを考えていた。


 必死に次の時間の英語の訳をしているあの男の子。彼が今魔法を使えたら、あっという間にささっと書き終わるかもしれない。

 黒板に目を凝らしているメガネの女の子。あの子が魔法を使えたら、メガネ越しに、先生の手のしわの一つ一つまで見えてしまうかもしれない。いや、視力は限界があるのかな、ちょっと無理なのかな。


 私は視線を落とす。鞄の中にプラスチックのケースに入れた指揮棒が見える。


 指揮をしているときに魔法をかけたら、三分間、私はどんな音楽を紡げるのだろう。


 愉快な気分になっていた。いつでも魔法を使えるかもしれない、そう思うだけで日常がまるで違って見える。色んなものに可能性を感じ、色んな可能性を実現できる。それを思うと励みになる。


「えー、後白河法皇が言った、どうにもできないもの三つ。知ってる人いますか?」


 先生がいつもの朗らかな声で言った。

 偶然だけど、知ってる。鴨川の水、双六のさい、比叡の山法師。


 三分だけだけど、色々条件付きではあるけど、私にはどうにでもできる。


 鉛筆のサイコロにだって、もう頼らなくていいかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る