資格


「ありました」


 誉田くんが取り出した古くてかさかさのわら半紙に、安神さんは目を落とす。


「すみません。これからこの紙に従って説明をしていきます」


 彼の言う所によると、こうだった。


 この学校には以前から、三分間の魔法、というものがある。季節ごとに一回、一人の生徒だけが手に入れられる能力である。


 その能力とは、三分間だけ、自分の能力の一部が最大限発揮できること。


「ちょっとわかりにくいと思うので、具体例を。

 たとえば、あなたが体育で短距離走をするとして、そこのグラウンドを走る前に『今からのタイム測定で速く走れますように』と念じたとします。するとタイム測定の間、最大三分間まで、あなたの脚力は潜在能力を最大まで引き出せます。

 ただ、測定の時間が終わると、三分経ってなくても効果は終わってしまいます。百メートル走ならかなり損ですね」


「え、じゃあたとえばテストのときに使えば」


 私はついよこしまな考えを持っていた。というより、そんな便利な魔法あり得ないだろう、という気持ちになっていたからだ。鉛筆を転がす方がよっぽど健全だと思った。


「ええ、その場合あなたの頭はフル回転、最大効率を引き出します」


 彼はニコッと笑った。直視するのが恥ずかしくなるくらい、丁寧な笑顔だった。


「但し、気をつけてほしいのは、【自らの潜在能力を引き出す】ということです。つまりあなたの頭の中にない知識が引っ張り出されたりはしませんし、計算速度なんかもあくまで自分の限界値までということです。それに」


 彼の笑みが深くなる。


「この魔法は切実な思いにしか反応しません。迷いがあったり、まして少しでもよこしまな気持ちがある場合は無理ですね」


 考えはばれていたらしい。小心者の私が数学のテストに活かすのは、恐らく無理だな、と理解した。


「あの、いくつか質問いいですか」


「どうぞ」


「まず、もう既に、魔法は使えるんでしょうか」


「いえ、これが必要です」


 彼はブレザーから取り出したビニール手袋をはめて、机の上に置いていた小さな木箱から一本のミサンガを取り出した。何の変哲もなさそうな、黄、白、橙色の三つ編みミサンガだった。


「このミサンガを身につけることで、魔法を使うことができます」


 はあ、と呟いてぼんやりミサンガを眺める。部屋の風できしむ音が耳につく。この部屋はとても古そうだけど、いつから存在するのだろうか。


「あの、春夏秋冬一人ずつってことは、私が春ってことですか」


「その通りです。ミサンガも季節に合わせて用意されます。ただし、どうやって作るかは当然お教えできませんが」


 先回りして、彼は言った。知らない方が幸せなことかもしれないし、私は黙っておいた。


「他には」


「あ、はい。そんな便利な能力なのに、どうして自分で使わないんですか」


「残念ながら、そのとき選ばれた人間にしか使うことができないんです。もちろん、あなたがこのミサンガを友人や家族に渡した場合も、彼らにとってはただのミサンガ、なんの能力も発揮できません」


 ですがそもそも、他人に渡さないでくださいね、と念押しをされ、私はつい条件反射的に頷いた。


「じゃあ、どうして私なんですか」


「それはわかりません」


 即答だった。ますます怪しいと思ってしまう。


「ただ、あなたに必要だということはわかります。でないと、この場所を見つけることはできない」


「そうだ。屋上のドアって、普通閉まってますよね」


「はい。ですから、あなたが今春の資格者ということになります」


 安神さんはミサンガをそっと私の前に置いた。ありがとうございます、とつい拾い上げる。その瞬間、ぱあっとミサンガは放射状に光を放ち、私は体をのけぞらせた。


 光が止むと、前の二人がホッとしたように私の手元を見つめていた。


「使えるのは一回だけ、三分間だけ。それだけは忘れないでください。あと、もちろんこのことは私たち以外の人には口外禁止です。何か気になることがあったら、誉田くんに連絡をお願いします」


 誉田くんが携帯を取り出す。連絡先を交換しろということだろうか。私が身構えるのを見て、安神さんは顔に綺麗な苦笑いを浮かべた。


「ご安心を。彼には付き合って半年の彼女さんがいます。ラブラブですし、怒ったら怖い彼女です」


「安神さん、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」


 初めて見た誉田くんの素の姿に、私は思わず笑った。大丈夫だ。なんだか、このまま乗せられても悪くない、ようやくそう思った。


 だってこの話が本当なら、私は魔法使いになれるんだ。

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